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ダンジョン冒険者はロクでなし  作者: 黄原凛斗
3章:集うは問題児ばかりなり
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鍛冶師の娘



 イグニドさんの店に来るとなにやら騒がしい。喧嘩でもしているのか?

 中に入るとイグニドさんと女が向い合って怒鳴り合っている。

「父ちゃんのわからず屋!」

「ったりめぇだ! いくら実力があるからって認めるわけにはいかん!」

「この頑固! ハゲ予備軍! 甲斐性なし!」

「やめろぉ!」

 父ちゃん……? やたら派手な赤毛……というより橙色に近い髪をサイドテールでまとめている。

「あのー……」

 恐る恐る声をかけるとイグニドさんが目をパチクリさせて笑う。

「おお、レブルス。悪いな。今日はどうした」

「いや……その子誰……」

 指で示すと女はきょとんと自分を指さし次いで笑う。

「ああ、会ったことなかったね!」

 女はニッカポッカという作業着などでよく着られるズボンを着用しており、反面上半身はサラシを胸に巻いているだけのような衣服。一応椅子に上着らしきものはかけられているが極端な服装だ。

「アタシはマイカ。鍛冶師の見習いさ」

「前に言ってた俺の娘だよ」

 イグニドさんを見て再びマイカを見る。似ていない。マイカはどちらかと言えば健康美溢れるタイプの美女だがイグニドさんは少し頭皮が後退しかけている冴えないおっさんだ。似ていない。

「言いたいことはわかるが実の娘だ。母親似なんだよ」

「父ちゃんはね~母ちゃんに逃げられてね~。んでアタシが結局鍛冶師になりたいからって理由で母ちゃんとこから家出して鍛冶師見習いやってんの~」

「はあ……」

 なんというか、濃い。

「あ、もしかして父ちゃんの言ってたアタシの武器買ってくれたっていうの君?」

「あ、そうそう。イグニドさん」

「スルー!?」

 がーんとショックを受けたのか口をわなわなと震わせるマイカ。俺はそれを無視して武器を探す。

「双剣でいいやつある?」

「あ? 結局買い換えるのか?」

「軽すぎてな……使いどころはあるんだろうがもう少しがっしりしたのが……」

「ちょっとちょっとー!」

 マイカが間に入って悲しそうにこちらを見てくる。

「アタシの武器じゃ不満ってこと!?」

「あれ不良品だからなぁ」

 後頭部をぼりぼりと掻くイグニドさん。困ったようにため息をついてある一対の剣を見せてくる。

「これなら前のとそうリーチも変わらないしいいだろ」

「あ、ほんとだ。……うん、重さも問題ないし買う」

「3万5千ニル……と言いてぇところだが不良品処分してくれたし3万ニルにしておくぜ」

「3万か。あ、ちょうどある」

 財布の中身を確認する横でマイカが怒りながらなにやら言っているが聞こえない振りをする。

「イグニドさんいつもありがとな」

「おう。いつでもこいよ」

「ねぇ! あーたーしーのーはーなーしーをーきーけー!」

 うるさいので仕方なくイグニドさんと揃ってマイカの方を見てやる。するとマイカはなぜか誇らしげに胸を張った。

「時代がまだアタシにおいついていないだけ……。そう、私は時代を先取りしているだけなの。レブルスだったね? まあほら、ちょっと君には『リベレちゃん』の良さが伝わらなかったみたいだし? ちょうど偶然にも双剣なら新商品があるから持っていってよ。今買った量産品よりずっと使えるから」

「いや別にいらな」

「はいどーぞ! 新作『アグネア・スミタ』だよー! なんと前回購入特典でタダ! もってけどろぼー!」

「返し」

「いやーというわけで修行行ってくるわー! 帰ったら感想きかせてねー!」

 反論を全て切り捨てて風のように店から出て行ったマイカはもはや見えなくなってしまい追いかけることは難しい。

 どうしよう、とイグニドさんを見ると力なく首を左右に振っていた。

「まあ、なんだ……使わなくていいから受け取っておけ」

「……娘さん、元気だな」

 それしか感想が出てこない。

「修行って鍛冶師なのにどこで修行してるんだ? イグニドさんところじゃなくて?」

「ああ、あいつはただの鍛冶師じゃなくて『戦闘鍛冶師(バトルスミス)』志望なんだよ」

 戦闘鍛冶師、と聞いて彼女の認識を改める。

 通常の鍛冶師は冒険者などが持ってきた素材などで武器などを加工するのだが、戦闘鍛冶師は自分でも戦闘を行い、有事の際には仲間の武器の修復などもする一種の専属鍛冶師のようなものだ。当然、通常の鍛冶師よりも難しい。更には戦闘鍛冶師は特殊な資格を必要とするため人数は少ない。修行というのもダンジョンで己を磨いているのだろう。

「イグニドさんは反対なんだな」

「そりゃあいつが男だったら両手上げて賛成してたさ。あいつは女だからな」

 女だから、というのにはいくつもの意味を含んでいる。イグニドさんの複雑な表情を見ればそれは察せられた。

 この国は女性の立場というものが非常に低い。平民の女が上り詰められる地位もたかが知れている。少なくとも文官に女はいない。騎士には僅かにいるようだがそれも本当に極僅かだ。

 一番手っ取り早く成り上がりたいのなら貴族の愛人。努力すれば冒険者として成り上がることもできるがその例も数少ない。基本的に肉体面で劣っている部分が多いとされるからだ。……まあ一部例外はいるけれど。

 特に鍛冶師というものは男社会だというのは俺にでもわかる。そんな情勢の中、彼女が資格を得るのにどれだけ苦労するか。

 もちろん、イグニドさんからしてみれば一人娘に危険なことをしてほしくないというのもあるのだろう。

「……それに、あいつは才能はあるんだが致命的に欠けているものがある」

「欠けているもの?」

「……センスだ」

「はぁ?」

 センス。武器のデザインが悪いとかそういうことだろうか。先ほど渡された双剣を見てみるが鍔や柄に赤い装飾が施されて入るものの主張しすぎず、すっきりとまとまっている。これを見ただけでもセンスは悪く無い。むしろ普通にいい。前のもデザインとしては悪くなかったし。

「あいつはな、『魔法鍛冶師(エンチャントスミス)』でもあるんだ」

「……え?」

 魔法鍛冶師とは単に魔法を使う鍛冶師というわけではない。武器そのものに特殊な効果や性能向上の魔法を与えるという固有の能力を持っている者しかなることができないというものだ。通常、魔法使いが武器にエンチャントをかけてもそれは時間が立てば消えるものだ。だが魔法鍛冶師の能力を持つ者ならば永続的に効果を持続させることができる。

「すげーじゃん。多才なんだな」

「ああ、だが……前の不良品を思い出せ。あいつは能力やスキルの付与のセンスが壊滅的だ」

 察してしまった。

 確かにあのヴィントの手助けという効果はすごかった。でも刃物に与えるべきではない効果だ。軽すぎる。あれが後衛の杖とかなら疲労もたまらないし効率が良さそうだ。

「とにかく、女だからとか、戦闘が不安だとかそれよりも、せめて一般的な感性でエンチャントができればなぁ……」

 イグニドさんが溜息をつく横で鑑定メガネをかけて効果を確認してみる。『アグニの怒り』という効果……というよりこれは技能がついている。

 武器にある技能というものはあるワードを唱えれば擬似的に魔法を再現できたり特殊な技を扱うことができるというものだ。ミシェルの短剣なんかがいい例だ。あれは魔法効果を発生させるもので、俺でも魔力さえあれば魔法を使えた。

 ちなみにどんな技能か確認してみると『自分の周囲に炎の渦を発生させる』というものでキーワードが『怒れアグニ』だそうだ。



 ……うん、反応に困る。



 動きまわるタイプの双剣士に周囲に炎出てくる魔法とかなにそれ怖い。

 しかし前のものよりは使いどころがありそうなので予備武器にしておこう。




 思わぬ収穫があったものの食料をいくつか購入し自宅に戻る。

 やけに静かだと思ったら食卓でイルゼとアルトナが突っ伏していた。

「お前らなにしてんの」

「おなかがすきました……」

「レブ君が遅いから死んでた」

 馬鹿しかいないのか。

「ったく……ほら、適当に食っとけ」

 買ってきたのはサンドウィッチ。いくつか種類はあるが自分の分はあらかじめ抜いてある。紙袋を食卓に置くとアルトナが中を確認しながらハムチーズサンドにかぶりついた。

 イルゼもフルーツサンドを食べて嬉しそうにしている。食べ方が小動物じみてて餌付けしてみたくなる。

 俺はリーフボアのスライス焼きを挟んだものを食べ、もう一つ隠しているサンドウィッチを二人に見つからずに食べるために自室へと向か――


「待った」


 アルトナの声と共に階段へ続く道に鈍色の棘が突き刺さる。

「レブ君、何を隠しているのかなぁ?」

 ねっとりとしたアルトナの声。イルゼがきょとんとした様子でこちらを見てくる。

 隠しきるのは難しいか? いや、まだだ。

「急にどうした」

 極めて冷静を装いアルトナの方を見る。するとアルトナは長い前髪を払いながら鼻で笑った。

「誤魔化されないよ。レブ君、噂のトンカツサンドを隠しているね?」

 チッ、なんでこいつ鋭いんだ。

 トンカツサンドとは東の国から渡ってきたトンカツというものを挟んだサンドウィッチの派生の一つだ。ボリュームがあり油っこいが好む人間は結構多い。俺もその一人だ。だがこの地域ではトンカツサンドを売っていることが稀だ。理由としてはトンカツサンドを作る人間が少ないため販売数が少ない。油であげるというのは有名だがおいしく作る製造方法はあまり知られておらず、この辺ではちょっとした贅沢品となっている。模造品もあるにはあるが美味しくない。というかこのトンカツサンドはいい肉を使っているのもあるがかなり腕の良い料理人が作ったものだ。値段もそこそこ張る。

 アルトナに渡す訳にはいかない――!

「ふっ……隠しているからって何か問題でもあるか?」

「寄越せ……トンカツサンドを寄越すのだ……」

「てめー油っこいものは嫌だって言ってただろ!」

「トンカツなら話は別! イルゼ、仕掛けるよ!」

「えっ、あの、えぇっ!?」


 交戦開始。


 素手での戦いなら俺がアルトナに遅れを取るはずが――

「レブルスさんごめんなさい!」

 アルトナに気を取られたせいでイルゼの奇襲を防ぎきれない。アルトナの手が伸びる。しかし、二人とも俺に比べれば遅い部類だ。

 二人に足払いを試みるがアルトナもすんでのところでかわし、にらみ合いが続く。

「……おとなしく渡せばいいものを」

「譲らねぇからな」

「あの、えと、二人とも喧嘩は――」

 風が俺の横を吹き抜ける。人為的に起きたもの、つまりアルトナの魔法だ。

「ウィンドロープ!」

「させるかっ!」

 不可視の縄がトンカツサンド入りの袋を奪おうと襲ってくる。見えないのならばいっそ――

「もらったっ!」

 体に衝撃を感じる。気がつけば手の中にあったトンカツサンドは宙に打ち上げられている。

「てめぇ! 崩れたらどうする気が!」

「その程度で崩れたりはしないっしょ!」

「やめてぇ!」

 二人の手が宙に伸び、跳び上がろうとしたその瞬間、イルゼが驚異的な早さで跳ね、宙を舞っていた袋をはたき落とすように撃ち落とした。


 そして、予想もしていなかった不幸が起こる。

「ただいまー。みんな今から――」

 扉が空いたかと思うとミシェルが帰還し、少し疲れた様子を見せる。



 そして、イルゼが叩き落としたトンカツサンド入りの袋がミシェルの頭を直撃した。



 全員言葉を失い、固まったミシェルを見守る。

 袋は衝撃に負けたのかぐしゃぐしゃになり、中身が見事に飛び出てしまった。

 しかもミシェルの頭から肩、床という経路でぼとぼと落ちていく。

 ミシェルが何も言わないので不安になり、思わず三人で顔を見合わせ、やはりミシェルの言葉を待つ。顔を俯けているためどんな表情をしているのかもわからない。

「…………」

 頭にレタスとパンが乗っかったミシェルが顔をあげると同時にゴミを見るかのような目でこちらを見つめてくるのがわかった。

 ぽとりと床にパンが落ち、ミシェルが震えていることに気づき、声をかけようとしてミシェルの怒声にかき消されることとなった。




「君たちはアホしかいないのかぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!」








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