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魔王が育てた勇者が牙を剥く  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第七章 更なる力は限界を越えて
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鬼神の如き強さ

――漆黒の闇が包み込むこの世界。


 アレイスは再びこの地に戻ってきた。

 相変わらず草原は何処までも広がり、闇は無情にも孤独を運んでくる。だがしかし、そんなことも言ってはいられない。守るべき人の為に、自然と足は動いた。


 アレイスは睦月と離れ、一つの感情に気付き始めた。それは“睦月への想い”だった。

 幼馴染みだったが故に、気付かなかったその想い。離れて初めて芽生えた感情だった。


――早く睦月に会いたい。


 その感情だけが、彼を揺り動かしていたと言っても過言ではない。

 大地を蹴り、風を切り、レインチェリーを通り抜けようとすると、誰かが呼び止める。聞き覚えのある、懐かしい声に足を止めた。


「アレイス……アレイス?」


 聞き覚えのある声の主は、この世界に来て一番の恩人“老婆ベリー”だった。


「ベリー、久しぶりだな? よく俺だとわかったな」


「な~に、私は目が不自由じゃて、雰囲気でわかるんじゃ」


 アレイスは今初めて知った。ベリーの目が不自由だったことを。それ故、人を感じる能力が優れていたのだろう。


「そうじゃ、待っておれ」


 ベリーは何かを思い出したかのように一旦レインチェリーの自宅に引っ込むと、何やら風呂敷に包まれた荷物を持ってきた。

 ドサッっと、音からしても重量物だと察しがつく。


「ふぅ……年寄りには重くて敵わん……アレイス、風呂敷を開けてみるんじゃ」


 ベリーに言われるがまま風呂敷を開けると、黄金に輝く龍神の刺繍が施されたマントが入っていた。


「これは……」


「王者のマントじゃて。じいさんの形見じゃが持っていけ! 先日のお礼じゃ」


「そんな大事なもの……」


「タンスの肥やしにするより、必要とする者に使ってもらったほうがじいさんも喜ぶわい」


「すまない……ベリー」


 アレイスは使い古した王子のマントを脱ぎ去り、黄金に輝く王者のマントを羽織った。


「よく似合っておる」


「凄い。装備した瞬間、羽衣のように軽くなった。ベリー、ありがとう」


「な~に、礼なら死んだじいさんに言っとくれ」


 ベリーはそう言うと、アレイスに背を向けた。


「早く行っておやり。お前さんの大事な人が待ってるんじゃないのか?」


「何故それを……」


「私にもわからん。強いて言うなら、長年のカンてやつかのう……さぁ、アレイスよ。行くんじゃ」


「ベリー……本当にありがとう」


 アレイスはこれまでの遅れを取り戻すかのように、大地をを駆け出した。

それは素晴らしいほど速く――恐らく王者のマントのお陰であろう。


 やがてアレイスは、シルキーベールと港街の分岐点にやって来た。


「くそ……どっちにいったら、いいんだ……」


 アレイスが選択に困り果てていると、嘆きの剣が口を開いた。


――我が主よ、港街より血の臭いがする。それも二つだ……。


「まさか、睦月達の身に何か?」


 アレイスは考えるより先に、行動に出ていた。既に、足は港街へと向かっていたのである。


――徐々に強まる潮の香り。沖からの冷たい風に乗って、死臭を運んでくる。


「誰かの命が、消えようとしている」



――更に駆け巡る。





「何処だ?」






「何処にいる?」






「見つけた!」





 桟橋で、龍の魔物と一人戦うミネルヴァの姿を肉眼で捉えた。


「父上と睦月は……」


 そこへ辿り着くと、瀕死の状態で横たわるイシュケルと睦月の姿があった。


「父上――っ! 睦月――っ!」


 僅かに息はあるが、虫の息である。


「ミネルヴァ、すまなかったな……」


「本当に、アレイスなんですか?」


「あぁ……」


「良かった……」


 ミネルヴァは事切れたかのように、膝から沈んだ。


「何だ? 貴様! ノコノコと……こいつらの仲間か?」


「だったらどうすると言うのだ?」


「殺すに決まってるだろ!」


「お前がこの俺を? 笑わせるな。仕方ない……相手になろう」


 アレイスは鞘から剣を抜き構えた。

 剣を構えるアレイスに、青龍は一直線に襲い掛かる。

 イシュケル達を苦しめた鋭い牙が、妖しく輝きアレイスに狙いを定める。


「死ね――――っ!」


「フッ――」


 捉えた筈のアレイスはそこにはなく、虚しく牙は空を切った。


「何処へ消えた?」


「何処を狙っているのだ。俺はここにいるぞ!」


「何?」


 アレイスは青龍の斜め後方から、腕組みをしながら不敵な笑みを浮かべる。


「やはり、大したことないな……」


 王者のマントが風に揺れ、眩いばかりの光が辺りを照らす。


「何だと? 馬鹿にしやがって! 真の恐怖を味合わせてやる!」


 怒号を上げた青龍は怒り狂い、闇雲に巨体をうねらせながら空へ上昇する。


「全て吹き飛べ!」


 頂点に達すると、急降下しながら開口する。


「隙だらけだな……」


 アレイスは左手一つでその攻撃を受け流す。


「どうした? 俺をがっかりさせるな。もっと、本気で来ていいんだぞ!」


 明らかに挑発とも取れる言葉に、青龍は言葉を失った。


「わかった……負けを認めよう……」


 青龍はアレイスに恐れをなしたのか、敗北を認めた。


「ならば、今すぐここから消えろ!」


「わ、わかった……」


 青龍は蜷局とぐろを巻きながら、海へと帰っていった。





――かのように見えたが次の瞬間、イシュケル達に狙いを定め巨体を反転させた。


「騎馬四天王を舐めるな! 道連れにしてくれるわ!」


 横たわるイシュケル達に、青龍の鋭い牙が向けられる。


――刹那。


「残像魔斬鉄…………。生かしてやった命を粗末にするとは……」


 多方向から炸裂したアレイスの残像魔斬鉄の餌食になった青龍は、断末魔を上げることなく屍を晒し海の藻屑と消えた。

 圧倒的破壊力を持つ、アレイスの前に敵はいない。


 やがて波は穏やかになり、柔らかな風を運んできた。


「ふぅ……こんなところか……」


 アレイスは鞘に剣を納めると、イシュケル達のもとに駆け寄った。


「父上……睦月……」


 傷付いた二人をヒョイと抱き抱えると、持っていた薬草を塗り込んだ。完治とまではいかないが、これで歩けるくらいにはなるであろう。

 そこにミネルヴァも駆け寄る。


「ミネルヴァ……すまなかったな」


「いえ、アレイスのお陰で助かりました。イシュケルと睦月は?」


「今、薬草を塗り込んだところだ。時期に目が覚めるだろう……」


「でも、驚きました。こんなに強くなって帰ってくるなんて……」


「ミネルヴァの方こそ。よく頑張った」


「てへっ」


 ミネルヴァは安堵からか、珍しく舌を出して戯けてみせた。


「それより、その赤い髪はどうしたんだ?」


「私にもわかりません。精神を解放したら、赤く染まっていました」


 アレイスはふと、マナの言っていたことを思い出した。




“私にも貴方くらいの娘がいます。名前はミネルヴァ”




 マナと同じ髪の色になったミネルヴァを見て、一つの疑問が浮上した。


「なぁ、ミネルヴァ。一つ聞いていいか? 答えたくないなら答えなくてもいい……。ミネルヴァの死んだ父さんと母さんは、本当の親か?」


「――っ!」


 ミネルヴァは一瞬凍り付いた表情をみせた。だが、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「本当の父と母ではありません……幼い頃、捨てられていた私を本当の子供のように育ててくれました……。だから……父と母は本当の親だと思っています」


「そうか……」


 アレイスは“まさか”と思ったが、それ以上何も言わなかった。


「うっ……うっ……」


「目が覚めましたか、父上!」


「ア、アレイスよ。生き返ったのか? すまない……私としたことがこのザマだ」


「イシュケルは私達を庇って傷付いたのです」


「そうでしたか……生きていて何よりです」


「青龍はどうした?」


「俺が倒しました」


「何だと? お前一人でか?」


「ええ……」


 イシュケルはこの短期間で、凄まじい進化を遂げた我が子に驚いた。


「う~ん……」


「睦月! 気が付いたか?」


 アレイスはそっと睦月を抱き寄せた。


「睦月、すまなかったな。敵は俺が倒した」


「アレイスが“俺”だって? 変なの~。何か逞しくなったね」


「良かった……本当に良かった」


「そんなに強く抱き締めたら、痛いよ……」


「ご、ごめん」


「やっぱり、いつものアレイスだ~。助けてくれたお礼をしなきゃね」


 睦月はアレイスの首に手を回し、そっと唇を重ねた。


「睦月……」


 長い長いキスの後、二人は見つめ合いもう一度抱き締めあった。死を乗り越えたことで、お互いの気持ちに素直になれたのだろう。


「う、ううん」


 ミネルヴァが咳払いをする。


「あの……私もイシュケルもいるんですけど……」


 イシュケルは見てみぬふりをして、遠くの海を眺めていた。


 その後、アレイスはこれまでの経緯をイシュケル達に話した。


「成る程。それで成長し力をつけたわけか……」


「はい、父上」


 イシュケルは、我が子の成長に自分を重ねていた。それと同時に世代交代も視野に入れた。



 荒れ狂う海も収まり、これから港街もかつての賑わいを取り戻すであろう。これで船も出港出来るはずだ。


 一行は怪我の回復を待ち、大海原へ飛び出す準備を整えた。


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