4階層
「いえーい」
「わーい!」
棒読み気味のアルトナとテンションの高いイルゼがグラスをぶつけあう。ミシェルは黙々と肉を貪っており、俺はちびちび安いワインを口にして時折ツマミを頂いている。
「レブルスさんテンション低いですよー」
「お前は酔うの早すぎだ馬鹿」
そんなに飲んでいないのにできあがっている。イルゼはえへへへと笑ってごまかすがごまかしきれていないし更にワインを追加する。
現在俺たちは町でもそこそこいい店の部類に入る酒場に来ている。
酒場といってももちろん普通に食事もできるし広義の意味での食堂にも分類されるがここは酒が豊富ということらしく酒場と呼んでいる。
あの後素材と宝物を換金したところ結果、30万ニルになった。分前としてはまず一人5万ニル。残り10万ニルのうち5万はギルドの金として貯金。残り5万はここでの飲みに消える予定だ。
まあさすがに5万ニルなんて大金、そうそう使いきらないだろう。酒も特別高いものを選んでいるわけではないし。
「えへへへへへ、お酒おいちい」
「おい、イルゼ。そろそろやめとけ」
「やだー、お酒のむー」
「レブ君も飲みなよ―」
アルトナまで絡んできた。酔っぱらいめんどくせぇ。
ミシェルは黙々と未だに肉を食べている。どうやら追加注文するらしい。
「れぶるすさーん、のみましょー」
「レブ君ほら、飲んで飲んで」
「うわ、ちょ、この酔っぱらい共――」
――1時間後。
「モテたい」
「レブルス、君さ、結局酔っ払ってるじゃん」
黙々と食事をして成り行きを無視していたミシェルはようやく二匹の酔っぱらい(イルゼとアルトナ)が眠ったところでレブルスに声をかける。隣り合って座っているせいか酒臭いのを感じてミシェルは一瞬たじろいだ。
「ったく……酒に強くない癖に飲みすぎる二人もどうかと思うけど、弱くないくせに潰れるまで飲む君もどうかと思うぞ」
「俺だって女にちやほやされて童貞捨てたいんだよ!」
完全に酔っているレブルスはジョッキを机に叩きつけながら追加のビールを注文する。まだ飲む気かとミシェルは呆れた顔でため息をついた。
「……あとで死にたくなっても知らないぞ?」
追加のビールをあおりながらレブルスは真っ赤な顔でミシェルを睨む。
「お前はいいよなー! その顔と能力があればいっくらでもあちこちから引っ張りだこだもんなー!」
「……なんだい、そんなこと気にしてたのか君は」
ミシェルの能力に嫉妬、というより自分の力不足を嘆いているようにミシェルは感じた。嫉妬の類は彼にとっては慣れたものなのか、自分に向けられているとなんとなく感じ取れるのだ。
「はぁ……俺だって昔はなぁー! 英雄に憧れたりしたんだぞー」
「はいはい。それで?」
「世の中は腐ってる! 俺が輝けないこの世界は間違ってる!」
後で素面に戻ってこれ覚えてたら悲惨だろうな―とミシェルは考える。
「女もなぁー! 女なんてなぁー! 全員クソビッチなんだよー!」
「君それ彼女たちが目の前にいてもよく言えるね……」
ちらりとミシェルはイルゼとアルトナを見る。二人共全く反応しない。さすがにこの程度じゃ起きないようだ。
「ミシェルは違うどおもっだのにぃ……男って……男……」
「君そんなこと考えていたのかい!? 本当にやめてくれよ!」
「俺は男と致す趣味はねぇ! お前なんか大嫌いだ! 勝手に娼婦とヤってろ!」
酔ってるとはいえまだ会話はできるようだ。ミシェルはそんなレブルスを見て、本当に小さく、レブルスにわからないほどの一瞬笑った。
「そうだねぇ、僕も男の体に興味なんてないから娼館にでも行ってくるよ」
「はっ、娼婦よりツラいいくせしてよぉー」
「……君、そろそろ僕も怒るよ」
眉をひそめたミシェルの顔は誰が見ても文句のつけようがない美少女そのものだ。
それを見たレブルスは何を思ったのか突然立ち上がってミシェルの肩を掴んだ。
「え、なにす――」
「お前も」
レブルスの目はミシェルの知らない、初めて見るものだ。
日々代わり映えのしない毎日に疲れきった目でもなく。
新しいことに挑戦し実は輝いている目でもなく。
――虚ろで、全てに絶望したような深い闇に呑まれてしまいそうな重い眼差しだった。
「お前もどうせ俺を裏切るんだろ」
馬鹿にしたような、嘲笑うようなそんな声で、ミシェルの肩を掴む手が力を増す。
「そんな綺麗な顔して腹の中じゃ俺を道具程度にしか思ってないくせに」
「何言って――」
そのとき、ミシェルはようやく理解した。
――ああ、君もやっぱり、一度何もかも失った人間なんだな。
唇を噛み締め、ミシェルはレブルスをまっすぐに見据える。そして、はっきりとした声で彼は言った。
「僕は……君が裏切らない限り、君の味方だ」
――そう、君が裏切らないのなら。
自分たちは恐らく思っている以上に薄氷の上を歩いている。互いの心に抱えた闇を踏み荒らさないように。触れてはしまわぬように。
「お前は俺を裏切るなよ」
どこか悲しそうに笑うレブルスに、ミシェルは何も言えなかった。裏切らないと口だけならいくらでも言える。レブルスの求めているものがその言葉ではないことをミシェルは悟っていた。
それでも、レブルスがなぜこんなにも何かに恐れているのかを自分は知らねばならない。ミシェルはそう確信していた。
掴まれた肩が痛みを訴える。ミシェルは顔をしかめるも手を振り払えなかった。
「レブルス――」
なぜ、と聞こうとして目を合わせようとするがレブルスはもはや意識がないのか寝息を立てていた。
――このタイミングで寝るのかよ!
そのまま寄りかかる、というより倒れてくるレブルスをどうにか支えて椅子に乗せる。この三人を連れてどうやって帰ろうか、そんなことをミシェルは思案しながらこれからのことを思う。
――どう考えても茨の道だろうな。
アホ面で寝息を立てるイルゼとアルトナ。
気の抜けた寝顔を晒すレブルス。
けれど、全員、何か抱えているからここにいる。
「……地雷だったかな」
自分から地雷に飛び込んだと認めざるをえないのだが、ミシェルはそれでも不思議と笑顔だった。
「まあいいや。君たちが全員クズのロクでなしだろうと付き合ってやるよ」
――だって、一番クズでロクでなしなのは僕なんだから。
2章終わり。キャラが増える予定だけどご容赦を