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魔王が育てた勇者が牙を剥く  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第七章 更なる力は限界を越えて
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哀しみの戦果

 朱雀は悲しい目をしながら言う。


「あなたには、私を倒さなくてはいけない理由があります。こんな母を許してください……」


「そ、そんな……あんまりです。せっかく会えた本当の母さんと戦わなくてはいけないなんて……」


「ミネルヴァ……こんな私でも、母さんと呼んでくれるのね……もっと早く、あなたを探すことが出来たのなら……いいえ、こうなってしまったのも私の弱さです。全力で来なさい!」


 朱雀はそう言うと、纏っていたバリアを自ら開放した。

 紅蓮にはためく翼は血よりも赤く、くちばしはマグマの如く飽和していた。


「母さん……戦うことでしか、わかり合えないのですね……わかりました……」


「ミネルヴァ、正気か? 仮にも実の母親じゃないか? 俺だってマナには世話になった。このまま指を加えて見てる訳にはいかない……」


 身を乗り出すアレイスをイシュケルは止めた。


「アレイスよ……ミネルヴァとて我々と同じ気持ちだ。ここは任せよう……」


「くっ……」


 イシュケルに取り押さえられ、アレイスは後方に下がった。


「さぁ、来るのです」


 ミネルヴァはこれまでの思いを両手に宿し、凍てつくほどの冷気をかき集めた。


「そう、それでいいのです……」


 徐々に増幅して行くミネルヴァの魔風水。“悪い夢なら覚めて”と祈りながら、ミネルヴァは解き放つタイミングをワンテンポ遅らせた。 だが、やはりこれは紛れもない現実であった。


「さぁ、何をしてるのです」


 朱雀に攻撃の意志がないように思える。まるで、我が子に倒されるのを待っているかのようにも見えた。

 それを知ってか知らずかミネルヴァは更に魔力を高め、遂には想像を絶するまでの巨大な氷の塊を作り上げた。

 バリアを開放した火属性の朱雀が、これを喰らえばひとたまりもないだろう。


「母さん……お望み通り、あなたを倒します。これが――今私の持てるだけの力です」


 ミネルヴァはフッと肩の力を抜き、その氷の塊を朱雀に投げ付けた。

氷の塊の後には、キラキラとダイアモンドダストが広がった。

 氷の塊はますます巨大化し、朱雀に飛び込む。

 朱雀は全てを受け止めるが如く、翼を広げる。


「マナ――っ! 逃げるんだ!」


 朱雀はアレイスの言葉を聞くことなく、優しく微笑んだ。


「さようなら……ミネルヴァ。こんな母さんを許して……最後に一言だけ言わせて……私は誰より、あなたを愛していた……」


 氷の塊は非情にも朱雀を包み込み、紅蓮に染まった身体を凍てつかせていった。


「母さん……母さん――っ!」


 ミネルヴァの悲痛な叫びは届かず、朱雀は溶けていった。



――ミネルヴァ……私はあなたをずっと見守っていますよ。どうか、自分を責めないで下さい。



 何処からともなくマナの声がすると、溶け落ちた場所に小さな雪の結晶が残った。


「母さん……私もあなたを愛しています」


 ミネルヴァの拾い上げた雪の結晶は手のひらで溶け、やがて蒸発して消えた。


――全てが終わったのだ。


 そして――静まり返る異界に佇む宮殿の扉が、怪しく光る。


「宮殿の扉が光っている……」


 アレイスがその扉に触れると、物々しく開いた。まるで、アレイス達を導くかのように。


「これは……」


 宮殿にいざなわれ、アレイス達は中へと足を踏み入れた。

 すると、扉はひとりでに閉まった。


「くそ……閉じ込められたか……」


 あらゆる手を尽くすも、扉は開くことはなかった。やむを得ず、アレイス達は宮殿の奥へと進む。

 進んだその先には、邪悪な影が三体待ち構えていた。


 邪悪な影の正体が燭台の火に照らされ、明らかになって行く。


 一人は黒い甲冑を纏い、大剣を持つ男。


 一人は黒いローブにトンガリ帽子を被った魔術師。肩まである金髪の髪が見えるが、帽子を深く被っている為、性別の判断はつきにくい。


 そして最後の一人は禍々しい黒い仮面を被り、黒装束を纏っている。

 魔術師と同じく、性別の判断は出来ない。異国で言う忍者的な風貌だ。


 お互い存在に気付くが、間合いを取りまだ言葉は交わさない。

 邪悪な気配はあるが、アレイス達は相手の出方を伺っていた。

 やがて、黒い甲冑を纏った男が口を開く。


「ここまで来たということは、騎馬四天王を倒したということか?」


 直ぐ様アレイスは言葉を返す。


「だったらどうだと言うのだ? それより貴様らは何者だ?」


 挑発とも取れる強い口調でアレイスがそう言うと、再び黒い甲冑の男がそれに答える。


「これは、これは、失礼した。我々は、“黒き三人衆”――異界と魔界を守る言わば門番だ。そして、私は一番隊長“ガーム”だ」


「同じく“キンティ”。宜しくね」


 ガームに続きトンガリ帽子が言う。

その声から、女性だと言うことがわかる。


「そして、こいつは“シュマ”だ」


「…………」


 ガームがそう言うも、シュマは言葉を発しない。


「すまない……こいつは声を失っているのだ」


 シュマは丁寧にお辞儀だけをした。


 邪悪な気配がする割には、ちゃんとした受け答えに好印象を持てる。

 そして、アレイス達も名を名乗った。


「ところで、ここから出たいのだが、扉が開かなくて困っている。何か手立てはないか?」


 アレイスがそう切り出すと、キンティが答えた。


「それは無理だよ。ここに来たら、この先に進むしかないんだもの」


「そうなのか? では父上、先に進みましょう」


「うむ。黒き三人衆とやら、世話になったな」


「待て!」


 ガームがイシュケルに大剣を突き付ける。


「何の真似だ?」


「誰が通っていいと言った? 我らを倒さぬ限り先には進めぬ。それが掟だ……」


 それはどちらか一方が、ここに屍を晒すことを示唆していた。


「俺達に勝てると思っているのか?」


「大した自信だな? たかが騎馬四天王ごときを倒したくらいで、いい気になるなよ」


 ガームは先ほどとは打って代わり、冷たい表情を見せる。


「仕方あるまい……」


 イシュケルは鞘から刀を抜いた。


「やる気になったね? どのくらい強いか楽しみ~」


「ちょっとキンティ。あたし達本当に強いけど……。無駄な戦いはしたくないの……だからお願い、そこをどいて」


 睦月はキンティを気遣い、そう言った。


「キンティ、お前も舐められたもんだな。フハハハ」


「ちょっとガーム。酷くない? あたい、完全にあったま来た!」


「キンティ、そう熱くなるな。アレイス殿、そう言うことだ。悪く思うなよ。キンティ、シュマ行くぞ!」


「オッケー」


「…………」


 黒き三人衆は身構えた。


「父上、やるしかないみたいですね。皆、行くぞ!」


 アレイス達も陣形を取り身構えた。

だが、ただ一人ミネルヴァは項垂れ、憂いを隠せずポツリと言った。


「もう誰も死んで欲しくないのです……」


 明らかにミネルヴァは戦意を失っていた。確かにそうだろう。やっと巡り会えた本当の母親を、自らの手で亡き者にしたのだから……。

 アレイス達は、ミネルヴァの気持ちが痛いほどわかっていた。

 今まで一緒に旅をしてきて、幾多の困難を乗り越えて来たが、今回ばかりは精神的なダメージが大きいと痛感していたのだ。

 そんなミネルヴァに、アレイスは声を掛ける。


「何の為にここまで来たんだ。育ててくれた両親の為にも、マナの為にも戦うんだ」


「いやぁ……」


「甘ったれるな!」


 アレイスはミネルヴァの頬に平手打ちを喰らわした。ミネルヴァは髪を乱しながら床にへばりついた。


「……争いは何も生まない。ねぇ、教えてください。私達のやっていることは正しいのでしょうか? ……わかってる……わかってるけど、答えが出せないのです」


「ミネルヴァ……誰だって争いはしたくないものよ。でも、平和を取り戻すにはこれしかないの。強くなって……」


「睦月……」


 ミネルヴァは睦月に諭され、再び立ち上がった。


「立派だ……」


 ガームはその姿を見て拍手を送った。

 そして、更にガームは言った。


「だが、戦いとは非情なものだ。その甘い考えが命を落とす原因になりかねない。私情は捨てるんだな! さぁ、今度こそ行くぞ! 剣を取れ!」


 ガーム達は一斉に襲い掛かって来た。


 まずは小手調べと言わんばかりに、ガームとアレイスが剣を交える。

イシュケルはシュマと、睦月とミネルヴァは、キンティと組み合った。


 いち早く猛攻になったのは、イシュケルとシュマだ。

 シュマの得意武器は、鎖鎌と手裏剣だ。懐から取り出す手裏剣は、丁寧に研磨され妖艶な輝きを伴う。


「飛び道具か……よかろう……」


「…………」


 表情も呼吸さえもわからぬシュマは、両手に手裏剣を構えイシュケルに放つ。


「容易い……」


 体勢を屈め手裏剣を避ける。


――しかし……。


 シュマの手元に戻るかのように手裏剣は引き返しながら、イシュケルの両腕を引き裂いた。


「ぐはっ……」


「…………」


 シュマは禍々しい仮面を気にしながら、手裏剣を手に収めた。


「成る程……。雑魚ではないようだな……ならば、今度はこちらから行かせてもらう!」


 イシュケルは瞬時にスピードタイプにチェンジし、横一線に刀を振り抜く。シュマも鎖鎌を構え応戦する。

 シュマの鎖鎌は攻撃範囲が狭く、イシュケルの刀との相性は悪い。

 最大限に素早さを生かし刀を振り抜くイシュケルに、シュマは懸命に食らい付いていった。


「…………」


 シュマは一瞬の隙を見て間合いを取る。そうさせまいと、イシュケルは詰め寄る。

 しかし、スピードはシュマに軍配があるようだ。シュマは懐から煙玉を出し床に叩き付けた。煙玉から発する灰色の煙が、視界を悪くする。


「チッ、姑息な手を……」


 イシュケルは自らの視力を諦め、目を瞑った。


――心の目で感じるのだ……。


 刀を構えたまま辺りを伺う。


「そこか――っ!」


 イシュケルの刀は、見事シュマの心臓を捉えていた。しかし、手応えはない。手応えはないが、シュマは床に倒れ込んだ。


「…………」


 シュマは最後の力を振り絞り、禍々しい仮面に手を掛けた。外された仮面の奥は肉体が存在せず、がらんどうだった。


「シュマ――っ! 何と言うことを……」


「…………」


 シュマにガームが駆け寄るが、それは事切れた後だった。


「シュマはあの仮面がないと生きられなかったのだ……」


「ガーム……では何故、自ら?」


「イシュケル殿、恐らく自らの敗北を認め自害したのであろう……」


「なんだと……」


 イシュケルは敵ながら感服した。言葉を交わすことは出来なかったが、ここにいくさを重んじる、一人の戦士の姿をを見た。


「ガーム、余所見をするな!」


 アレイスは仲間を敬うガームに斬り付けた。


「戦いとは非情なんだろう? さぁ、行くぞ!」


「そうであったな……私としたことが失礼した。行くぞ! アレイス殿」


 横目でイシュケル達の戦いを見ていたアレイスも、本当は同情したかった。だが、これは命を掛けた戦い……今のアレイスに、手を休めるという選択肢は存在しなかった。



 一方、睦月達は二対一ということもあり、キンティを劣勢に追い込んでいた。

 ここでイシュケルが助太刀に入れば、勝負は簡単に片がついたであろう。しかし、イシュケルはただ戦況を見守った。

 相手が紳士的態度を取る以上、卑劣な手は使いたくなかったのだ。それが、イシュケルなりの礼儀でもあった。


「ミネルヴァ、一気にやらないと駄目みたいね」


「わかってます」


「ちょ、ちょっとタイム~。二人がかりでズルいよ。一人ずつ、あたいにかかって来てよ」


「どうするミネルヴァ?」


「キンティの意見も一理ありますね」


「さすが、ミネルヴァちゃ~ん。最初に死んでもらうのは、ミネルヴァちゃんにき~めた」


 キンティはトンガリ帽子を揺らしながら、氷の魔法を詠唱する。

 ミネルヴァも負けじと氷の魔風水を放つ準備に取り掛かる。


「いっくよ~。逃げた方が、負けだよ」


「私、負けません……」


 巨大な氷と氷の塊が犇めき合う。

 宮殿内が、一気に冷え込む――。吐く息は白く、体感的には氷点下を下回っているだろう。

 氷の塊は削り合い、徐々に小さくなっていく。

 二人共、慌て魔力を追加する。


「こぉの~」


「負けません~」


 押し潰されそうになるほど、氷の塊が再び巨大化していく。こうなれば、気を抜いた方が負けだ。


 双方の氷の塊は激しい音を立て崩れ落ちた。


――一気に氷の塊が拡散する。


 細かく散った氷は、煙のように辺りに立ち込める。

 睦月はどちらが立ち上がるのか、固唾を飲んで見守った。


「ミネルヴァ……立ち上がって……」


 煙のように舞い散った氷が全て床に溶け落ち、視界を確認出来るまでになった。そこには、一人の影が見える。


「ミネル……ヴァ?」


 睦月は願いを込めその名を呼んだ。


「ふぅ……私、やりました」


 睦月の願いは叶い、そこにはミネルヴァが立っていた。

 ミネルヴァの無事を確認すると、睦月はキンティのもとへ駆け寄った。


「キンティ……生まれ変わったら、味方でありたい……」


 睦月は冷たくなったキンティを抱き寄せ、死力を尽くしたことを労った。



 そしていよいよ残る黒き三人衆はガーム一人になり、運命はアレイスに委ねられた。

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