1階層
――子供の頃の憧れを今でも覚えているだろうか?
ダンジョン。元々は地下牢などを意味する言葉だったらしい。
今では各地に存在する地下迷宮等をそう呼び、冒険者がダンジョンに潜っては魔物を倒したり、宝物を収集して売り捌く。そんなふうに冒険者はある種の職業として定着した。
魔物をいくら狩ってもしばらく時間をおけば再び出現する。しかしダンジョンの外へと出ることはない魔物たち。そんな魔物へと挑み失われた技術の結晶ともいうべき幻想級のアイテムを求め、冒険者たちは命を賭ける。
宝箱の中身は常に変化し、レア物を当てたら装備するもよし。売って次の探索に備えるもよし。そして難易度の高いダンジョンへと挑んでは挫折する。
現状、冒険者は飽和状態。夢を抱いて飛び込む人間が後を絶たない。それと同じくらい死者も出る。そもそも死んだのかわからない人間がいる。つまり、一人でダンジョンに挑む馬鹿だ。
それがソロ冒険者。またの名をぼっち。
味方がいないため死亡しても誰も看取ってくれないし動けなくなっても助けてくれない。常に危険が隣り合わせのダンジョンで単独行動は大変危険である。それでも、単独行動――ソロ冒険者も一定数存在する。
理由としてはパーティやギルドで行動する場合、分け前の配分や冒険者を雇う金、維持費がかかる。人数だけ多く、たいして稼げないギルドは自然消滅することもあるのだ。また、ギルド間での抗争や内部分裂、引き抜きや横領などのドロドロした揉め事もギルドにはあるし、野良パーティだと分け前で揉めやすい。
ソロの利点を挙げるとすれば分け前が独り占め、フットワークが軽いため別ダンジョンのある町や地域への移動が楽というところだろう。
まあ、普通は危険すぎてパーティメンバーを募集するかギルドに入るべきなんだろうが。
そんなソロが大変な危険極まりない行為だとわかった上でダンジョンでソロ活動をしているのが俺、レブルス・クラージュである。
髪はよく辛気臭いと言われる黒。それを手入れもしないものだからボサボサになり果て、冒険者支援の受付嬢に苦言を呈されるほどである。瞳は量産型ヘーゼル――つまり淡褐色だ。
特別珍しくもない赤と黒のジャケットに早く動けるという触れ込みの冒険者がよく履くブーツ。当然武器である双剣も安物でどこにでもいる冒険者だ。
現在19歳とそこそこいい歳に差し掛かり、一人でダンジョンに潜っているのには理由がある。
若いうちから「俺、冒険者になる!」と夢に瞳を煌めかせ、両親もダンジョンに潜る冒険者だったことから激しい反対もなく、14歳でダンジョンデビューを果たした。もちろんそのときはギルドに所属していた。が、わけあって現在はソロだ。そして俺は悟ったのだ。他人と一緒に行動するものじゃないんだと。
そんなわけでいつもどおり十分な安全対策を取ってダンジョンを進んでいく。といってもまだ入って2層ほどしか潜ってない。
ここのダンジョンは『キゼルドゥグクの洞』という名称で比較的難易度の低いダンジョンだが植物系の素材が入手しやすく自給自足が容易で中級者もよく足を運ぶ。なにより地形が一定のダンジョンなのだ。
ダンジョンにも種類があり、難易度も大幅に変わってくる。例えば入るたびに地形の変化する不定形ダンジョン。これはマッピングがほぼ無意味となる。1回目にマッピングした地図を2回目の探索で参考にしてもまるっきり地形が変化していたり罠や部屋の配置が変化していたりだ。上級者向けと言えるだろう。
かといって今いる一定の地形のダンジョンが全て簡単というわけでもない。一定のダンジョンでも難易度が高いダンジョンは凶悪な魔物や即死級の罠にかかればあっという間に全滅する。まあ、要はどこでも安全ではないということは確かだ。
キゼルドゥグクの洞は植物というか緑が多い地形のマップで、壁には蔦が絡みつき、道中にも木が生えていたり、花が季節を無視して咲き誇っている。常に、昼だろうが夜だろうが地下のはずなのになぜか明るく、光源がどこなのかもわからない。薬草収集やここで狩れるプラントディアという鹿のような魔物の素材を狙って俺は多くて毎日、少なくても週に3回は潜っている。牡のプラントディアの角と牝のプラントディアの毛皮がそこそこいい値で売れる。ソロで狩るには余裕のある魔物だ。数も多く市場での需要も高い。
が、当然需要が高く狩りやすければ人も多く、面倒な輩もいるもので……
いわゆるダンジョンの小部屋で薬草を収集していると聞こえてくる複数の足音。ここは地図さえあれば行き止まりだとわかるので薬草目当てか初心者の休憩狙いしかないと思うのだが、どうもおかしい。一つ、やたら早い足音が聞こえる。それを追いかけるように4人ほどが迫ってきてる。足音からしてゴブリンではない。ほぼ間違いなく人間だ。
そう、その足音たちはすぐに俺の視界に映ることになる。
小部屋に飛び込んできたのは小柄な人影、緑色のフード付きケープで顔は見えない――と思ったらすぐにこちらを振り向いてフードが外れる。
その人物はおそらく10人中10人が美少女と答えるであろう愛らしい顔立ちをしていた。サラサラの金髪。パッチリと大きく、透き通るような青い瞳。色白でとても冒険者と思えないその容姿だが服装は露出がほとんどない。むしろガチガチに固めてボディラインすらわからないがどちらかといえば軽装に分類するのでシーフ・スカウト系の人間だろう。ざっと背丈は155cm前後だろうか。
「き、君! 助けてくれ! 小汚い暴漢に――」
「もう逃がさねぇぞ!」
助けを求める声を遮ったのは息を切らして部屋になだれ込んでくる。数は4。装備から見て初心者と中級者の間くらいだろうか。全員20代後半にさしかかりそうな歳に見える。冒険者には年齢制限などないのでこれくらいの歳で初心者もいるだろうが……ちょっとどうなんだろう。
メンバーを推察するに前衛戦士の斧持ち。剣士が二人に攻撃系魔法使いが一人……。
なんというか、偏ってる。
「この部屋は行き止ま――」
リーダー格の男がようやく俺の姿を確認して声を詰まらせる。
「ふんっ! この僕が無意味に逃げたとでも? さあそこの君! 僕を助けてくれるよな? もちろん即答してくれるだろう? 何、ちゃんと謝礼は――」
「あ、俺そういうのいいんでお好きにどうぞ」
めんどうだし帰ろ。