譲れない強さの形
◇◇◇◇◇◇
――一方、イシュケルサイド。
仄かに香る潮の香りが冷たい風に乗ってやって来る。港街は目前だ。
「もうすぐ港街なんだが、残念ながら船は出ていない……海が尋常ではないほど荒れているのだ」
数日前、アレイスと睦月を探して訪れた時のことをイシュケルは語った。
更に続けて、
「その時、私は歴史を変えるのは好ましくないと思い、荒れ狂う海を見過ごした。だが、今度はそうは行くまい。恐らくあれは魔物の仕業……」
「イシュケルさん。では、魔物を退治するのですね?」
イシュケルにミネルヴァは言い添えた。
「ミネルヴァよ、私のことはイシュケルと呼び捨てしてもらって構わん。睦月、お前もだ。戦う仲間に上も下もない。わかったな?」
「はい」
イシュケルのリーダーシップぶりに、ミネルヴァも睦月も強い信頼感を抱いた。
「二人共――いい返事だ。では、行くとしよう……」
港街に入ると、以前より人々は飢えに苦しんでいた。路地裏で踞る者や、酒に溺れる者。街全体が崩壊しようとしていた。
「念のため船着き場へ行くぞ!」
飢えに苦しむ人々を無視するのは心苦しかったが、今はそれどころではない。
食糧が底をつき、あまりに不衛生な街を救うには、荒れた海を穏やかにするしか方法はないのだ。
イシュケルの気持ちを察した二人は、無言のまま後を追う。
「やはり駄目か……」
高潮が防波堤を突き上げ、沖からの強い風と共に船着き場まで波が押し寄せる。
「……くれ、助けてくれ。このまま海に出られないんじゃ、死んでも死にきれねぇ。俺たちゃ、海の男だ。海がねぇと……うっ、うっ……」
厳つい顔をした漁師がイシュケルの膝にしがみつき、涙ながらに訴える。
「気をしっかりもて。ここは、我々に任せるのだ……」
「旅のお方……ありがてぇ……」
「その代わり、海が収まったら船を出しては貰えぬか?」
「容易いことでさぁ、なぁ、みんな!」
さっきまで泣いてた男は泣き止み、いつの間に男の漁師仲間がイシュケル達の元に集まってきていた。
「男よ、約束だぞ」
イシュケルは漆黒のマントを翻すと、その先にある桟橋に向かった。
深く息を吸い込み、呼吸を整える。
「イシュケル、これを使って下さい」
睦月は、シルキーベールで手に入れた日本刀を手渡した。
「これは珍しい……異国の剣だな」
「はい。私には使いこなせないので」
「私とて万能ではないのだが……ありがたく使わせて頂く……」
会話が途切れると、一瞬静まり返る水面――
「睦月、ミネルヴァ、気を付けろ! 来るぞ!」
――僅かに引く波。
再び波が押し寄せると同時に、海面から鰭を腕に纏った魔物が次々と現れる。
――サハギンだ!
「現れたか? 死ね!」
素早く鞘から刀を抜き取り、イシュケルは前方を見渡す。
「ケケケケッ――」
一体のサハギンが詰め寄る。すると、それが幕開けのように次々とイシュケル目掛け、サハギンが襲い掛かってきた。
サハギン達の鋭い爪が、イシュケルの頬を掠める。
「チッ……雑魚が!」
衝撃波を放ちつつ刀を振り回し、サハギンの腕を斬り落とす。すかさず、次のサハギンを二体纏めて胴体に打ち込んだ。
サハギン達は攻撃の手を休めない。
海から湧き出るように現れる。
「ケケケッ――ペッ!」
不敵な笑みを浮かべながら、更には紫の粘着性のある液体を吐き出した。
「小賢しい真似を……睦月、ミネルヴァ、援護を頼む!」
「はい」
返事をしたのは睦月だけだった。ミネルヴァはただだだ怯え、何も出来ずにいた。
イシュケルの援護に答えるように、睦月は空高く跳躍した。
「纏めて行くわ。炎よ、燃やし尽くせ」
睦月は空中でプラチナソードに炎の魔法を掛け、サハギンの群れの中に飛び込んだ。足場の狭い桟橋では、極力空中は避けたいと思うのが人の心情だが、睦月は違った。母の暁譲りの度胸は、“躊躇”という言葉がなかった。
鈍い金属音と共に、斬り付けた剣が赤い光を放つ。
礼儀正しく睦月が両足を揃えて着地すると、斬り刻まれたサハギンの死体が三体転がっていた。
「ふぅ……」
睦月は額の汗を何食わぬ顔で拭った。
睦月の華麗なる剣さばきに、ミネルヴァは戦う気力を取り戻した。
「すみません……私も戦います」
「ふっ、ならば後方から支援せよ」
「はい!」
冷たい風がミネルヴァをすり抜けると、ウッディから受け取った“マナの指輪”が怪しく赤く光る。
すると、ミネルヴァはスゥ―っとゆっくりと宙に浮いた。更に赤く光った指輪は、ミネルヴァを赤い光で全身を覆う。一見、バリアのようにも見える。
「ひぃぃ~、あの姉ちゃん……宙に浮いてる」
イシュケル達の後を追ってきたのか、先ほどの漁師が宙に浮いたミネルヴァを見て悲鳴を上げる。
「ケケケッケ!」
それをサハギンは見過ごす訳もなく、五体のサハギンが漁師目掛け突進する。
「ひぃぃ、今度は化け物だぁ!」
「漁師さん、逃げて下さい」
ミネルヴァは急いでサハギンの背中を追う。空中での移動は、地上の移動より何倍も速かった。
――直ぐ様追い付くミネルヴァ。
「おやめなさい」
手のひらにビリビリと電磁波が集まる。
やがてそれは熱を帯ながら強力な雷になった。更には沖からの風が、ミネルヴァに集まり始める。
「ふっ……」
力を抜くように、指先をサハギンに示す。
ミネルヴァの放った魔法と風水の融合は、見事サハギンを達を捉えた。桟橋に横たわる四体のサハギン……。
「一体足りない! 何処?」
ミネルヴァは懸命に辺りを見渡した。
「ケケケケッ」
空中からサハギンの鋭い爪が、漁師の頭上を狙おうとしていた。
「どうしよう……今からでは間に合わないです」
――サハギンの下腹部に閃光が走る。
「油断するな……」
前線で戦っていたイシュケルが、ピンチを救った。ただ一言残して、イシュケルは再び前線に戻る。これにはミネルヴァも睦月も、そして漁師も呆気に取られた。
「ひぃぃ……」
我に返った漁師は、礼も言わず逃げ出して行く。
「イシュケルの言う通りだね。油断大敵だね、ミネルヴァ」
「そうですね」
ミネルヴァと睦月は、再び戦闘に戻った。
イシュケル達は体勢を整え、辺りを見渡す。あれほどいたサハギンの大群が、数体までに減少していた。それは個々の持ち合わせた能力もさることながら、協調性が出てきた表れでもあった。
「一気に畳み掛けるぞ!」
「はい」
「わかりました」
イシュケルの号令に二人は同調する。
睦月はプラチナソードを振り上げ、横一線に振り抜く。
骨まで砕く破壊力で、力任せに薙ぎ倒す。
――次々と倒れていくサハギン。
それに続けと言わんばかりに、イシュケルも強引に刀を振り抜く。
ミネルヴァも負けてはいない。
イシュケルが仕留め損ねたサハギンに止めを刺す。
依然として波は荒々しいままだが、サハギンを全滅に追い込んだらしい。だが、そこに安息はなかった。
――高い波がうねりをあげながら、押し寄せる。
――そして……。
天まで昇る勢いで、巨体を震わせながらそいつは現れた。
「我は騎馬四天王が一人、“青龍”(せいりゅう)。貴様らに恨みはないが、ここで死んでもらうぞ!」
青龍はギロリと睨みをきかせた。
「遂に親玉登場か? 睦月、ミネルヴァ行くぞ!」
四天王が現れるのを待っていたかのように、イシュケルは冷静に対応した。




