挫折を力に変えて
イシュケルのピンチを救ったアレイスは、何事もなかったかのように再び魔シンに応戦した。
――アレイス……私はもう止めぬ。その力があれば、過去を変えようとも対応出来るであろう。
イシュケルはアレイスの実力を心の底から認め、そんなことを思っていた。
◇◇◇◇◇◇
四人の活躍もあり、残りの魔シンは五十体を切っていた。さすがにこの状況にデスナイトも黙っている筈もなく、苛立ちを隠せずにいた。
「何者だと言うのだ、お前達は……魔シン達を赤子のように捻るとは……やむを得ん、このデスナイト自ら相手になろう」
デスナイトは組んでいた腕をほどき、イシュケル達の前に出た。それと同時に魔シン達も一旦引き、陣形を整える。
「無駄だよ……君達は僕に勝てない……早く、睦月のいる場所を教えるんだ……」
「舐めるな! 我が貴様に勝てんだと? 笑わせるな! ここまで馬鹿にされたら、敵わんな……。小僧――っ! ならばサシで勝負だ。どちらが強いかハッキリさせようではないか!」
デスナイトは大剣を振り上げ、アレイスを挑発した。
アレイスも剣を構え直し、デスナイトに近付く。
「わかった、相手になるよ。皆、コイツは僕一人でやるから離れていてください……」
アレイスはデスナイトとのサシの勝負を受ける為、イシュケルを初めとする仲間を後方に下げた。
「小僧、立派だ。我に挑むとは……。だがな、戦いとはそんなに甘くはないのだ……見せてやろう――戦いというものを!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた後、デスナイトは生き残った魔シン達と総攻撃を仕掛けてきた。
「なんて、卑怯な……イシュケル助けよう」
「心配するな、ウッディよ。これくらいでやられるアレイスではない……」
「でもよぉ……」
ウッディの心配を余所に、イシュケルは冷静に戦況を見守った。
開口一番、デスナイトは高熱を伴うガスを吹き出す。アレイスの肩を僅かに掠めるが、空へと跳躍し難を逃れた。
「消えろ――っ!」
地上で待ち構える魔シン達を尻目に、衝撃波を放つ。弱点である、“赤い目”以外はほとんど攻撃を受け付けない魔シンを、たった一撃で複数体吹き飛ばした。
「すげ~アレイス。すげ~ぞ」
その規格外の強さにウッディは酔いしれた。
そして、ようやくアレイスが地に足を着くと、魔シン達は跳躍する前の半数に減っていた。
「このままでは……奥の手を使うか……」
デスナイトは十体程の魔シンを集め、指示を与える。
アレイスはデスナイトが目論む何かに興味が湧き、様子を伺うことにした。
魔シンは折り重なるように集結し、ちょっとした建物程度に巨大化した。
「これで貴様も終わりだ。この魔シンブレイカーに勝てる者はいない」
最後にデスナイトはそう言葉を残すと、その魔シンブレに乗り込んだ。
そして、魔シンブレイカーの巨大な剣の斬撃がアレイスの頭上を襲った。アレイスは剣を水平に構え受け止めるが、さすがに巨大化しパワーアップしただけあり、なかなか押し返せない。
「くっ……くっ……」
思わず噛み締める奥歯が強くなる。
その間にも、デスナイトの放つ高熱のガスと飛び交う弓矢に、アレイスは攻め倦ねいていた。
初めての苦戦に、アレイスは焦りを感じていた。
「どうした? さっきまでの勢いがないな……」
デスナイトは巧みに魔シンブレイカーを操り、アレイスを窮地に追い込んだ。
なす術なく、バックステップで後退するアレイス。
それを弄ぶかのように、ランダムに弓矢を地面に打ち付けながら、大剣を降り下ろす。
「イシュケル……マズイんじゃないか?」
「…………」
心配するウッディの問いにも、イシュケルは答えず腕組をしていた。
――私の子だ。これくらいの試練は、自分の力で越えてみよ。
イシュケルは心の中でそう祈っていた。
勿論、アレイスもイシュケル達に助けてもらおうなどとはさらさらなかった。
それは、やはり魔王の血を引くプライドがあったからなのであろう。
「あれをやってみるか……」
交差する攻撃を掻き分け、一つの決断に辿り着いた。
――そう、母イセリナの必殺技“天地壮烈斬”を放つ事だ。
イシュケルの魔斬鉄と同様に、母イセリナに見せてもらったことがあるが、教えてもらった記憶はない。だが、ここはこの技しかないとアレイスは判断したのだ。
「やらなきゃ、やられる……今だ!」
低い体勢からからの構えはデスナイト達に死角を作り、一瞬アレイスの存在を見失わせた。
アレイスはスピードタイプにチェンジし、疾風の如く天地壮烈斬に持ち込む。
空を見上げながら放たれた天地壮烈斬は、幾重にも剣の残像が広がり、鮮やか過ぎるほど的確に急所を捉えていった。
音もなく魔シンブレイカーは崩れ落ち、埃舞う煙の中からデスナイトが姿を現す。
「チッ、部が悪い……勝負はお預けだ……」
デスナイトは捨て台詞を吐き、その場を立ち去った。
肩で呼吸するアレイスに、デスナイトを追う気力はなく黙って見過ごした。
「睦月を助けに行かないと……」
「そんな身体で何が出来る……だが、奴と互角に渡り合えるとはな……」
イシュケルはそう言った後、未来の世界でデスナイトを倒したことをアレイスに伝えた。つまり、過去のこの世界ではどうにもならず、奴は未来まで生き延びたことになる。しかも、魔シン族の残党の長として。
イシュケルからその話を聞いた上で、アレイスは立ち上がった。
「奴を倒して、睦月を助ける。皆さん、力を貸して下さい」
「あったりめ~だろ。睦月は俺の娘だ」
「アレイスよ、全てはお前に委ねよう」
「私も出来る限りのことはします」
アレイスを中心に四人は決断し、騎馬隊やデスナイトの逃亡していった方向を目指すことにした。
――それは、もと来た道。
つまり、シルキーベール方面だ。そこで何かがわかる――街を救えなかった理由がわかると、アレイスは直感的に思った。
山々から吹き下ろす冷たい風と共に、霧が濃くなっていく。これは自然から発生するものではなく、邪悪な者が集結すると発せられる“黒い霧”だ。
「マズイな……」
ポツリとウッディが言う。
「この黒い霧があると、魔法の効果が薄れるんだ……」
魔法使いには致命的といえるその現象に、ウッディは眉一つ動かさなかった。何か策はあるのだろかとアレイスは横顔を覗いてみるが、これと言って考えている風でもない。しかし、諦めているとも思えない。
アレイスは掴み所のないウッディに振り回されていた。
◇◇◇◇◇◇
シルキーベールが一望出来る場所に、やって来た。“また直ぐにここに戻ってくるとは、思ってもいなかった”とミネルヴァは言った。
「何か、街の中が賑やかですね」
目を凝らして見ると、魔シン族やら魔物達やらが、酒を片手にドンチャン騒ぎをしていた。
その異様な光景を目の当たりにしたアレイス達は、睦月の安否が気になり街へと一気に駆け出した。




