剣の買い替え
次の日、時計塔を確認したらだいたい9の刻だった。
下から物音がするので降りてみるとミシェルが朝食を作っていた。
……一瞬、昨日のことが頭から抜けていて何かと思ってしまったのは秘密にしておこう。
「ん? 起きたんだ。さっきノックしても起きないからほっといたのに」
起こされたと記憶がない。だいぶ熟睡していたらしい。
「僕これ食べたら協会行くけど君はどうする?」
「俺は、武器をどうにかしてくる」
折れてしまったので新しいものを買うべきか打ち直してもらえるかを一度確認しておくべきだ。予備はないこともないのだが安物とはいえ手に馴染んでいたため一応確認したい。
「わかったよ。じゃあ昼は自分でなんとかしてくれ。多分昼も協会にいると思うから」
そう言って野菜のコンソメスープと、半熟卵とカリカリベーコン、チーズを乗せて焼いたパンが食卓に並ぶ。
……なんでこう、さらっと作れるんだろうか、こいつは。
パンを一口、食べてみると胡椒が効いていて美味しい。コンソメスープについては特別なものがあるわけではないが具材が大きめで腹にたまる。朝食にしては重いかもしれないがミシェルは自分の食べる量が基準なのだろう。
ミシェルは大食いかつ早食いで、俺より先に朝食を食べ終えるとささと片付けて外出用のものへと着替えて降りてきた。
こうして冒険者用の服を着ると本格的に性別がわからない……。
「じゃあ行ってきます」
「おう、いってら」
……ふと、ミシェルが家を出てから気づく。
当たり前のはずの、日常での言葉が昨日から自然にやりとりできている。
母親も死んで、誰ともそういった会話をしなかった日が長く続いたからすっかり忘れかけていた。
こういう他愛もないことが大事なのかもしれない。心を覆っていたなにかが取れたような気分だ。
昨日は少し荒んでいたが自分もいい大人だし寛容な心で受け入れるべきだ、うん。
俺も着替えてイグニドさんの工房へ向かおう。
昨日折れた剣と破片、あと昨日の収入を財布に入れたのを確認し、家から出――
「ミーシェールーちゃあああああああああああああああああああああああああああん!!」
不審者がいた。
慌てて扉を閉めたためどんな人物かは確認できていない。が、中肉中背の成人男性くらいだろうか。扉にすがりついて何度も執拗にノックする音が聞こえる。
「ミシェルちゃあああああん!! 俺じゃダメなの!? 俺ミシェルちゃんのためなら椅子にだってなれるよ!! 悪い奴に騙されてるよ!! ミシェルちゃあああああああああああああああああああん!!」
あっ、これ関わったらいけないタイプの変態だ。
『いや、ちょっとタチの悪いストーカーが……』
そういえば昨日なんかそれっぽいことを言っていた気がする。これか、こいつなのか。
あんまり騒いでいるからか近所の人が警吏の人を呼んでくれたらしく、変質者と警吏の二人が家の前で揉めている。
……裏口から出よう。
…………あとミシェルは帰ってきたら殴ろう。あいつに寛容な心は無理だ。
隠れるようにイグニドさんの工房へと向かい、無駄に神経を尖らせたことにわずかに苛立ちを覚えながらもイグニドさんに声をかける。
「イグニドさん。相談があるんだけど」
「ん? おお、レブルスか。どした」
「剣折れちゃって……」
そう言ってしまっておいた双剣の片割れを見せる。真ん中でぽっきり折れた刃と欠片を見てイグニドさんは顔をしかめる。
「悪いことは言わねぇ。買い換えとけ。これを打ち直したとしてもどんどん強度が落ちるだけだぞ」
「やっぱりかぁ……」
元々効果も特にない安物だし長く使えるとは思っていなかった。が、買い換えるタイミングを見失っていたし、使い慣れていると手になじむのでずるずる使い続けていたのだ。ここまではっきり言われてしまえばあきらめもつく。
「イグニドさん、なんかいいのある? できれば安いやつがいいんだけど……」
一応臨時収入が入ったとはいえ武器を新調できるほどの余裕というわけではない。安く済ませたいのだが……。
「あー……今一番安いのはこれだな」
そう言って武器の棚から渡されたのは刃が太めで刃渡りの短い双剣。
軽く振ってみるがどうもしっくりこない。リーチの割に重いからだろうか。
「うーん……」
「片手剣買って無事な方の双剣と使うか?」
「そうすると扱いのバランスがうまくとれなくて俺苦手なんだよな」
双剣はできるだけ対になっているものを扱うようにしている。たまにリーチの違う双剣使いがいるが少なくとも今の俺はそれができない。単に実力不足だ。贅沢は言っていられないのだが……どうしても戦闘に支障が出てしまう。
双剣は対の武器なだけあって買い換えるとなると費用がどうしても嵩んでしまう。
「ん?」
ふと、視線の先には不良在庫と書かれた武器箱。
その中に双剣らしきものが見えて手に取ってみる。刃渡りはさっきより長いが細めの刀身でなにより軽い。
「イグニドさん、これは?」
「ああ、それか? それ、実は娘が打った剣でなぁ。たまに帰ってはそこらへんに成果物を放置してどっか行きやがる……。なんだ、それが気に入ったのか?」
振ってみると軽くて切った実感があまりない。武器の重みというものがあまりないのだろうか。
試しに鑑定メガネで詳細を調べてみる。武器やアイテムなどの詳細を判断するこの魔道具は冒険者の必需品のようなもので、武器に宿る特殊効果や性能を見れるのだが、鑑定技能持ちと比べると詳細まではわからない。
ちなみに俺は技能を持っていないのでこのメガネでわかる範囲のことしか知らない。
「……効果……『ヴィントの手助け』」
おそらくこれが武器が軽くなっている原因だろう。
「といってもなぁ……軽すぎて切った実感がないから扱いに困ってんだ」
「なるほど……でも、俺結構これ気に入ったぞ」
「本当か? まあ娘も売るなら適当でいいって言ってたし……6千ニルでいいぞ」
想像以上の安い金額にいいのか、と目を丸くする。
「ま、娘も使った感想を聞いたら喜ぶだろうしな」
「じゃあ、これと手入れ道具を買うよ。ちょうど砥石切れてたし」
「ああ、いつもありがとな。使った感想は俺でもいいから聞かせてくれ。娘が帰ってきたときに伝えとくからよ」
ふと、もう一度メガネをかけて情報を確認する。武器の名が登録されていた。『リベレ・シュベット』。意味まではわからないが響きは個人的に好みだ。
あとは適当に買い物をして、ダンジョンにも協会にもいかず穏やかに一日を過ごす。
そう、この瞬間までは……。
そろそろストック切れそうなので不定期更新になるかもしれません