2階層
ダンジョンに法は適用されない。
ダンジョンは無法地帯であり、何が起こっても自己責任なのだ。
当然暗黙の了解というものはある。が、これはマナーの範囲だ。ルールではない。絶対遵守すべきものはない。
だから俺がここで少女が野郎に犯されようと知ったことではないし自衛できない少女の自己責任である。
「ぎゃああああああああああああああ」
うるせぇ。
少女の声はあまり甲高いものではないが大声を出されるとうるさい。というか少女にしては落ち着いた声というかキンキンした声ではないのでもしかしたら年齢はそこそこいっているのかもしれない。
なぜ叫んでいるかというと今まさに少女を剣士二人が押さえつけているからだ。
「そこの君!! 助けてくれよ! なんだよ! 可憐な僕がこんな大ピンチだっていうのに!!」
やかましい。
しかも上から目線が腹立つ。無視するに限る。
「ああああああ無視しないでくれ!! 頼む!」
次通りかかる人間に頼め。
「ねえ!! せめてなにか言ってえええええええええ」
「うるさい小娘だな!」
「さっさと剥いちまえ」
今日はこれからどうしようか。
もう少し収集するのもアリだが今日はダンジョンに入ったのが14の刻だったので今頃外は17の刻くらいだろうか。
時計があったら便利なんだろうと思うがあんなもの、貴族の道具だし、時刻を知らせる鐘があれば事足りる。
「聞けって言ってんだろそこの君ィ!」
小部屋から出ようと少女や男たちに背を向けていると咄嗟に危険を感じ取って右手で剣を引き抜き飛来物を弾く。
それは投擲用のナイフで殺傷力はそこまで高くない、のだが今当たっていたら脳天に突き刺さっていた。
「……」
「……」
俺がリーダー格の男がじっと視線を向ける。首を横に振って俺じゃないと無言で訴えるリーダー格の男。まあ、そうだろうな。
とすると――
「聞けよ! この僕を置いていくなんて君は愚か者か!!」
いつの間にか押さえつけていたはずの剣士たちをすり抜け俺のそばにまで接近してくる少女。
「逃げられるなら自分でお願いします。俺は平和主義なんです」
「平和主義なら暴漢に襲われそうな僕を助けるべきじゃないのか!?」
「いやだってそういうのは自己責任だろ……」
というかあれだけ正確にナイフ投げができるなら余裕なんじゃ。
「僕は生粋のスカウトだぞ!! 人間複数相手の想定なんてしているはずないだろう!!」
「ソロなら自衛は当然」
「魔物ならどうにかなる!! 人間は殺さないようにするのが特に無理だ! オーケーわかる!?」
「あの……」
「いや別に襲ってきたなら殺せばいいだろ。互いに自己責任。問題なし。それとも何? 非殺生主義? それマジで言ってる?」
「はぁー? あんな醜い豚男なんて殺すことに抵抗はない。が、僕は戦闘能力、技能、魔法がほぼ皆無だ!! 多人数相手なんて無理だと判断して君に助けを求めているんじゃないか!!」
「あのー……」
「俺に助けを求めるとか言われても俺はお前なんて知らないしそもそも報酬もらったってやらねぇよ。次通りかかるやつにでも助けを求めろ」
「次っていつだよ!! この階層に君しか気配がなかったから駆け込んだっていうのに!!」
「知るか!! 自分で蒔いた種だろ。自己解決しろ」
「あの!!」
さっきから会話に入ろうとしていた魔法使いらしき男が割って入る。
「えっと、で、助けるんですか?」
「助けないです」
「じゃあこの子襲ってもいいですか?」
「どうぞ」
実に茶番である。が、これも暗黙の了解というやつだ。
剣を抜いたままだったので敵意がないことを示そうとし――
突如腕を掴んだ少女が魔法使いの腹に俺の剣を、まるで俺が刺したかのように突き立てた。
「わー! さすが正義の味方!! やっぱり助けてくれるんだね!!」
「は、ちょ、待」
「こいつ! よくもハンスを!!」
リーダー格の男が激高して襲いかかってくる。斧の動きは遅い、が当たればダメージは大きいだろう。それだけの威力を寸でのところでかわし、どうにか誤解をとこうとリーダー格の男に声をかける。
「待って俺じゃない!!」
「てめぇその手に持ってる剣と血で誤魔化せると思うなよ!!」
そう、俺が持っている剣にはハンスとやらの血がべったりとついている。そしてハンスとやらは地面に蹲り、一応生きてはいるがしばらく行動できないだろう。
罪悪感は別にない。でも誤解されて敵認定されたことがめんどう極まりない。
「くそっ!!」
斧使いが前線で暴れると剣士二人は前に出れない。本当にバランスの悪いパーティだがこちらとしては都合がいい。
斧使いの背後に回り込み、剣の柄で後頭部を思いっきり殴る。すると体の防具はしっかりしていたが頭部の防具がないためとてもありがたい。
残った二人の剣士もそんなに重装備ではないため気絶を狙える。
もう一方、まだ抜いていなかった片割れを抜き、双剣を剣士二人に見せつける。
「俺は敵対したくないんですけど」
「剣構えてハンスとヨツンを攻撃しといてよく言うぜ!!」
突進してくる剣士は突きを狙ったらしいが、その割には速さがさほどない。武器と攻撃方法間違えてる気がする。突きを左での剣でいなし、右手で思いっきり腹部を殴りつける。剣士の一人はあっさりと気絶し、残った剣士は震えて動こうとしない。
「……どうする?」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
土下座されてしまった。どうやら初心者パーティだったらしく、少女を見て魔が差したとのこと。
気絶したやつらをどうにか地上に運ぶつもりらしいが三人は無理だろう。助ける義理もないが。非常に気まずい中部小部屋を立ち去る。
そして、腹立たしいことにこの全ての元凶である少女がにんまりとこちらを見てくる。
「強いねぇ。もしかしてずっとソロなのかい?」
「お前に関係ないだろ」
「えー? 謝礼はきちんと払うって言ったじゃないか。ほら」
そう言って差し出されたのはなぜか使用感バリバリの財布2つ。あと片方に血がついてる。
「……おい、まさか」
「さっきの暴漢たちの財布だけど」
「ふざけんなよ!! ちょっと返してくる!!」
「やめときなって。彼らもまたダンジョンの洗礼を受けたんだ。そういうのはよくない」
「お前がそもそもの元凶だろうが!!」
「そう……僕ってこんなにも美しく可憐だから……性別問わずいつでも魅了してしまう……罪作りってやつだな……」
「そうか、自覚あるんだな。一生表出るな」
まあ正直な話、小柄で一見スカウト系の美少女だから男がつい魔が差してしまうのもわからなくない。が、致命的なまでに性格がゴミだ。
「まあこんな出会いもなにかの縁。僕はミシェルだ! 特別に呼び捨てする権利をあげよう」
「おう、その権利ミミックにでも食わせるよ」
そう、俺はこの時こいつを始末しておくべきだった。
まさかこいつと関わったせいで俺の冒険者人生が大きく変動することになるなんて、思ってもみなかったのだから。
ミシェクズ