その豪傑……過去より
イシュケルとアレイスの間に何とも言えぬ沈黙が広がる。
やがて、イシュケルは目を細めながら言った。
「約束だ……。お前の好きにするが良い。但し、条件がある……」
アレイスの実力を認めたものの、条件があると言い添えた。それは簡単なものであり、力強いものだった。
「暫くは、私とウッディも同行しよう。睦月ともはぐれた形だしな……文句はあるまい?」
「父上が居てくれるなら心強いです。早速、睦月を探しに行きましょう」
アレイスは、父と旅が出来ることに喜びを感じていた。口では厳しいことを言ってのけたが、イシュケルも同じ気持ちだった。
ウッディもようやく緊張から解放され、笑顔が戻る。
「よし、事態も丸く収まったことだし、睦月を探しに行くぞ!」
ミネルヴァは、自らからが起こしてしまった出来事に酷く反省していた。
それを察してウッディが近寄る。
「心配すんなって。俺達が居れば、魔物だろうと何だろうと、ぶっ飛ばしてやるからよ」
「お気遣いありがとうございます。私も負けないように精進します」
ミネルヴァは、ニッコリと笑い白い歯を見せた。
◇◇◇◇◇◇
――一方、睦月サイド。
行く宛もなく、実はひっそりと木陰からアレイス達の様子を見ていたのだ。
一部始終を見ていた所為もあり、合流するタイミングを伺っていた。
「何か、出ていくには気まずい雰囲気になって来ちゃった……」
睦月は最善の方法を打つべく、模索していた。
――その為、気付かなかった。背後から魔の手が忍び寄っていたことを……。
「きゃぁぁぁ」
思わず声を張り上げる睦月。しかし、複数の手によって封じられた身体は自由が利かず、何者かに囚われてしまったのだ。
そのピンチにいち早く気付いたのはミネルヴァだ。
「今、睦月の悲鳴が聞こえましたわ」
「何だって?」
アレイス達は急いで悲鳴が聞こえた方に行くも、既に遅く――睦月は全身を縄で縛られ、何者かに馬車で連れ去られた後だった。
「後を追うぞ!」
イシュケルは事態を把握するや否や、我先にと駆け出そうとした。更に、そこへ行く手を阻む何者かが現れた。
「馬車を追わせはせん……我々の邪魔はさせんぞ!」
何とそこに現れたのは、イシュケルやイセリナが倒した若き日のデスナイトであった。それはつまり、睦月を拐ったのは魔シン族だと意味し、この時点でデスナイトが下っぱということは、それに勝る豪傑がいるということが予想できた。
イシュケルとウッディがそれに気付く頃には、ワラワラと現れた魔シン族に取り囲まれ逃げ道は全て包囲された。
ざっと見た感じでも、百体は有に越えていた。
「奴等の弱点は目だ……それ以外は受け付けない……」
イシュケルは魔シンの弱点を教えると共に、その難易度の高さを訴えた。
元々好戦的ではない魔シン族が、ここまで攻撃的になるのは信じがたい。
既に、過去が変わり、歴史のバランスが崩れてきたということをイシュケルは悟り始めていた。
「万事休す……か。魔シンは呪いと時を操る……くれぐれも、その赤い目を凝視するなよ」
イシュケル、ウッディ、アレイス、ミネルヴァは、魔シンとの戦いに備えた。
若き日のデスナイトは未来でイシュケル達に滅ぼされるとは知らず、その力を示そうとしていた。自らは高みの見物と言った所だ。百体を越える魔シン達に指令を下すと、後方へ下がった。
それまで穏やかだった港街に続く道が、戦場へと豹変する。
まず、先手を切ったのはアレイスとイシュケルである。基本に忠実なアレイスの剣さばきと、豪快なイシュケルの格闘技。
イシュケルの助言通りに、魔シンの赤い一つ目を的確に貫いていくアレイス。束になって魔シンもアレイスを捉えようとその手に持った大弓を引き絞るが、狙いを定める前に次々と撃破されていく。
鈍く光っていた赤い目は輝きを失い、アレイス一人の活躍で数十体の魔シンが破壊されていった。
イシュケルも負けてはいない。アレイスとの戦いでロングソードを失ってはいたが、左手の爪だけで魔シンを撃破していく。
攻撃範囲は狭いが、剣にも勝るとも劣らない格闘技で翻弄していく。アレイスほどではないが、数体の魔シンをガラクタと化していった。
「アレイスよ、もはやお前はこの私を越えた……複雑だが嬉しく思う」
イシュケルは魔シンとの戦闘を楽しみながら、アレイスの活躍を嬉しく思っていた。
「まだまだ父上から学ぶことはあります」
「嬉しいことを言う……アレイスよ、更に行くぞ!」
「はい、父上!」
アレイスとイシュケルは肩を並べ、迫り来る魔シンに対応していく。
一方、ウッディとミネルヴァはお互いの得意分野を生かし、戦線を潜り抜けていた。
ウッディの両手からは稲妻の魔法が放たれ、雷に弱い魔シンの動きを封じる。それに合わせミネルヴァは、得意の風水を生かし周囲に転がる岩を操り、弱点である赤い一つ目に直撃させた。
初めての共闘とは思えぬ連携プレイで、ウッディもミネルヴァもお互いを認め始めていた。
「ミネルヴァの風水を生かした技は、キレがあるな」
「ウッディさんこそ、無詠唱であそこまでの、魔法を唱えるなんて……」
息の合った二人は、僅かな間に二十体近くの魔シンを倒していた。
しかし、魔シンの迫撃はとどまることを知らない。
そこでウッディは、ミネルヴァにある提案を持ち掛けた。
「ミネルヴァ……魔法は使えるのか?」
「いえ、基本的なことは学んだので、精神力(MP)はありますが、唱えたことはありません……」
「やっぱりな……だったらこれを使ってくれ。マナの力が宿った魔法のリングだ」
ウッディは指先で魔法のリングを弾き、ミネルヴァに渡した。
「ミネルヴァ、お前ほどの力があれば、そのマナの力で魔法さえ容易に唱えられるだろう……唱えたい魔法をイメージして放つんだ!」
「わかりました。やってみます」
ミネルヴァは魔法のリングを人差し指にはめ、“地”をイメージし強く祈った。すると、意外にも風水の技と融合する形になり、より強力なものになったのだ。
強固な岩達が鋭い刃物と化し、更には針葉樹が細剣の如く、魔シン達を突き刺していく。
「こ、こいつはすげ~や。嬉しい誤算だな」
ウッディはミネルヴァの才能を引き出したことに喜びを感じた。
家があまり裕福ではなかったミネルヴァだが、独学で学んでいた魔法の基礎が役立ち今開花させたのだ。それは覚醒と言っても過言ではない。
周囲には油臭い魔シンの残骸が更に増していった。
「ウッディ達め、やる……」
活躍の場を持っていかれたようで、イシュケルは嫉妬に似た感情を抱いていた。そして、その感情を抱いたが為に、心の隙を生み出していた。
――刹那。
イシュケルの胸を、毒の塗られた矢がすり抜けていく。幸い、すぐ反応して躱したが、別の魔シンがイシュケルに向け両刃の剣を降り下ろそうとしていた所だった。
「父上! 危ない!」
イシュケルは、声に反応はしたが、何の対応も出来ない。いくらイシュケルとは言え、無防備に近い状態で剣を斬り付けられたら命の保証ない。
「父上――っ!」
どういう訳か、アレイスは無意識のうちにバーストタイプにチェンジし、父であるイシュケルの必殺技“魔斬鉄”を放っていた。
魔シンは真っ二つになり、煙を吐き出している。イシュケルは唖然とした表情でアレイスを見つめていた。




