全ての始まり
ガルラ牢獄内部は白を基調とした清潔な印象を受け、風化して基礎部分だけを残した元の世界の物とは雲泥の差だ。
脱け殻になった牢獄の奥に殺気を感じ、歩みよる。
――そう、ジュラリスがいた場所だ。
「グォォォ――っ!」
牢獄内に、呻き声が響き渡る。
「まさかとは思うが……何が待っているかわからん。武器を用意しておけ。行くぞ!」
イシュケルは嫌な予感を感じながら、アレイス達に注意を呼び掛ける。
突き当たりにある扉の向こう側から、聞こえる呻き声。恐らく、その声の主がいるのであろう。
アレイスは気を取り直し、扉を開けた。するとそこには、巨体を震わせるドラゴンがいた。
――黒光りした鱗に、鋭い牙。更には、アレイス達の背丈ほどある大きな爪。
アレイス達はかつてない死闘を感じた。
「グォォォ! 貴様らだな? 我の壮大な計画を邪魔する者は……」
「計画? 何のことだ!」
アレイスは身を乗り出し、そのドラゴンに言った。
「とぼけても無駄だ……お前達、この世界の者ではなかろう?」
「それがどうしたと言うのだ」
「困るのだ。ここまで来て、計画を邪魔されるのは。我は時を越えし者。この世界を闇で覆い被せ、破壊の歴史に変えるのが我の夢。貴様らはそれをことごとく修正してきた。よって、ここで貴様らを裁く。良いな……さぁ、我の腕の中で息絶えるがいい……」
時を越えし者は身体を捩らせ爪を掲げた。
「成る程……。貴様が悪の元凶か。アレイス、こいつに遠慮はいらん。全力で行くぞ!」
この世界を賭けた、かつてない死闘が繰り広げられようとしていた。
先手を取ったのはアレイスだ。地面を滑るように駆け出し、剣を豪快に振り抜く。
対する時を越えし者は、重力を巧みに操りアレイスを床に叩きつけた。防御が遅れたアレイスは受け身を取るが、全身に手痛いダメージを受けた。
次に駆け出しのはイシュケルだ。イシュケルは刀を短めに持ち、その足元を斬りつけた。しかし、強固な鱗に阻まれ手応えはない。
「何て硬さだ……」
そのイシュケル目掛け、時を越えし者は右手を降り下ろす。鋭い爪が、左肩から下腹部へとダメージを与えた。
――睦月も駆け出す。
プラチナソードに炎の魔法を掛け、時を越えし者の腕をかっさばいた。だが、炎の耐性がありダメージは今一つ。
「炎を耐性があるなんて……」
時を越えし者は後退する睦月と、援護に入ろうとしたミネルヴァをギロリと睨み、全身を震わせ灼熱の炎を撒き散らす。
睦月はプラチナシールドで防ぐも、軽度の火傷を負った。
ミネルヴァは氷の壁を作り、灼熱の炎を防ぎつつ時を越えし者に反撃する。
風と融合した魔風水は氷の塊となり、時を越えし者の動きを一瞬止める程のダメージを与えた。
アレイスは次の攻撃に移る為、剣を身構えていた。
イシュケルは時を越えし者の弱点を探るべく、一旦後方に引いた。
睦月はプラチナソードに掛かった魔法を解除し、再び身構える。
ミネルヴァは引き続き氷の魔風水を放つ為、間合いを取り精神を統一する。
「くっ……思ったよりやるな」
アレイスは言った。
「我に勝てるとでも思ったか?」
時を越えし者は不気味な笑みを浮かべる。
「能書きを述べるのも、今のうちだぞ」
「その通りですわ」
「アレイスがいれば、負けないよ」
イシュケル達は時を越えし者のファーストアタックを浴び、全てはアレイスに掛かっていると感じそう述べた。
こうして、死闘の幕は切って落とされた。魔界はいつになく静かで、何かが始まり何かが終わる予感を彷彿させていた。
「戦いは始まったばかりだ。皆、臆することはない。個々の力を発揮すればいい」
アレイスの言葉に皆は賛同する。
アレイスは天地壮烈斬の構えを見せる。この技が何処まで通用するかがこの戦闘の要になると思い、天地烈波斬じゃなく天地壮烈斬を選んだのだ。
「喰らえ、天地壮烈斬!」
時を越えし者は身を屈めるも、天地壮烈斬の餌食になった。まずまずの手応えである。
更に援護するかのように、睦月とイシュケルが駆け付ける。
睦月は床を一気に蹴り上げ、時を越えし者の尻尾に狙いを定める。
アレイスに気を取られていた時を越えし者は、それをまともに受けた。
一方のイシュケルは、危険を省みず懐に飛び込み魔斬鉄を放つ。全てを引き裂くことは出来なかったが、その鱗からは鮮血が流れた。
これに激怒した時を越えし者は、イシュケルを掴み上げ床に叩きつけた。
辛うじて受け身をとるも、腰への負担は否定できない。
ミネルヴァはより強力な魔風水を放つ為、精神統一を図る。赤いオーラは一段と濃いものになり、増幅されていく。
「全てを凍てつくせ――っ!」
強靭な氷の刃は、何度も時を越えし者に襲い掛かる。
「グォォォ――っ!」
時を越えし者は咆哮を上げミネルヴァに、唾液を晒しながら牙を向ける。
一瞬出来た隙にどうすることも出来ず、ミネルヴァは胸に深い傷を負った。
「皆、大丈夫か? こいつは今までの敵とは違うようだ。これほどダメージを与えてもピンピンしてる」
想像を絶する時を越えし者の体力と力に、一行は唖然としていた。
「くだらん戦いだ。我の力はこんな物ではない」
更に時を越えし者は、攻撃を続ける。両腕を高々と挙げ、アレイス達を見下ろす。
「逃げるんだ!」
アレイスは時を越えし者の前に立ちはだかり、剣を身構えた。左右から襲い掛かる爪は、アレイスの上半身を引き裂いていく。
「この野郎――っ!」
溢れ出る血を拭いながら、後退する時を越えし者にカウンターを与える。
的確に急所を捉えた筈だが、倒れることはない。
「まだ駄目だ……やはり、この程度でこいつは倒せない……」
アレイスは、傷口を押さえながら言った。




