その想い……旋律に乗せて
遂に現れた騎馬四天王の一人――青龍。巨大なその身体とは裏腹に、身のこなしは優れていた。
「待っていたぞ、四天王。我々が貴様を倒す」
「フハハハ。戯れ言を。何を言うかと思えば……つまらんジョークはやめるんだな!」
イシュケルと青龍は睨み合い隙を伺う。
青龍の鋭い牙が眩く光り、三人を照らした。
イシュケルと睦月は、駆け出し青龍を取り囲む。だが、まだ攻撃には移らない。ミネルヴァの状態を待ち、一気に仕掛ける算段だ。
「まだだ……」
イシュケルは青龍から視線を反らさず、ミネルヴァの気配を感じ取る。お陰で青龍は、未だに攻撃を仕掛けられないでいた。
「ここは焦ったら負けだ……」
イシュケルがそう言うと、ミネルヴァが再び赤く光り出した。
「今だ!」
ミネルヴァの赤い輝きを皮切りに、総攻撃を仕掛ける。
「ふぬっ!」
まず地上からイシュケルが刀を振り抜く。青龍の固い鱗は、刀を弾き返した。だが、攻撃は止まない。
「いやぁぁぁ!」
今度は睦月が、空からプラチナソードを突き刺す。
しかし、またしても固い鱗に阻まれ、思ったほどのダメージは与えられない。
最後にミネルヴァの攻撃だ。既に雷と風を纏い、狙いは青龍に定まっていた。
サハギンとの戦いより威力を増した魔法と風水は、青龍の全身を包み込む。
――魔法と風水の融合。言うなれば魔風水。
決して派手な攻撃ではないが、確実に青龍へダメージを与えていた。
「ウグァァ……」
青龍の悲痛な叫び声が周囲に漏れる。
これに激怒した青龍は、反撃に転じる。それはほんの一瞬の事に思えた。
「うぐっ……かはっ!」
青龍の頑強な牙の餌食になったのは、イシュケルだった。
「ちょこまかと……この青龍を舐めるなよ。いいことを教えてやろう……我々が何故騎馬四天王と呼ばれるかを。それは騎馬、もしくは牙の攻撃が秀でているのが名前の由縁だ。我の牙を喰らって生きた者はいない……」
続いて青龍は睦月に狙いを定めていた。
「イシュケル、大丈夫ですか?」
それに気付かず、睦月が瀕死のイシュケルに駆け寄る。
「む、睦月……来るな!」
「えっ?」
肉が引き裂かれる音――青龍に背を向けた睦月もまた、牙の餌食になった。鎧は引き裂かれ、胸からは血が吹き出す。
「うぅぅ……」
イシュケルに折り重なるように、睦月も傷付き倒れた。
「どうした? もう終わりか?」
青龍は、牙に付いた鮮血をペロリと舐めながら言った。
「イシュケル! 睦月!」
一人残されたミネルヴァは、希望を捨てず最後まで戦う決心をした。
◇◇◇◇◇◇
――一方、ウッディサイド。
「この船、もっと速く飛べないの?」
「暁! うるせぇよ。これでも、目一杯飛ばしてんだよ」
「二人共、ケンカしないで。空中庭園はすぐそこなんだから……」
――アレイス……待っていてね。もう少しだから。
イセリナは呼吸をしないアレイスの頬をそっと撫でた。冷たくはなっているものの頬には赤みがあり、ただ眠っているようにも思えた。
魔導船のエンジンはうねりをあげ、限界を越えたスピードで空中庭園へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
――一方、アレイスサイド。
「これで、よしと……さっぱりしたわね」
「マナ、すまない……」
アレイスは、肩まで伸びた銀色の髪をマナに切ってもらった。
「そろそろ、お別れの時のようね……」
「俺が生き返るってことか?」
「えぇ、そうよ。そんな気配がするわ。短い間だったけど……楽しかったわ」
マナは涙を滲ませ、アレイスの肩を抱いた。
「マナ……俺も楽しかった。これほどの力を持てたのも、マナのお陰だ。感謝している。……また、会えるかな?」
アレイスのその問いに、マナはうつむいた。
「………………ええ、会えると思うわ……」
その答えの“間”に、アレイスは違和感を覚えたが、それは“死ななくては会いにこれないから”という意味で解釈していた。
◇◇◇◇◇◇
――一方、ウッディサイド。
ようやくウッディ達を乗せた魔導船は、空中庭園に辿り着いていた。
「よっしゃ~着いたぞ」
魔導船を停泊させると同時に、イセリナ達はサハンのもとに急いだ。
「おいおい、置いていくなよ!」
一人取り残されたウッディも、サハンの元に急いだ。
「皆さん、お久しぶりです。そろそろ来る頃だと思っていました」
そこには立派な青年に成長したサハンの姿があった。
「お前、本当にサハンか?」
サハンをまじまじと眺めるウッディ。納得したのか、更に言い添えた。
「変われば変わるもんだな~。あの弱虫のサハンが……」
「これ、無礼だぞ! 天空族長になんたることを……」
サハンの横にいた天空人が、ウッディに詰め寄り掴み上げた。
「族長? お前が? すげぇな」
「いやぁ……」
「それはそうと、コイツらどうにかしてくんない?」
「あ、すみません。これお前達、このお方は大事な客人だ。下がっておれ」
サハンは自分の側近を下げると、真剣な表情を見せた。
「サハン、お願い。アレイスを生き返らせて」
ウッディが切り出す前にイセリナが言う。
「やはり、死んでしまったのですね……身近な人に嫌な予感はしていましたが、アレイス君だったとは……。お姉ちゃん、いやイセリナさん。生き返らせるのは可能です。恐らくアレイス君は、魂までは死んでいません。魂を呼び戻せば、きっと生き返るでしょう……但し、その為には多くの精神力を必要とします。誰か底なしの精神力を持った方が手伝ってくれればいいのですが……」
「はいはい、やりますよ。その為に来たんだし……」
ウッディはそう言いながらも満更ではなかった。現に暁やイセリナに期待されていたし、彼にしか出来ないことだったのだ。
「では、早速儀式に入ります」
「お、おう」
イセリナは二人の前にアレイスの亡骸をそっと置いた。
ウッディとサハンは、目を瞑り精神統一をはかる。
――滲み出る汗。二人共、時折苦しい表情を見せる。
――来い。
――戻って来い。
――皆が待っている。
「アレイス……いよいよね。さようなら……」
「マナ……さようなら……」
――眩しい光が。
――皆が。
――待っていてくれてる。
――暗闇を抜けると、懐かしい顔が見えた。
「アレイス、気が付いたか?」
――俺は生き返ったんだ。
眩いばかりの光がアレイスを包み込み、成長した肉体に魂が再び宿る。強靭に鍛え上げられた精神と、成長した身体を伴いながら。
それは、長いようで短くもある。まるで悠久の時を越えるかのように……。
今、再び……この地に蘇る。
「ここは……?」
「おぉ、気が付いたか、アレイス。ここは空中庭園だ。」
アレイスが目覚めると、見慣れた顔が覗き込んでいた。困惑するアレイスだったが、それよりもウッディ達の方が驚いていた。
「お前、急に大人になったな……」
「ウッディさん、実は死んでいる間、異界で修行をしていました。異界はここより五年ほど時の流れが早いので、その為所でしょう」
「まぁ、俺には難しいことはわからねぇが、何はともあれお帰りだな」
皆が言葉を詰まらせ、アレイスの帰還を心から喜んだ。
「母上……」
「アレイス……お帰り」
「た、ただいま」
喜びも束の間、アレイスは直ぐ様立ち上がった。
「睦月達は?」
「まだ過去の世界にいる……行くのか?」
「このまま終わりたくないんです」
「アレイス、よく言いました。それでこそ私の子です。あなたが望むなら私は引き留めません」
イセリナは母親として、勇者として、アレイスを再び送り出す覚悟をした。
「ありがとう……母上。必ず、世界を救ってきます」
アレイスの真っ直ぐな瞳を見て、イセリナは口角を上げた。
「そうと決まったら、急いでイシュケル魔城に戻るぞ」
ウッディがそう言うと、サハンに別れを告げ魔導船に乗り込んだ。
「サハンさん、ありがとうございました。また、平和を取り戻したら改めて挨拶に伺います」
「頑張るんだよ、アレイス君…………」
アレイス達を乗せた船は、再びイシュケル魔城を目指した。
◇◇◇◇◇◇
――一方、イシュケルサイド。
青龍相手にミネルヴァは、一進一退の攻防を繰り広げていた。
イシュケルと睦月が瀕死の今、自分が倒れるわけにはいかないと、必死に食らい付いていく。
「はぁ……はぁ……私には倒すことが出来ない……」
「遂に弱音を吐いたか? 小娘よ」
虫の息であるイシュケル達は、それを見守るしか方法がなかった。
「倒すことは出来ない……でも、食い止めるくらいなら出来ます」
ミネルヴァを包む赤いオーラが一段と輝きを増し、ブロンドだった髪が赤く染まった。
「ここからが、私の本気です」
ミネルヴァは精神を解放し、最後の賭けに出た。
「髪の色が変わった? ふん、だから何だと言うのだ。力の差は歴然だ。死ね!」
青龍はミネルヴァに狙いを定め、牙を向けた。全てを噛み砕く、その牙の餌食になったら一貫の終わりだ。
「喰らえ――っ!」
ミネルヴァの懐に素早く切り込む。
――鈍い音がこだまする……。
「貴様――っ! まだ生きていたか!」
傷付いた身体に鞭を打ち、ミネルヴァの前でイシュケルは青龍の攻撃を受け止めた。
「ミネルヴァ……お前だけでも、生き延びろ……時期にアレイスが戻ってくる……かはっ……」
「イシュケル……」
「死に損ないが!」
青龍は尻尾を振り回し、イシュケルを撥ね飛ばした。
「青龍……よくも! 私は絶対に諦めません!」
――アレイス、早く……早く来て下さい。
ミネルヴァはそう祈りながら、立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇
一方、アレイスサイド。
魔導船はようやくイシュケル魔城に辿り着いた。休む間もなく、呪いの鏡の部屋に急ごうとするアレイスにイセリナは言った。
「私達が手助け出来るのは、ここまでです。イシュケルにも宜しく伝えて」
「ありがとう母上。行ってくるよ」
アレイスはイセリナに別れを告げると駆け出した。
そして、呪いの鏡に辿り着くと、そこにはウッディが待っていた。
「行くのか?」
「ウッディさん……俺が行かなきゃ駄目なんだ……」
「“俺”? “僕”って言ってたアレイスが? 僅かな間に本当に大人になったな。……アレイス……頼みがある」
「何ですか、改まって……」
「睦月を……睦月を頼む」
「ウッディさんは行かないんですか?」
「あぁ。どうやら、俺が行っても足手まといのようだ。俺はここで暁と待ってる。睦月にはそう伝えてくれ……」
そう言うとウッディは涙ぐんだ。余程悔しかったのだろう。自分の娘も救えない無力さに――。
「ウッディさん……顔を上げて下さい。睦月は俺が守ります。命に懸けても……」
「アレイス……強くなったな。この前まで子供だと思ったのに……。今一度言う。頼んだぞ!」
「はい!」
アレイスはウッディから全ての思いを受け取ると、赤く光る鏡に飛び込んだ。




