2階層
「はい、反省会するよ」
元に戻った俺はアルトナと並んで正座してミシェルに睨まれていた。
「まずアルトナ。1発撃って魔力欠乏症だったけどどういうこと?」
「……威力増大と広域化に魔力を追加したのと、強めの魔法を使った結果、魔力がオーバーしました」
「自分の! 魔力に合った! 魔法運用して!!」
「……ごめんなさい」
しゅん、と頭を下げるアルトナは本当に申し訳無さそうだ。
「久しぶりの出番だったからつい張り切って……」
「それで全滅したら元も子もないから。どうりでオーバーキルだと思ったよ。はい次レブルス」
「悪い」
「君このパーティの要なんだよ!? 君が潰れたら本当にまずいんだから自分の魔力管理はしっかりしてよ!」
返す言葉もない。まあ正直焦りすぎたとは思っている。冷静だったら魔力欠乏症なんて醜態は晒さなかっただろうし。
「そしてイルゼ!!」
「は、はいっ!」
俺たちも思わずびびるほどにミシェルは声を張り上げてイルゼに怒りをあらわにする。。
「踏むなって! 言ったよね!! なんですぐ忘れるかな!!」
「ご、ごめんなさぁい」
「おかげで今どこまで階層に落ちたかわからない有様なんだよ!!」
現在の状況確認。
4人はポーションも使ってなんとか一通り回復はした。ミシェルの怪我も治療して多少はマシになったらしい。マジックポーションで魔力も補充した。
が、イルゼの踏んだ崩壊落とし穴で現在俺達が何層にいるかわからない。
「ここが魔物の出ない小部屋じゃなかったら僕ら確実にやばかった……」
天井を見上げても穴はない。どうやら落とし穴は役目を終えると塞がれるようだ。
「まあ小部屋がある階層をいくつかピックアップしたからなんとなく想像はつく……問題はこのメンバーで出口に戻れるかってこと」
先ほどのグダグダな戦闘を思い出し、不安しかない。
「レブルスは魔力を使い過ぎないように……アルトナは自分の魔力に応じた魔法にして。マジックポーションは渡しておくから減ってきたら補給するのを忘れないで」
「わかった」
「気をつける……」
魔力欠乏症コンビは魔力管理の注意を受ける。まあアルトナがしっかりしてれば俺も無闇な消費はなくなるし多分気を使えば大丈夫だろう。
「イルゼ……頼むから言うこと聞いてね。あと今回のダンジョンに限り前衛でいいから」
「は、はい」
一番強く言い聞かせているのはイルゼ。ミシェル的には落とし穴が本当に許せなかったらしい。まあ危機管理を徹底するミシェルとしては注意をしたのにまんまと罠を踏まれたのがプライドとしても、パーティの安全としても許せなかっただろうし。
「……ところでそのメイスちょっと貸して」
不機嫌そうなミシェルがイルゼの持つメイスをじっと見て、イルゼはおずおずとメイスを差し出した。
受け取った瞬間、ミシェルは「重っ」と呟くと同時に息絶え絶えになりながらそのメイスを鑑定し始める。
「断罪者のメイス……」
苦々しげに武器の名前を呟いてイルゼにメイスを返却する。イルゼは不思議そうに受け取って軽々と持つ。
「それ、完全に前衛職が持つ前提のメイス……少なくともヒーラーの装備品じゃない……」
「えっ、そうなんですか!?」
知らないで使ってたのかよ。
ミシェルも呆れたように頭を抱えだしてしまった。
「下手したらレブルスよりも火力出るよそのメイス……。おかしいと思った……一撃でスケルトン殺せるなんてそこそこ強い武器か本人が強いかのどっちかだし……」
「なんでそんな物持ってんだよ」
「実は祖父の遺品の一つで……」
曰く、祖父は殴りヒーラーという二つ名を持ったヒーラーだったらしく、癒やした味方よりも屠った敵のほうが多いという物騒な逸話を持っていたそうな。
「効果とか性能は特に気にしたことがなかったので……」
「気にして」
ミシェルがもう目を覆ってブツブツと何が呟きだした。これはストレスがやばそうだ。
「で、ミシェル。結局今どこにいるんだよ、俺ら」
話を切り替えようとミシェルに声をかけるとぶすっとした顔が勢い良くこちらを睨む。余談だが、ミシェルは不思議な事にだいたいどんな表情でも少女のように愛らしいのだが、今は完全にやさぐれた野郎みたいになっている。
「小部屋の形である程度推測はしたけどここを出て周囲の様子を確認しないと確証は得られない。ちなみに僕の中では今最悪の想定は済んでいる」
はっ、と現状を嘲笑うというか呆れて引きつった表情がどこか笑って見える。それを見てアルトナもなんとなく察したのか「うわ……」と小さく呟いて自分の体を抱くように縮こまる。
「ちょっと……さすがに死にたくないんだけど」
「はっはっはははははっははははははははは」
狂ったように乾いた声で笑い続けるミシェル。おい、そんなに声出すと魔物寄ってくるんじゃ。
「魔物来るぞ、そんな大声だと」
「現状を思い知ればレブルスだって笑いたくもなるさ……」
重い足取りのミシェルに俺たち三人も続く。小部屋から出てすぐには魔物はいないらしく、不気味なほどに静まり返っている。
「……ミシェくん、正解は」
「…………にじゅう、ななそう……」
今にも泣きそうなくらい声が震えているミシェル。そして俺も、その意味を理解して頭が真っ白になった。
――27層。
このダンジョンは30階層であり、下に行けば行くほど強くなるのがだいたいのダンジョンのセオリーだ。
つまり……このメンバーで、さっきの集団にも苦戦したこのメンバーで、下から27層分のぼらなければいけない。
「うっそだろ……」
「しくじった……しくじったしくじったしくじった……」
うわ言のように頭を抱えながらブツブツ言い続けるミシェル。俺もようやく理解した。
――このメンバーで、この所持品で27層突破は困難だ。
元々俺の斬撃があまり効かない魔物が多いのもそうだが難易度が低めと言っても初心者が下層でどうにか持ちこたえられるはずがない。仮にミシェルが出来る限り戦闘を避けるようにしても確実に何度かは戦闘になるし回復道具も食料も先に尽きるのが脱出よりも早い。
ミシェルは当然それを誰よりも理解しているだろうし、アルトナも察しているのだろう。この状況がいかに絶望的かを。
「レブルス……どうする。このまま27層いけるかい?」
「……相性が悪い。自信は持てない」
「マジックポーションの残りもそんなに多くない……アルトナに頼るのも難しいか……」
「あの……」
申し訳無さそうにイルゼが挙手をして言った。
「帰還陣を目指したほうが早いのでは?」
1、2、3……アルトナと一緒になって俺はぽかんと口を開けて間抜けな顔を晒す。
「ばっ……馬鹿言うな!!」
「帰還陣は最奥ボスを倒した先にあるんだ!! 私達だけじゃ――」
「……いや、それで行こう」
ミシェルの唐突な気狂い発言に思わず掴みかかり、ミシェルの肩を揺らす。
「お前自分が何を言ってるかわかってんのか!? 最奥ボスなんて上層で苦戦した俺らがどうにかできるとでも――」
「雑魚を何戦もするより大ボス1回の方が効率がいい。というか3層くらいなら恐らく戦闘は避けられる」
「それでも――」
「おいおい、レブルス。僕が信用出来ないか?」
にやりと、不敵な笑みで俺を見て手を振り払う。
「もちろんイルゼとアルトナには死ぬ気で頑張ってもらう。僕もね。構わないだろ?」
「……ここまで来たら私は二人の指示に従う……。元はといえば私のポカが原因だしね」
「わ、私も……罠にかかったのは私ですし……」
「よし、あとはレブルス。君だ」
無謀すぎる作戦。だが、ミシェルは諦めようとはしない。二人も腹をくくったのか覚悟を決めたようだ。
「……どの道死ぬ可能性があるんだ。ミシェルが選んだそっちの方がいいんだろ」
「まあ、生存率30%か40%の差くらいだがな」
「10%あれば上々。ボス行くまでに雑魚戦引かないように策敵しろよ」
「はっ、僕を誰だと思っているんだい?」
デビュー戦の気軽な旅から一転、俺達の生死を賭けた最奥ボスとの戦いが始まろうとしていた。
次話は近いうちに投稿できると思います