真の強さとは~エピローグ~
「うぉぉぉ――っ!」
有り余る力を解放し、時を越えし者は雄叫びを上げる。
「まだまだ足りぬわ――っ!」
右手を前後に揺らし、挑発とも取れる行動を取る。
「見せてやるさ……天地烈波斬をな!」
アレイスは気合いを込め、出来るだけ“無”に近い状態に持っていく。
――奴は下半身に死角がある。そこを叩けば…………。
「どうした? かかって来んのか?」
時を越えし者は足踏みで、今か今かと大地を揺るがす。
――見えた! そこだ!
アレイスは一気に時を越えし者の足元に駆け寄り、バーストタイプにチェンジする。そして、フルパワーで天地烈波斬を繰り出した。
一瞬アレイスを見失ったのか、時を越えし者は慌てふためく。
アレイスが放った天地烈波斬は、時を越えし者の肉片を飛び散らせた。
これに黙っている、時を越えし者ではない。直ぐ様体勢を整え、開口し鋭い牙をアレイスに向ける。
「しまった!」
フルパワーで足元が覚束ないアレイスは、よろめいていた。
差し迫る、時を越えし者の牙。もはや、絶体絶命のピンチかと思われたその時、睦月がアレイスを庇う。
「いやぁぁぁぁ――っ!」
時を越えし者の牙は、睦月を捉えた。背骨が折れる音と共に、悲痛な叫び声が響き渡る。
「睦月――っ!」
慌てアレイスが駆け寄るも、睦月は瀕死の状態で目が虚ろになっていた。
「しっかりしろ! 睦月! 目を開けるんだ」
「アレイス……私は大丈夫。奴を……奴を倒して……」
睦月はそう言うと気を失った。
「貴様――っ! 許さんぞ! 父上、睦月を頼みます」
「アレイス、どうすると言うのだ」
「こいつは俺一人でやります」
「信じていいのだな?」
「構いません」
イシュケルが睦月を安全な場所に落ち着かせると、アレイスは身構え時を越えし者を睨み付けた。
「アレイス……私も援護します」
「ミネルヴァ、気持ちはありがたいが……」
「駄目です。私も戦います。止めても無駄です」
ミネルヴァは全てを決心したかのような表情を見せる。
「わかった……期待してるぞ」
アレイスの承諾を得ると、ミネルヴァは口角を上げた。
「さぁ、行きます」
ミネルヴァは更に強く念じる。すると、懐かしい声がアレイス達の心に響いた。
――ミネルヴァ……ミネルヴァ……聞こえますか?
「その声は、母さん?」
――えぇ、ミネルヴァ。頑張っていますね。しかし、あなたの力は時を越えし者に到底及びません。
「では、どうすれば?」
――あなたの力を、アレイスに委ねるのです。出来ますね?
「やったことはありませんが、やってみます」
――ミネルヴァ……母はいつでも、あなたのことを見守っていますよ。
「母さん…………アレイス聞こえた?」
「あぁ。やってみる価値はあるな」
「はい。私、頑張ります」
ミネルヴァは祈りを解除し、アレイスに向けて再び祈りを捧げた。
ミネルヴァは全ての魔力を解放し、アレイスに委ねた。
――アレイスにミネルヴァの赤いオーラが乗り移る。
「な、何だ? この力は……凄まじい力がみなぎってくる」
「これが、私の持つ魔力の全てです……後はお願いしました……」
ミネルヴァはそう言うと、膝から倒れ込むように気を失った。
「ミネルヴァ……この力、大事に使わさせてもらうぜ!」
「何だ、そのオーラは? ふん、たかが人間のやること……」
「残念だったな。時を越えし者よ。俺は人間でもあるが、魔族でもあるんだよ! 差し詰め魔勇者とでも言ったところだ」
「な、何だと?」
時を越えし者は一瞬怯み後退する。
「逃げても無駄だ! 喰らえ……真・天地烈波斬――っ!」
大地を揺るがす程の巨大な力が、時を越えし者に襲い掛かる。
「こんなもの、こんなもの……」
時を越えし者はズタズタに引き裂かれ、床に這いつくばった。
――見事なオーバーキルだ。さすがに時を越えし者とは言えど、二度と立ち上がれまい。
しかし……
「ぐぉぉぉ、我は死なんぞぉ!」
骨を剥き出しにし、臓物をさらけ出し、地獄の底から奴は蘇った。いや、既に死んだのは間違いない。執念がここに止めているのであろう。
「何だと? ならば、再び地獄へ突き落とすのみ!」
アレイスは再び、真・天地烈波斬を放った。しかし、時を越えし者は、まともに喰らったのにも拘わらず、ダメージを受けない。
「もう我にそんな技は効かぬ。地獄へ道連れにしてやる」
時を越えし者は深く息を吸い込み、全てを焼き付くす炎を吐いた。
ミネルヴァは最後の力を振り絞り氷の壁を作り出し防ぐも、目の前にいたアレイスは炎の直撃を喰らった。
「うぐっ……」
焼けただれた身体を庇いながら、アレイスは尚も身構える。恐らく、王者のマントがなかったら、死んでいただろう。
「しぶとい奴め。まだ生きているとは!」
「俺は……負けない……どんなことがあろうとも……」
言ってはみたものの、今のアレイスに勝算はなかった。
「残像魔斬鉄に賭けるしかないか……」
アレイスは全ての運命を残像魔残鉄に賭けようとしていた。
――己の命と引き替えに。
――この世で最も危険な賭けだ。
「これが、正真正銘……最後だ」
アレイスがそう叫んだ時だった。
――待て、待つんだ。アレイス殿。
「その声は、ガーム? 生きていたのか?」
――残念ながら、生きてはいない。魂のみだ。私に考えがある。私が奴に乗り移り、奴を実体化させる。そこへアレイス殿の技をぶちこむのだ。
「そんなことしたら、貴様の魂は二度と成仏出来ないのではないか?」
――構わん……私の力で世界が救えるなら、本望だ。やってくれるな? アレイス殿。
「…………」
アレイスは今、究極の選択を迫られていた。
――早く、頼む。
ガームはアレイスの返事を待たずして、時を越えし者に乗り移る。時を越えし者は自分を制御出来ず、もがき苦しみ始めた。
――アレイス殿!
「…………」
――アレイス殿っ! どうか……どうか……せめてもの償いを。
時を越えし者の背後に、ガームの幻影が滲み出る。
そして、アレイスはある決断をし、ようやく口を開いた。
「わかった……ガーム。貴様の心意気……無駄にはしない。ならば見せよう。残像魔斬鉄を……」
念じるように、剣を構える。
この一撃に運命が、世界の平和がかかっているのだ。
――ずっしりと、のし掛かる重圧。
それをはね除けるかのように、アレイスは魅せた。
――残像魔残鉄を。
時を越えし者は最期の叫びをあげると、煙のように消え失せた。
――アレイス殿……そなたとは……また、剣を交えたかった……。
ガームの声もまた虚しく響き渡り、幻影は消えていった。
――全てが終わったのだ。
「アレイスよ、よくやった」
魔王ではなく、そこには父の顔をしたイシュケルの姿があった。
「やりましたね……」
ミネルヴァは何処となく悲しげな表情を見せる。それもそのはず、戦いに終止符が打たれるということは、別れを意味していたからである。
アレイスはその姿がいたたまれなくなり、ミネルヴァをそっと抱き締めた。
「睦月に悪いですよ……」
確かに睦月には悪いと思ったアレイスだが、二度と会えなくなるかも知れないミネルヴァを放ってはおけなかった。
「ミネルヴァ……目を閉じて……」
「えっ? な、何?」
アレイスはミネルヴァの返事を待つことなく、唇を重ねた。
――本当は悔しいけど……今回は見逃してあげる……。
実は意識を取り戻していた睦月だったが、まだ意識を失っていたフリをしていた。元来焼きもちやきの睦月だったが、アレイスの優しさを考慮したのだ。
「さぁ、元の世界に戻るぞ」
イシュケルがそう言うと、初めて睦月は目を開けた。
全身にかなりの傷を負っていた為、睦月はアレイスの背中に身を委ねた。
「行ってしまうのですね」
「あぁ……母上達が待っている。ミネルヴァも元気でな」
ミネルヴァは涙を見せず、精一杯の笑顔を努めた。
「ミネルヴァ、元気でね」
「睦月も……さぁ、皆さん。本当にお別れですね……皆さんと出会えて幸せでした」
ミネルヴァはそう言うと、氷の鏡を作り出した。
「さようなら……」
イシュケルが氷の鏡に飛び込み、睦月が飛び込み……
そして……
「ミネルヴァ……ありがとう」
アレイスはさようならを言わず、感謝の言葉を述べ飛び込んだ。
かくして、過去の世界に光が戻り、再び平和が訪れた……かのように思えた。
一方イシュケル魔城では、着々とマデュラが力をつけ始めていたのは言うまでもない。
マデュラはこの日を境に、魔族繁栄へと導くのであった。
そして、時を越えし者の魂は浄化されることなくさまよい、後のジュラリスに変貌を遂げるのである。
しかし心配はいらない――何故なら遠い未来で、イシュケルの手によって滅ぼされるのであるから。
◇◇◇◇◇◇
懐かしい顔がアレイス達を出迎える。
「お帰り、アレイス」
「ただいま、母上」
アレイスは無邪気に笑った。
「イシュケル様、ご無事で」
「カイザーよ、心配掛けたな」
イシュケルもまた魔王の顔へと戻る。
「睦月!」
「睦月っ!」
アレイスの背中で微笑む睦月に、ウッディと暁が駆け寄る。
「パパ、ママ! ただいま」
「睦月、よくやったな。そうだ、シルキーベールの街が復活したそうだ。お前達の活躍のお陰だな」
「ウッディさん、それは本当かい?」
「あぁ。間違いないない」
「今度皆で、シルキーベールの街に行くぞ」
イシュケルは皆の思いを代弁するかのように言った。
「はい」
アレイスはそれに対し、元気に返事をする。
あれほどの戦いをしてきたわけだが、こちらの世界では数日の時間しか過ぎていなかった。
◇◇◇◇◇◇
――一方ミネルヴァサイド。
アレイスを見送ったミネルヴァは、一人黄昏ていた。
世界が平和になり、光は取り戻したものの心には大きな穴が空いていた。
それを助長するかのように、アレイスとの口付けの感触が孤独感を揺さぶる。
「アレイス……ただ、会いたいです……」
時代を越えた二人は、決して結ばれない運命。
それにアレイスには、睦月という存在がいる。わかってはいても、その頬に涙が伝っていった。
生涯忘れることのない片思いは、ミネルヴァを大人にした。
「アレイス……貴方に会えないけれど、私に出来ることをしようと思います。だから、忘れないで欲しい……私が存在していたということを」
ミネルヴァは生まれ育ったシルキーベールに赴いた。そして、育ての親の墓前に手を合わす。
「お父さん、お母さん、私……この街を守って行きます」
小さな花とマナの指輪を捧げると、ミネルヴァは二度と泣かないことを誓った。
それからミネルヴァは、来る日も来る日も花を植え続けた。
人々が戻って来れるように、シルキーベールが滅びないように、そして……後の世のアレイスに届くように――。
祈りを込めた花々は凛と咲き乱れ、噂を聞き付けた人々が一人二人と街に戻ってきた。
やがて、シルキーベールは花の都と呼ばれるようになり、かつての活気が戻った。
「お父さん、お母さん、マナ。いや、母さん……そして、アレイス、私はここに居ます」
ミネルヴァは何処までも広がる空を見上げながら、そう言い添えた。
そして、その願いは後の世にも受け継がれ、滅んだはずのシルキーベールの歴史は書き換えられた。
ミネルヴァは生涯独身を貫き、アレイスへの想いを花に託した。
人々はミネルヴァの髪のように赤く咲き乱れた花を“ミネルヴァ”という名前を付け讃えたという。
――アレイス……私が唯一、好きになった人。
シルキーベールの街は、ミネルヴァと名付けられた花と共に今日も賑わう。
ミネルヴァの想いを伝えるかのように……。
◇◇◇◇◇◇
――一方アレイスサイド。
時を越えし者を倒したアレイス達は、再び平和な時を過ごしていた。
アレイスは睦月に想いを伝え、睦月はそれに答え、将来を誓い合い、人間界と魔界の絆はより一層深まった。
人間と魔族、そして魔物達は手を取り合い、これから先の歴史に争いは起きぬであろう。
ある日、イシュケル魔城に見慣れた顔達が集った。
それは兼ねてから予定していた、シルキーベールの街に赴く計画をしていたからだ。
「そろそろ、出発するぞ!」
イシュケルの合図とともに、用意された馬車に乗り込む。
馬車と言っても馬車を引く役目はユニコーンで、人間界と魔界を行き来出来る特殊な車両だ。
きらびやかな装飾を施した馬車は、一行を乗せシルキーベールの街を目指した。
シルキーベールに向かう途中、アレイスはあることを口にした。
「ミネルヴァが、シルキーベールを再建させたのだろうか?」
そう言うと、睦月が直ぐ様こう返す。
「ミネルヴァにとって、シルキーベールは神聖な場所。兎に角、行ってみればわかるんじゃない」
と、返した。
確かに睦月の言う通りだ。行ってみれば、何らかの手掛かりが残っているはずだ。アレイスはそう思った。
程なくして馬車はシルキーベールの街に到着した。
するとどうだろう? 一面赤い花が咲き乱れ、強固な壁に街は囲まれ、立派な都市へと発展していたのだ。
「これは……」
アレイスは思わず目を疑った。廃墟寸前だった街が、これほどまでに華やいでいたのだから。
街の住人達は活気に溢れ、人生を謳歌しているようにも思えた。
そしてアレイス達は、一人の老人と出会った。この街の長老である。
「よくおいでなすった。ここは、シルキーベールの街ですじゃ。見事じゃろう? この花……。“ミネルヴァ”と言う品種じゃ。ささ、ついて来なされ」
長老は一方的に話し終えると、街の外れの墓地に案内した。
そこには見覚えがあった。ミネルヴァの育ての親が眠る墓地だ。
長老は一際大きい石碑に向かって言う。
「この石碑は、この街を救ったミネルヴァ様を讃えて建てられたものじゃ。そう、花の名前の主じゃな……」
長老はその石碑に手を当て、更に続ける。
「ワシらは代々この石碑を守って来た。そして、ミネルヴァ様からの伝言を胸に生きて来た。“魔王達一行が現れたら伝えてください”と。ワシはひと目で、お主達がミネルヴァ様の仰ってた魔王達一行だと思ったのだが、どうじゃ?」
「間違いない……我々が該当する人物だ」
イシュケルは長老にそう答えた。
「やはりな。ならば伝えよう――長きに渡り、ミネルヴァ様が伝えたかった言葉を……」
長老は天を仰ぎ、深呼吸した後言った。
「ありがとう」
それはたった一言だったが、何より重い感謝の言葉だった。
再びアレイスとイシュケルは思う。二度と争いは起こしてならないと。
終わり――
読んで頂きありがとうございました。
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