メンバー候補、入居
夕方に帰宅するとミシェルがやたら食材を整理しているのが見えた。
「おい、二人分にしては多くないか?」
「あ、おかえり」
食料庫に運び終えたミシェルは得意げに笑う。よく見ると、既に調理をしているらしく、いい匂いが漂ってきた。
「実は既に二人ほど勧誘済みだよ。もう2階の部屋適当に住んでもらってる」
「……早いな」
まさか募集したその日に二人も決まるとは。
2階への階段を上りながらミシェルに気になる事を尋ねる。
「どんなやつだ?」
「ヒーラーの女の子と魔法使いの女の子だよ」
「結局女か」
まあ、まだ、二人だしそんなにかっかすることでもない、か……。
ミシェルがある部屋をノックするが返事がない。
「ん? 寝てるのかな?」
鍵が開いていたのでミシェルが扉を開け――
「アァ……ィズゥ…………グベェェェ」
床に這いずるそれはギシギシと軋む音を立てながら扉へとゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。黒く長い髪が散らばり、前髪のせいで顔が見えない。
ギシ、ギシと近づいてくるその謎の生命体にしか見えない何かをみてミシェルはそっと扉を閉じた。
「えーっと、間違えたみたいだ」
なかったことにした。
そのすぐ隣の部屋をノックすると「はーい」と可憐な声が聞こえてくる。
「なんでしょう?」
扉を開け、顔をのぞかせたのは柔らかなストロベリーブロンドの長い髪を持つ少女だ。あまり見ない紫色の瞳。形の良いアーモンド型をしており、とても目を惹く容姿をしている。ミシェルと並ぶとわずかに背が高いが十分小柄の部類だろう。
「あ、もしかして家主のレブルスさんですか?」
おっとりした雰囲気ではあるもののしっかりとした話し方に好印象を抱く。少し抜けてそうなところは垣間見えるが、悪人ではないだろう。
「初めまして。私はイルゼといいます。ミシェルさんからお伺いかとは思いますがヒーラーです。未熟ですが何卒宜しくお願いしますね」
「あ、ああ……」
どこか凛とした雰囲気に気圧されそうになる。なんというか、育ちが良いというか、品のある子だ。
「イルゼちゃんはまだダンジョンに入ったことない新米なんだってさ。明日早速、簡単なところに挑戦してみようと思うけど……レブルス武器は?」
「新しいの買った」
「なら大丈夫か。じゃあ明日、全員の実力を見るためにも――」
ガタンッと扉が外れるような音が響く。とっさに振り返ると、先ほど這いずっていた何かが扉を壊して廊下に頭を覗かせた。
「ミイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」
「……」
「……」
「……アルトナちゃん、どうしたの?」
イルゼが不思議そうにうずくまって這いよる何かの声を聞く。
「アルトナちゃん、お腹ペコペコだそうです。あとお水が欲しいって」
そんなわけで早めの夕食に。
今夜もミシェルがとりあえず作っている。今日はシチューとパン、キャベツのサラダとシンプルなメニューだ。
シチューは多めに作っているらしく、まだ鍋におかわりあるよーと言うミシェルの姿はなんというか完全に家政婦か主婦何かに見える。
そんなシチューをかきこみながら貪っているのが先ほどの這いずる何か――いや、新しいメンバーだった。
「おかわり!!」
「……次4回目のおかわりなんだけど……」
ミシェルの表情が若干引いてる。新しいメンバーの女は皿を突き出しながら袖で口元についたシチューを拭う。汚い。
前髪も長い黒髪をイルゼがまとめて結ってやる。顔がようやく見えたそいつは顔立ちこそ普通というか、よく見ればいい方なのだが、目の下のクマがひどい。おまけに髪も俺とは違う感じでボサっとしている。こちらは髪が長い分、絡まっているようだ。赤い瞳が印象的だが、その目は今、シチューを書き込むことに真剣で俺を見ていない。
もうシチューのおかわりがなくなったところで、ようやく満足したのか、ふぅと一息ついて改めて俺へと視線を向ける。
「さっきは驚かせて悪かったね。私はアルトナ。魔法使いだよ」
「ああ……大丈夫か?」
主に頭と食欲中枢。
「いや……実はさっき魔法の薬を調合してみて、その試薬を飲んだら……かつてないほどの飢餓感に襲われて……」
そういえば魔法使いだった。つまり薬の失敗作のせいで空腹に陥ったと。
「ダンジョンで空腹でも耐えられるように空腹をなくす薬を作ったつもりが……逆に空腹で死にそうになる薬になってしまった」
「捨てとけ」
危険物すぎる。
「ふぅ……いやはや、家賃がタダなのは本当に嬉しいな。家主であるあなたに感謝せねば」
「代わりにダンジョンで活躍してもらうからな」
この家と土地は両親が冒険者時代に色々して手に入れたので受け継いだ俺も追加で発生する支払いがない。母は「これくらい何か遺さないとね」と笑っていたが、なかなか恵まれている遺産だと思う。
「んー。私は攻撃系の魔法ばっかだけどオーケー?」
「ミシェルが勧誘したんだろ? 別にそこは心配してねぇ。俺だって剣しか使えないしな」
「まあ、なんとかなるでしょー。というわけで、明日は『ラセットスカルの採掘場』に行こう」
ミシェルが提案したラセットスカルの採掘場は骨系の魔物が多く出現するダンジョンで、難易度はキゼルより上、オルヴァーリオよりも下くらいだ。が、俺にとってはあまり行きたくない場所である。
まず、骨系魔物は斬撃が通りづらい。俺には属性攻撃も打撃系攻撃もない。そのため決定打に欠ける。今まで俺が行かなかったのはそのあたりが理由だ。
大方、ミシェルの思惑としては俺が苦戦している状態にしてヒーラーとしての実力を見極めるか、魔法使いとしてどれだけうまく立ち回れるかのどちらかだろう。
……俺が苦手だけども比較的安全ダンジョンを選んでいるあたりやはりミシェルは冒険者としての経験が俺と同じくらいなんだろう。これに文句をつけてもしょうがない
「あんまり深くまで潜らないだろ?」
「当然だ。まあ、行くとしても地下5階層かな」
まあ4人いれば余裕すぎるほど余裕な範囲だ。が、イルゼがダンジョンに潜ったことないビギナーであることが若干不安ではある。
「ま、これから仲良くやろうか。まだ数人増えると思うけど大事な初期メンバーだし!」
ミシェルがそう締めくくるともう空っぽの大鍋を洗いながら皿も回収して洗っていく。
「あ、私もお手伝いします!」
イルゼが慌てて立ち上がり、それをぎょっとしたようにミシェルが見て止めようとするが時すでに遅し。盛大に足がもつれて転んだイルゼが皿を2枚割って床に倒れる。怪我こそしていないようだが……。
「あー……イルゼちゃんいいよ。部屋戻ってて。僕やっとくから」
「は、はい……すみませんご迷惑おかけして……」
まるで急かすように2階の部屋へとイルゼを追いやり、割れた皿の後片付けをするミシェルを手伝う。
「……大丈夫か、あれ」
「……多分」
ふと、視線をアルトナへと向ける。彼女は椅子に座ったまま片付けもせず結ってもらった髪を解いてあくびをしている。
……大丈夫なんだろうか、本当に。
ようやくヒロイン(女キャラ)出せて安心している……