雨の中のレインチェリー
イセリナ達が街の奥に歩みを進めると、煉瓦造りの小さな家が見えて来た。その小さな家を指差してウッディが言う。
「あそこの家だ。俺の知り合いの竜騎士『暁』の家は……」
ウッディは濡れた髪を書き上げながら、その小さな家の扉を開いた。
「お~い! 暁! 俺だ、ウッディだ」
しかし、返事はなく暖炉の火だけがユラユラと揺れているだけだ。まるで人の気配がない。
「留守かしらね?」
誰もいない部屋の静寂を打ち破るようにイセリナは言った。
刹那に部屋の奥から、暁の声とは思えない悍ましい声が“待っていたぞ”と二人に呼び掛けた。
すると、その声の主は強固な尻尾を振り回し、煉瓦造りの壁に向かって強烈な一撃を放った。
「ウッディ、家が崩れるわ。外に避難しましょう」
「わかってるって!」
イセリナ達は、その声の主との戦闘を避けられないと判断し身構えた。
「逃げられると思うなよ。我はキマイラブレイン。貴様らを八つ裂きにしてやるわ」
降りしきる雨の中、キマイラブレインとの戦闘が始まった。ウッディは魔法を詠唱しようと間合いを取るが、キマイラブレインはそれを阻止した。
間合いを取ったはずが、いつのまにか間を詰められていたのである。続けてキマイラブレインは、鋭い爪でウッディを捉えた。
「うぐっ。こいつ、早い」
流血するウッディを見下ろしながら、キマイラブレインは不気味な笑みを浮かべた。
「ザコが……」
「この俺がザコだと?」
「ウッディ、挑発に乗っちゃ駄目よ。私が引き付けるから詠唱して!」
「すまない、イセリナ」
冷静沈着なウッディが、強烈な一撃とキマイラブレインの言葉に熱くなっていた。
「いい作戦だ。我を止めてみよ」
イセリナはキマイラブレインに向かって駆け出すも、ぬかるんだ地面が攻撃の邪魔をする。自慢の足もここでは意味を成さない。
「そんなものか? 勇者と言えど、ゴミだな」
イセリナの前髪を雫が伝う。先ほどより雨足が強くなったようだ。
「ウッディ、まだ?」
諦めにも似たイセリナの声が、雨音にかき消される。
「いい雨だ。行くぞ! 二人纏めて死ね! アクアブレス!」
キマイラブレインは周囲の雨をかき集め、強烈な技を繰り出した。心臓に突き刺さるような、水圧が二人を襲った。
「いやぁぁぁ……」
「ぐはっ……」
一瞬呼吸が止まる程の衝撃。二人とも急所を外し辛うじて生きてはいたが、もはや風前の灯。
――イセリナよ、何をしているのだ……。
陰から見守るイシュケルには、その行く末を見届けることしか出来なかった。仮に助けたとして、それは魔王軍に対する『裏切り』、自己嫌悪に陥るしかなかった。
「しぶとい奴め。今楽にして……ぐわはっ」
何者かが、頭上からキマイラブレインの背中に一撃を喰らわした。
「ウッディ、久しぶりだな? 何やられてんだよ。みっともないなぁ」
「あ、暁! お前、何処ほっつき歩いてたんだよ」
「ちょっとヤボ用でね。僕が来たから、もう大丈夫だよ」
イセリナ達のピンチを救ったのは、ウッディの知り合いである竜騎士『暁』だった。しかし、依然劣勢に変わりはない。
「ウッディ、これを。あなたも。特製の薬草だ。ちょっと苦いけど我慢しな」
「暁……助かったぜ」
「ありがとう、暁さん」
暁の特製の薬草で、イセリナ達の傷はみるみる塞がった。
「さぁ、反撃よ」
「己れ、ザコがちょこまかと……許さんぞ」
イセリナは剣を構え直し、暁は鋭く長い槍をキマイラブレインに向けた。