表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が育てた勇者が牙を剥く  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第七章 更なる力は限界を越えて
59/69

僕から俺へ

 命を落とし異界に来たアレイスは、マナのもと特殊な能力を学んだ。

 一つ目は、分身しながらの魔斬鉄、改め“残像魔斬鉄”。そして、二つ目は一点に力を増幅した天地壮烈斬、改め“天地烈波斬”だ。

 涼しい顔をして、マナのアレイスに与えた試練は大変過酷なものだった。

 王子として裕福な家庭環境に育ち、何不自由のなく生きてきたアレイスにとって、初めての苦難である。

 彼曰く、“人生で初めて努力をした”と言うほどだ。

 生まれ持った才能と力を兼ね備え、そのお釣りで生きて来た故の発言である。


「よし、今日はこのくらいにしておきましょう……」


「マナ、今日はずいぶん楽なんだな。これだけでは身体が鈍ってしまうぞ」


「もう、貴方に教えることはありません……もうじき、貴方は生き返ることでしょう……」


 この異界は時空の歪みがあり、ここでの生活は五年ほど経過していたが、下界では二日ほどしか時間が過ぎていなかったのだ。つまり、十五歳だったアレイスは二十歳になっていたのである。

 立派な成人になり、見た目はイシュケルの若い頃に瓜二つになっていた。

 剣術以外にも様々なことを学び、魔王としても勇者としても恥じない一人の男に成長したのだ。


「シャワーでも浴びて来るといいわ。髪も伸びたから切りましょう」


「あぁ、そうさせてもらう」


 アレイスは気付いていなかった。マナから二つの技を学んだと同時に、己の力の限界を突破していたことを……。


「アレイス……貴方がいなくなると、また私は一人ね……。本当なら、私にも貴方くらいの娘がいたはずなのに……」


 シャワーから戻ったアレイスは、意味深なマナの独り言を聞いてしまった。


「マナ……娘とはどういうことだ? 俺にも聞かせてはくれないか?」


 この五年で大人びた口調になり、一人称が僕から俺に変わったアレイスはマナに問いただした。


「聞いてしまったのね……わかったわ。全てを話しましょう……あれは異界で言う二十年前の話。私は玉のような子を授かりました。しかし、私はその子を抱くことも出来なかったのです。その頃頻繁に現れた時空の歪みに、その子は吸い込まれてしまいました……今も生きているかどうか……ミネルヴァ……」


 その聞き覚えのある名前に、アレイスは一瞬凍り付いた。レインチェリー地方には、似つかわしくない違和感を覚えた“ミネルヴァ”と言う名前に。


「マナ……これは偶然なんだが、俺の知り合いにもミネルヴァという名前の女の子がいるんだ……年は十五歳だ……」


 一瞬マナは目を輝かせたが、すぐに溜め息に変わった。何故なら、ミネルヴァが異界で生きていれば二十歳。

 下界との時間の流れのギャップに、アレイスは気付いていなかった為の発言だった。その為、アレイスは自分が死んだ当時のミネルヴァの年を言ったのだ。


「ミネルヴァ……生きていれば会いたい……」


 マナは最愛の娘ミネルヴァを思い出し、涙を滲ませた。


「……俺には何も言えないが、願えば会える時がくるさ……」


「アレイス……ありがとう。貴方、本当に見違えたわね。五年も経つと変わるものね……」


「五年? あれから、五年も過ぎたと言うのか?」


 アレイスはこの時、初めて五年の歳月が過ぎたことを知った。



 マナとミネルヴァの結び付きはあるのか、この時誰も知るよしはなかった。




◇◇◇◇◇◇




 ――一方、ウッディサイド。


 アレイスの亡骸を抱えたウッディは、ようやく呪いの鏡の部屋に戻ってきていた。


「ふぅ、何とか戻って来れたようだな……まずは、イセリナや暁にどう説明するかだ……」


 ウッディはあれこれ考え、ウロウロしていた。



――コツコツと近付いて来る二つの足音。


「イセちゃん、あの部屋の扉開いてるよ」


「暁、行ってみましょう」


 その足音の主は、イセリナと暁だった。


「や、やべぇ。イセリナと暁だ」


 やがて、重苦しく扉は開く。


「よ、よう!」


「ウッディ、あんた何処ほっつき歩いてたの? それになんでアレイス抱えてるの? イシュケルは? 睦月は? もう、アレイスの誕生パーティー始まるよ!」


「話せば長くなるんだが……とりあえず……アレだ、え~と…………アレイスは死んだ……」


 ウッディは暁に問いただされ、しどろもどろに答えた。


「はぁ? 何冗談言ってんの?」


「いや、本当なんだ……」


「待って、暁。ウッディが嘘を言ってるとは思えないわ。ウッディ、事情を話して」


 イセリナと暁がアレイスの死亡を確認すると、ウッディは二人に洗いざらいこれまでの経緯を述べた。




◇◇◇◇◇◇




「…………ということなんだ」


「どうする? イセちゃん……」


「仕方ないわね……私達も一肌脱ぎますか?」


「やった~イセちゃん。また、冒険出来るんだね?」


「おいおい、暁。いい年したオバチャンが、やった~じゃねぇよ。これは遊びじゃねぇんだ。アレイスだって生き返る保証はないし、それにイシュケルや睦月はあっちの世界に残してきたままだ。その辺、よ~く考えるんだな」


「二人共、ケンカしないで。パーティーに来てくれた皆には、私の方から言っておくから。それより、ウッディ。魔導船の手配をお願い……」


「へいへい、行くぞ暁……」


 ウッディと暁はアレイスを抱き抱えたまま、魔導船へと向かった。

 残されたこの部屋で、一人黄昏るイセリナ……。


――アレイス……必ず。


 その後一旦自室に戻り、華やかに飾られたティアラを取り去り、オーダーメイドのドレスを脱ぎ去る。そして、ウォークインクローゼットの片隅に隠されていた武具を身に付けた。

 もう二度と着ることはあるまいと思っていたが、皮肉にもまたこうして着る日が来てしまった。



――身の引き締まる思い。



 イセリナは涙を見せなかった。何故なら、不思議とアレイスが死んだと思えなかったからだ。


――死を受け入れられなかったのではない。


 母親としてのカンなのか、勇者としてのカンなのかはわからなかったが、悲しみはなかった。


「今から私は、王妃ではなく勇者に戻ります」


 背中に剣を背負うと、凛としたあの日のイセリナが帰ってきていた。


 メイン会場に戻ると皆ざわつき始め、あることないこと噂話をしていた。


「皆さん、聞いて下さい。お察しの通り、緊急事態が発生しました。詳しいことは言えませんが、今日はお引き取り願います」


 ざわついていた会場が一気に静寂に変わる。


 そして、一匹の魔物が言う。


「王妃様、みずくせ~ぞ。アレイス王子や、魔王様が一大事なんだろ? 俺達にも何か手伝わしてくれよ。なぁ……皆もそう思うだろ?」



「おう。そうだ、そうだ!」


 その魔物の意見に、人間も魔物も関係なく賛同した。


「皆さん、ありがとうございます……素直にお言葉に甘えましょう。では、私達が留守の間この魔界をお願いします」


「おぉぉう!」


 人々は拳を突き上げ誓いを上げた。


「ありがとう……」


 深々と頭を下げた後、イセリナは微笑んだ。


「イセリナ、魔導船の準備が出来たぞ」


「今、行くわ。それじゃ、皆さんお願いね」


 再度頭を下げ、イセリナはウッディと共に魔導船に向かった。


――目指すは、サハンのいる空中庭園。


 イセリナとウッディは、あの頃を思い出しながら足早に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ