回避できぬ悲劇
天馬を失った白虎は、イシュケルより素早さが劣っていた。何より、大振りの攻撃が大きな隙を作っていたのだ。
激しい打ち合いの末、鍔迫り合いにもつれ込む。素早さが劣る白虎だが、力はイシュケルより上手だった。
両手が痺れる程の強さが、イシュケルを徐々に追い込んだ。
「うぉぉぉぉ!」
イシュケルは力を解放し、バーストタイプにチェンジした。押されかけていた体勢を取り戻すかのように、押し返す。
「死ね――っ! 魔斬鉄――っ!」
下半身に体重が十分に乗りきらないも、イシュケルは魔斬鉄を放った。
白虎は身体を仰け反らせ回避するも、右腕に魔斬鉄を喰らった。右腕からは骨が見えるほど肉が抉れて見える。
「ぐぉぉぉ……」
白虎は右腕を抑えながら、のたうち回った。
「ちっ、外したか……運のいい奴め!」
「ぐぉぉぉ……」
のたうち回っていた白虎が目を見開く。
「……何てな? 恐ろしい技だ。まともに喰らってたら、まずかったな……」
白虎はそう言った後、静かに瞑想した。すると、傷は何事もなかったかのように塞がっていった。
「な、何だと?」
イシュケルは、追い討ちをかけようとしたが攻撃をやめた。
不完全な魔斬鉄だったとは言え、あれほどの傷を一瞬で回復してしまう白虎を見て、戦意を失ってしまったのだ。そう、それはある意味、死を予感させることでもあった。
「私の負けだ……」
かの大魔王ジュラリスを倒した百戦錬磨のイシュケルも、いよいよ風前の灯かと思われたその時、白虎は言い放った。
「許すはずなかろう?」
二人の間に、木枯らしが吹き抜ける。
「と、言いたいところだが、我は優しい……」
――どうだ? 我の元で働いてはみぬか?
白虎の目は蒼白い光を放った。思わず凝視してしまったイシュケルは、自分の意思とは裏腹に白虎に賛同してしまった。
「それでよい……今からお前は、我の部下だ。精進せよ」
「有り難きお言葉、このイシュケル、白虎様の為に働く次第です」
「うむ、いい返事だ。時に、イシュケルよ。青龍を倒した奴は何処にいる?」
「恐らくまだ、アルタイトにいるかと……」
「アルタイトか……そう遠くないな……。よし、挨拶がてらそいつらを倒しに行くぞ」
「承知!」
心の奥底でイシュケルは抵抗を続けていたが、白虎の洗脳する術はあまりに強く、言われるがままするしか方法がなかった。
◇◇◇◇◇◇
――一方、アレイスサイド。
アレイスと睦月のケンカにミネルヴァは振り回されていた。
「二人共、いい加減にして下さい」
アレイスと睦月はお互いの背中を向け、険悪なムードになっていた。
「アレイス……睦月……もう……知らない」
ミネルヴァはしゃがみ込み、泣き始めてしまった。さすがにアレイスは放ってはおけず、ミネルヴァに駆け寄った。
「ミネルヴァ……すまない」
「私にじゃなく、睦月に謝って下さい」
「ミネルヴァいいの! こんな薄情者!」
「睦月も許してあげてくださいよ」
「い~や~だ」
「そんなこと言っていいんですか? それじゃ、私……アレイスを狙っちゃおうかしら~」
ミネルヴァはチラリと睦月を見ながら言ってみた。
「駄目に決まってんじゃん」
睦月は急に真顔になり、ミネルヴァに食って掛かった。冗談混じりにミネルヴァは言ったが、アレイスに想いを馳せているのは事実だった。
「二人共……静かにするんだ。イヤな予感がする……」
「まさか、騎馬四天王?」
「睦月、そのまさかだ」
アルタイトの遥か彼方に、邪悪なオーラを放つ二人が見える。
暗闇の中、徐々にその二人の姿が明らかになってきた。
「父上――っ!」
「待って、アレイス! イシュケルの様子がおかしいわ」
イシュケルを確認したアレイスに、睦月が待ったをかける。
「アレイス、やはりここにいたか」
白い毛並みを揺らした虎の横でイシュケルが言う。しかし、その虎はどう見ても味方とは思えない風貌だ。
「父上、その方は?」
イシュケルはいきなり刀をアレイスに向け言った。
「アレイスよ、剣を抜け!」
洗脳されたイシュケルは、蒼白く染まった目を光らせた。
「面白くなってきたな……やれ、イシュケルよ!」
白い毛並みの虎は、アレイス達に名乗ることなくイシュケルから一歩引いた。
「さぁ、剣を抜け!」
アレイスの喉元――五センチの所までイシュケルの刀が迫る。
アレイスはただただイシュケルを睨み付け、歯を食い縛った。
「父上……」
――アレイス……許せ。
イシュケルは心の奥底でそう思っていたが、自分をコントロール出来ず苦しんでいた。
「さぁ、剣を抜け!」
いつの間にか、イシュケルの目からは涙が溢れていた。
「聞こえぬのか! 剣を抜けと言っている……」
白虎はその光景を見て、不気味な笑みを浮かべる。
「出来ません……父上に剣を向けるなんて……」
アレイスもまた、涙が頬を伝う。
「ならば、死を選べ!」
イシュケルは刀を振り上げ、アレイスの首筋に狙いを定める。
「やめて――っ!」
睦月が二人の間に割ってはいる。
「睦月よ、退け! 退かねば貴様も殺す!」
「いいえ、退きません」
「睦月……俺は大丈夫だ。父上にも何か理由があってのこと……。この勝負、受けて立ちます」
アレイスは意を決し剣を構えた。
「それでこそ我が息子だ。手加減は要らぬぞ」
「睦月、心配するな。下がっていろ!」
アレイスは一旦間合いを取り、様子を伺った。
イシュケルも同じように間合いを取り体勢を整える。
そして、かつてない死闘は始まった。
「はぁぁ――っ!」
先手を取ったのは、勿論アレイスだ。コンパクトに構えた剣に隙はない。
アレイスの連打する剣と、それを受け止めるイシュケルの刀の金属音が鳴り響く。
イシュケルは反撃のチャンスを伺うが、徐々にアレイスに押されていった。
「アレイスよ、さすがだな。だか、簡単にはやられはせんぞ!」
追い込まれたイシュケルはバーストタイプにチェンジし、アレイスを押し返す。 すると、負けじとアレイスもバーストタイプにチェンジする。どう考えても、イシュケルの方が不利なのは明らかだった。
「父上……俺は貴方に勝つ!」
「笑止! 息子に負けるほど落ちぶれてはおらん……」
イシュケルは魔斬鉄の構えを見せる。瞬時にアレイスはそれを悟り、迎撃態勢を取る。
「喰らえ、魔斬鉄――っ!」
完璧と言っていいほど絶妙のタイミングで、魔斬鉄は放たれた。
「面白い戦いだったが、これで終わったな……」
後方で佇む白虎は、戦いに終止符を打たれることを感じた。
周囲にある全ての物を巻き込むくらいの凄まじい勢いで、イシュケルはアレイスの懐に飛び込む。
「残像魔斬鉄……」
それに対抗するかの如く、無防備な体勢からアレイスは迎え撃つ。
――肉を切り裂く生々しい音。
「ぐはっ……」
痛手を負ったのはアレイスだった。
左腕から吹き出す気高い血。
しかし、数秒遅れてイシュケルが頭から地面に倒れ込む。地面から沸き出るように溢れる血の泉。
「み、見事だ……」
イシュケルは全身から血を吹き出し、そのまま意識を失った。
「睦月、ミネルヴァ! 早急に父上の怪我の手当てを」
アレイスは正確に急所を外し、イシュケルを瀕死に追い込んだ。通常では考えられない神業だ。
「そうは、させんぞ! 我の楽しみを奪わせはせん! 今度はこの白虎が相手だ。覚悟はいいな! その腸かっ捌いてやるわ……」
イシュケルを介抱しようとしたその時に、遂に白虎が重い腰を上げた。
「貴様が父上を……許さない……許さないぞ」
アレイスは剣を翳しながら白虎に向かい突進した。
「騎馬四天王を舐めるな! 貴様如きに我は倒せん。青龍とはわけが違うぞ!」
剣と長刀が交差する。白虎の渾身の一撃が、王者のマントを掠める。
「虎野郎――っ! どうやら、口だけではないみたいだな」
「強がりを……」
「俺も少し本気を出さないと失礼のようだな。剣士として、最高の最期を与えてやるぜ! 喰らえ――っ! 天地烈波斬――っ!」
何処からともなく地響きが聞こえ、大地が震える。立っているのも困難なくらいの、地震が発生した。
「はぁぁぁ」
アレイスは気合いを最大限まで溜める。
「こ、これは? 何が起きようとしているのだ?」
白虎は困惑し一歩も動けない。
「待たせたな。白虎よ、自らの運命を呪うがいい……」
まるで、風が通りすぎるかのように、静かにアレイスの剣が白虎の肉体を突き刺す。
「ぎゃぁぁぁ」
白虎はこの世のものとは思えぬほどの悲痛な断末魔を上げ、その場に沈んだ。
白虎は全身から噴水のように血を吹き出し、やがてミイラのように干からびた。
白虎の死と同時に、汚染された中央広場の噴水もかつての清い水に戻り、イシュケルに掛けられた呪いも消え去った。
「アレイス~! 凄い技ね」
「……はぁ……はぁ」
睦月がアレイスに駆け寄るも、言葉を返せないほどアレイスは疲労していた。それだけ、この技には負担が掛かっていたのである。
睦月とミネルヴァの治療の甲斐もあり、イシュケルが目を覚ました。
アレイスは誰とも言葉を交わすことなく、噴水の水を頭からかぶっていた。
 




