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ダンジョン冒険者はロクでなし  作者: 黄原凛斗
3章:集うは問題児ばかりなり
23/29

穏やかに過ごしたいはずの午後





「馬鹿なのか?」

 事情を説明してからの第一声がこれである。

 ミシェルは心底不機嫌そうに俺たちを見下ろし、今にも唾を吐きそうなくらい苛立っているのがわかる。

 俺たち三人は今床に正座させられている。ミシェルの怒りをどうにか沈めるためにということだったが収まる気配がしない。

「馬鹿だろう! 子供の喧嘩以下だぞ!」

「あんまり怒るなって……かわいい顔が台無しだぞ」

「はっ、生憎とその程度で失われる美しさではないんでね!」

 くそっ、ほめて機嫌を取り戻すつもりが直球で打ち返された。これだからこいつはめんどくせぇ。

「ミシェ君落ち着いて……」

「君たちが落ち着けよ! なんだよ、カツサンドごときで喧嘩してそのカツサンドを僕と床にぶちまけるって!」

 正論過ぎて何も言えない。

「ったく……とにかく! 君たちは床の掃除! 僕は一回髪の毛洗って出迎えの準備しないと……」

「出迎え?」

「一人勧誘してきたんだよ。王都からこっち来るからあとでゲートポートで待ち合わせの予定」

 ゲートポートとは遠く離れた地から一瞬で転移するための転移魔法を誰でも利用できる施設のことだ。しかしそこそこ高額なチケット代を請求される。

「お前王都行ってきたのか? 王都行きって確か高いだろ」

「往復でたかだか4万だろう。王都に行けるなら安いものさ。それに、今回は僕の財布から出している。問題無いだろう」

 俺の剣より高い路銀だな……。俺からすれば片道2万ですら軽く払えるものではない。ミシェルの金銭感覚がたまにわからなくなる。

 というかミシェルはいったいいくら貯金しているんだろう。さすがに聞きづらいが気になってしまう。

「ちなみにどんなやつだ?」

「盾持ち前衛。元騎士の若い女」

「また女か」

 途中までいい感じだと思ったの結局女かよ。

「仕方ないだろう。男の盾持ちはなかなか見つからなかったんだ。彼女は都合がいいことに今日募集をかけていたから渡りに船ってやつさ」

「まあ、元騎士ってことは基本はできてるってことだし悪くはなさそうだな」

 騎士になるにはいくつか方法がある。貴族ならある程度金を積めばいいらしいが平民はそうはいかない。実力で試験を乗り越えて礼儀礼節を身につけた者がなれるという狭き門。一度でも騎士だったという事実はかなり美味しい。

「冒険者になるってことは平民だろ? 没落貴族ってわけでもなさそうだし」

「ん、ああ、本人曰く平民で一昨日ほどクビになったから冒険者になったんだって。宿もないしうちなら住居は保証できるし飛びついてきたよ」

 クビになった、と聞くとワケありに聞こえるが平民で女ともなると騎士の中でも相当立場が悪いだろう。邪推しすぎるのもよくないか。最悪本人にそれとなく確認するしかない。

「というわけで、全員仲良くするように」

「はーい」

「向こう次第」

 イルゼが元気に答えたかと思うとアルトナが低い声で吐き捨てる。アルトナは人見知りらしい。

 ミシェルが困ったようにため息をつき、水浴び場に消えていく。床を掃除しているとアルトナがミシェルのいる水浴び場の方をじっと見つめながら俺に囁いてくる。

「ミシェ君ってさ、何者?」

「は?」

「いや、金持ってそうだし、朝少し話したら王都のことにも詳しかったし、言っちゃなんだけどこんな底辺ギルド設立をしなくたってもっとレベルの高いギルドに引っ張りだこじゃない?」

 アルトナの疑問はもっともだ。俺も実際そうだと思っている。特にミシェルは高難易度のダンジョンでこそ真価を発揮するものだ。性格に目をつむってでも引き入れたい人間はごまんといるだろう。

「よくわからないけど俺が気に入ったからギルド作りたいらしい」

「えっ……あ、もしかして二人はそういう……」

「ちげぇよ!!」

 突然の怒声にイルゼが驚いたように振り返る。水浴び場からも「なにー?」とミシェルの呑気な声が聞こえてきた。

 慌てて声を潜めてアルトナに言う。

「俺達はほんとそんなじゃないからな。だいたい恋愛だの馬鹿らしいだろ」

「んー、まあ確かに。ギルド内の恋愛はどんなものであろうと面倒だしね」

 アルトナはそう言ったあと、なぜか声を低くして更に呟く。

「あと肉体関係」

 ぼそりと呟かれた内容はどこか生々しい。アルトナの口からそんな単語を聞くと思わなかったので思わず仰け反った。

「……レブ君はさ、ギルド作るにしてもメンバーの子に手を出したらダメだよ」

 ――ホント、ぶっ壊れるから。

 アルトナはそれだけ言い残してゴミ入れにちりとりの中身を入れていく。イルゼは床を拭いていた雑巾を絞り、アルトナのちりとりを預かって掃除用具入れに戻す。





 そうだ、恋愛関係、ましてや肉体関係など以ての外だ。

 いずれ地獄を見るのはわかりきっているのだから。





 その後、水浴びを終えたミシェルと眠そうなアルトナ、落ち着かないイルゼ、そして俺の四人で食卓に座り、協会で聞いた俺の報告をする。

「へー、後衛一人ね。いいんじゃない? とりあえずレブルスが人柄見て良さそうだと思えば」

「なんにせよサリーナに俺一人で来いって言われたし、まあ行ってくるよ」

「でもなんで一人で来るようになんて……」

 イルゼが不思議そうにこてんと首を傾げる。俺も確かにそれは疑問だ。

「レブ君コミュ障だからそれの矯正じゃ……」

「ああ、なるほど……」

「誰がコミュ障だよ殺すぞお前ら」

 二人揃って納得してるから腹が立つ。イルゼがあわあわしているがこいつは俺のことそう思っていないよな。……いないよな?

「なんにせよ、今日で盾前衛に明日もしかしたら後衛一人。うん、人数集まってきたしギルド設立は見えてきたね」

「ワクワクしますね!」

「イルゼ、なんか嬉しそう」

 アルトナが平坦な声でイルゼの様子を指摘する。するとイルゼはえへんと胸を張って言った。

「だって私、先輩になるんですよ! このギルドで先にメンバーになった先輩! 先輩ってかっこよくないですか? もっと威厳を出すためにきりっとしたほうがいいですか?」

「ああ、うん、イルゼはそのままでいてね」

 アルトナの切り返しはなんとなくだが「めんどうだからそのままでいろ」と言っているように聞こえた。まあ気持ちはわかる。

「とりあえず部屋の掃除を誰か頼んだ。僕はこのまま迎えに行くつもりだから」

「じゃあ俺だな」

 アルトナとイルゼに任せたらどうなるかわかったもんじゃない。にしても、思ったより早くことが進んでいて嬉しい悲鳴というやつだ。

 空き部屋の一つ、窓を開けて埃を払いながらベッドのシーツを掛け替える。本当に簡易だがあとは来た当人に好きに使ってもらうしかない。

 覗きこむようにイルゼが「手伝いましょうか! お手伝いしますよ!」とアピールしてくるがそっと無視しておいた。

 ふと、イルゼとアルトナの部屋はどうなっているのか気になった。ここにきて数日経ったが一応家主としては変なものを持ち込まれていたら堪ったものではない。

「イルゼ。お前の部屋見てもいいか?」

「私の、ですか? いいですけどなにもありませんよ?」

 掃除も終わったのでそのままイルゼの部屋へと移動する。特に躊躇することもなく招き入れられた部屋は整頓……というより本当に私物が少ない。質素というかなんというか。クローゼットに衣服があるのだろうが目に見えて物が少ないという印象だ。まあ、元々定住場所のない冒険者だったとすればおかしいことでもないだろう。

「別に遠慮しなくてもいいぞ。私物くらい増やしても」

「そ、そうですか……? お借りしてるお部屋ですしあんまり物を増やすのもどうかと思って」

 こういうところはまともなんだがなぁ。ダンジョンでの行動ももう少しまともとまでは言わないから慎重な行動をして欲しい。

「ミシェルは……さすがにいない時に見るのは地雷を踏みそうだし、アルトナだな」

 というかミシェルのことだし、部屋にもなにかトラップをしかけていそうで恐ろしい。

 そういうわけでアルトナの私室の前まで移動する。ノックをすると「んー、いいよー」と間延びした声が返ってくる。

 あけてみるとまず目に入ったのは大量の本の山。いつの間にこんな持ち込んだ?と言いたくなるような量だがそれよりも物申したい物体が部屋の中央にある。

「おい……なんだその鍋」

「見ての通りだけど」

 見ての通り、と言うがこう、絵本の魔女が何かをかき混ぜているような鍋を少し小さくしたようなそれは中で黄緑色のどろっとした液体が煮えている。金網の上に置かれた鍋はぐつぐつと音を立てており、金網の下でだいぶ溶けた蝋燭が熱している。さすがに火事にならないように色々敷いたりはしているが見た目がかなり危ないせいで不安を煽る。

 なんのサバトだ。

「ちなみに一応聞くが何を作ってるんだ?」

「今はねー、魔物に投げる毒薬。これを魔物にぶつければたちまち溶けて死ぬ」

「溶けて死ぬ」

「溶けて死ぬ」

 アルトナの発言をばかみたいにオウム返しするとアルトナも同じく返してくる。

 淡々と言っているが恐ろしい。

「溶けて死ぬ!?」

 それはつまり魔物が生きたまま溶けていくということだろうか。なんだその危険物。そんなものここで作ってるのか。窓は開いているがその煙、害とかないよな?

「純粋な人間には悪影響はないはずだよ。この毒は魔物特有の体組織のみに影響のある毒だからたとえばここでこぼしてもただのドロッとした液体だし、人がかぶっても洗えば落ちる物質だから。亜人種とか魔に寄ってるタイプの種族とかだと危険かもしれないけど、そんな特定の人種は別の大陸か奴隷階級くらいにしかこの国いないっしょ」

 そう、この国……いやこの大陸は亜人種に対してとても排他的だ。

 俺達のいるここ、南の大陸ベルドロッソはダンジョン産業によって大きく成長した。ダンジョン以外でまものが出ることはほとんどない。あるとしても、別大陸の魔物が海を超えて住み着いてしまった場合か、ダンジョンから魔物を連れだした場合などレアケースばかり。なので魔に属する種族は特に忌み嫌われる。亜人種はその典型で、いくら人に近い容姿をしていても“人間ではない”と見なされ迫害を受けることも多い。

 北の大陸では亜人が多く住むとされ、噂で聞いたところによると北の大陸から人攫いがここにやってきて亜人の子供を売りつけているなんていう話もあるという。

 亜人は人間よりも優秀だ。しかし数は人間より圧倒的に少ない。

 数の暴力には無力だったのだ。しかし、わずかに冒険者には亜人も存在するという。会ったことはないが別に人権がないわけではない。

 ただ、多くの人間が亜人を差別しているのは事実。そして、希少であるがゆえに亜人の子はまだ無力なうちから奴隷商の格好の餌食なのだ。

 というか、俺も亜人を人として見ているわけではない。

 明らかに人型をしていても、種によってまちまちだが獣の耳や尾がはえていたり体毛が人間とは違う、動物染みたものだったり、そもそもの習性すら人とは違うものだっている。

 人間だと言われて素直に受け入れられるかはまた難しい。亜人は亜人だ。別に差別をしたいわけではない。

 ただ、明らかに人間と同じ分類は不可能だといえよう。

 ――このアルトナの魔物用の毒が亜人に効果をもたらすという時点で。


「レブ君、顔色悪いよ? もしかして亜人種だった?」

「んなわけねーだろ。とにかく危ないものは作るなよ」

「はあ……別に危ないものなんて作ってないし……」

 アルトナが呆れたように言うと鍋の火をとめて床に寝転がると俺に視線だけ向けて尋ねてくる。イルゼはちょこんと床にに座るかと思えばハンカチをひいてからそこに腰掛けた。

「レブ君はさー、差別とか迫害とかってなんで起きると思う?」

「……単純に自分と違うものが気持ち悪い、怖い、とかだろ」

「んー、多分大半の人はそう思ってるからそれも正解だと思う」

 もったいぶるように寝返りをうつとアルトナはどこか気だるげな声で続ける。

「人間はね、自分より下の存在がいると安心する。自分はこれより上だ。自分はまだ最底辺じゃないってね」

 イルゼが横でよくわからないと言いたげに首を傾げる。俺はアルトナの言いたいことをなんとなく理解した。

 要するに、亜人迫害はこの国が意図的にその流れを作ったといいたいのだ。

 この国で亜人こそが最底辺。人間はそこまで堕ちることはない。だから安心できる。

 全ての不浄は亜人に押し付けて、人間様だけ綺麗に生きようとそういうことだ。

「……ひっでぇ世の中」

「でもそんなものだよ。人間、必ずどこかで誰かを見下している」

 アルトナはこちらに顔を向けない。どんな顔をしているのか声でも判断できなかった。

「人間は安心したいんだよ。だから差別は起きる。差別をなくそうなんて綺麗事言うやつらは『そういういいことを言っている自分』に酔っているにすぎないから結果はどうでもいいの。主張するやつらはみんなそう」

 イルゼが俺とアルトナを交互に見る。ようやく寝返りを打ったアルトナがこちらを向くと先ほどまでの張り詰めた空気が一瞬で霧散するようなアホ面がこちらを見ていた。

「ていうかめっちゃお腹すいた……」

「今の話の流れでそれ言うのか!?」

新入りが来てから食事の準備だろうしまださすがに何か用意するのはできない。空腹で仰向けにぐったりしたアルトナの口に保存食の一種であり普段からおやつとしても用いられる干しナツメをつっこむとしばらくもごもごと咀嚼している様子が見られる。

 ふと、外が騒がしい気がして窓を開けると言い争いしているミシェルと、見知らぬ女と男がいた。


「だーかーらー! 僕は君に興味ないって何度言えばわかるんだい! ストーカーっていうんだよ!」

「ミシェルちゃんはあの男に騙されてるんだよ。俺のところにおいでって! 不自由なく暮らせるからさ!」

「生憎だけど僕ヒモになるつもりはないんだよね~。ほら、近所迷惑だから二度と近付かないでくれ」

「……さきからこの男、しつこいが一度殴り飛ばしたほうがいいんじゃないか?」

 怪訝そうに女性のほうが拳を握る。遠目からだとどんな人物かまではわからないがアッシュブラウンの髪とミシェルと並ぶと大きく見える体格に恐らく新入りの元騎士だと思われた。

「先に手を出したらこっちが悪者になるからね。もうちょっとストーカーに対する罰則とか整備してくれないかなぁ」

 ミシェルが困ったように警吏の人間を探している。すると、アルトナが身を乗り出してなぜか鉄でできたステッキを回転させながら三人――いや、ストーカー男へと投げつける。

 男の頭にもろにステッキが直撃し、女が目をパチクリさせているとミシェルは呆れたようにステッキを拾ってこちらを見た。

「アルトナー。僕らもいるんだから急に投げるのやめろよな」

「不意打ちじゃないとかわされるでしょー? それより早く戻ってくればー?」

 ステッキが直撃したせいでその場に倒れた男を放置して二人は玄関へと向かう。……多分大事には至っていないだろう。あのストーカー男。

 俺達も出迎えのために揃って下に降りる。

 大荷物、というほどではないがそれなりに大きめの鞄を抱えて中に入ってきた女性と、食材をほんの少しだけ抱えたミシェル。

 女性はこちらに気づくと洗練された一礼をしてみせた。

「今日付けであなたたちのギルドに世話になるヤラフィ・ノーブルだ。元騎士なので戦闘でも前衛を張るつもりだ。よろしく頼む」

 凛々しく、それでいてある種の力強さを感じる琥珀色の瞳。アッシュブラウンの髪は短くまとまっており背も高い。

 イルゼが横できらきらと目を輝かせており、今にも抱きつきそうだ。そっちの趣味か?と一瞬疑ったが単に子供が騎士に憧れるとかかっこいい女に惹かれるとかそんなところだろう。

 アルトナも半目で見てはいるがそれほど嫌悪感を抱いている様子はない。

「はじめまして! 私はヒーラーのイルゼです!ヤラフィさんよろしくお願いします!」

「ああ、よろしく頼む。騎士とはいっても元だし、ここでは私は君たちの後輩だ。あまり固くならないで欲しい」

「あー、はいはい。私はアルトナ。よろしくね、元騎士様」

「よろしく、魔法使いのお嬢さん」

 アルトナの言い方にヒヤヒヤしたがヤラフィの返しからして気にしている様子もない。和やかに女性陣が話しているのを見て思わず思う。

「……すげーまともそうじゃん。よくこんな優良物件捕まえたな」

 こちらにきたミシェルに耳打ちするとミシェルも小声で応じる。

「僕もちょっとうまくいきすぎで怪しいなって思ったんだけど元騎士なのは間違いないんだよね。徽章の欠片見せてもらって本物だったし」

 騎士の徽章はそうやすやすと人に渡すものではない。クビになっても持っていられるのは初耳だがどうやら辞める際に徽章を砕く必要があるらしい。身分証でもあるので名も彫られているため流用できず、辞職する際に砕く行為を必ず行うのだそうだ。その破片でもはっきりとわかるのだから間違いはないはずだ。

「イルゼとアルトナも普通に話せているしようやくアタリ人材だな」

「そうだねぇ。君が明日会う人もアタリだといいけど」

 そう、この時はまだそう信じきっていた。

 が、すぐにそれは希望的観測であり、現実はもっと厳しいのだと思い知ることとなる。


 とんでもない地雷だったということを。





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