父を越える器
ウッディは不敵な笑みを浮かべながら、アレイスの背中を押した。
「さぁ、説明してもらおうか? 王子様?」
「パパ、違うの。私が……」
「睦月! お前は黙ってろ!」
ウッディは急に険しい表情に変わり、前に出る睦月を押し退けた。
「ウッディさん……僕が悪いんです……あの鏡に触れたから」
「やれやれ……イシュケルも来てるから、とっとと帰るぞ」
「父上が? ウッディさん――でも僕達には、この世界でやらなくちゃいけないことがあるんです」
アレイスは訴え掛けるように言った。しかし、ウッディは表情を崩さない。それもそのはず、イシュケルに歴史を変えることは許されないと言われたからだ。
そして、遠い目をした後、ウッディは言った。
「イシュケルが言っていた……歴史を変えることは許されないと……」
その間に、睦月が割って入る。
「パパでも……ミネルヴァの両親の仇を取りたいし、シルキーベールの街が滅んでいくのを見ていられないわ……」
「シルキーベールとはこの街のことか?」
「そうよ……」
「そうか……でも、歴史を変えることは……」
アレイスと睦月の意見に応じることはなく、ウッディは首を縦に振らない。
確かに、ウッディの言っていることは、正論であろう。歴史を変えることで、バランスが崩れそのしわ寄せが何処かに表れるとも限らない。
だが、二人の正義感は、そんな罪を犯してでも成し遂げたいほど強いものだった。
「パパのわからず屋! 大っ嫌い!」
「睦月……」
ウッディの説得に応じず、睦月は罵声を浴びせながら立ち去って行った。
「睦月――っ!」
慌て追おうとするアレイスの肩を掴み、ウッディは目を細めた。父親としての悲しい表情で。
「アレイス……無駄だ……そっと、しておいてやれ」
「でも……」
「心配ない。アイツは強い。俺の子だからな……さぁ、行こう。イシュケルが港街にいる。そこへ向かう途中に睦月も帰ってくるさ。それと、ミネルヴァって言ったっけ?」
「はい……」
「港街には恐らく多くの人が生活している。そこで生活の基盤を築くんだ」
「はい……」
ミネルヴァもまたウッディの迫力に圧倒され、ノーとは言えなかった。
◇◇◇◇◇◇
――一方、イシュケルサイド。
ここは漁業が盛んな港街だ。
“港街”と呼ばれるだけで、街自体の名前はない。それは、現在になっても同じことだ。
漁業が盛んではあったが、空が漆黒の闇に包まれてからは、海は荒れ狂い船を出すことも出来ず、人々は困り果てていた。
当然、市場に魚が並ぶことはなく、限られた保存食と木の実を食べ、人々は生活をしていた。
そんな港街で、イシュケルは一晩を過ごしていた。
「ここには、来ていないか……」
昨晩のうちに、しらみ潰しに港街に聞き込みをしたが、成果が得られず宿をとったのである。
「しかし、この荒れ果てた海……あまり良い予感はしないな……」
荒れ狂う海を眺めたが、特に探求せず港街を後にした。向かうは、ウッディと約束した二手に別れた場所。
イシュケルは何の躊躇いもなく、その場所に突き進んだ。何の収穫も得られぬまま、戻るのは心苦しかったのだが。
――そして、遂に……。
イシュケルの遥か前方に、三人の姿が見えて来た。恐らく、ウッディとアレイスと睦月だろう。イシュケルは、そう確信していた。
「お~い、イシュケル! アレイスがいたぞ!」
明るく手を振るウッディ。その後ろに申し訳なさそうにするアレイスがいた。
――そして……。
睦月だと思われた少女は、見慣れない見知らぬ少女がだった。
すかさずイシュケルはウッディに問い質した。
「睦月は、どうした?」
その問いにウッディは飄々と答える。
「いじけてどっかに行っちまった……。ま、そのうち出てくるさ」
「そうか……」
イシュケルはしっかり者の睦月なら心配要るまいと思っていた。
そこへアレイスがようやく口を開いた。
「すみません、父上……。このようなことになってしまって……」
「まぁ、良い。してしまったことは仕方がない。私とて暇ではないのだ。睦月を見つけ次第帰るぞ!」
「…………」
「なんだ? 不服……か?」
アレイスはあからさまに態度に表していた。今まで生きてきて、一度も反抗したことのないアレイスにとって、初めての抵抗であった。
「父上……僕はまだ帰れません……やらなきゃいけないことがあるんです」
アレイスは胸のうちを初めて明かした。それが父に抵抗することだとしても。
「なんだと?」
「この子の……ミネルヴァの故郷を救いたいのです」
真っ直ぐな姿勢で、自分の意見を述べた。
ウッディはというと、“これは一波乱あるぞ”と、ミネルヴァと共に二人から距離を取った。
「貴様、正気か? 理由はどうあれ、歴史を変えることは許されない……」
「でも……僕は、あの街を……シルキーベールの街を救いたい!」
「アレイス、貴様! 私の言うことが、聞けないのか! それでも魔王の子か――!」
怒号したイシュケルは、遺憾の意を露にした。
「僕は……僕は魔王の子であり、勇者の子だ――っ!」
アレイスも負けじとイシュケルに楯突く。
「貴様――っ! こうなったら我が子とて容赦はせん。アレイスよ、剣を取れ! しっかりと魔王としての自覚をその身に刻みあげてやるぞ!」
ウッディが止める間もなく、イシュケルは剣先をアレイスに向けた。
「わかりました……剣を交えて、この思い届くのならば……」
アレイスも鞘から剣を抜き、イシュケルに剣先を向ける。
二人の間に、生暖かい空気が流れ込む。
そして、己のプライドを賭けた死闘が今始まろうとしていた。
剣を構えたまま、視線を反らすことのない二人。高鳴る胸を抑える為に、呼吸を整える。
「ウッディよ、この勝負手出しは無用だ。もし、どちらかが命を落とせば、それはそれだけの器だったと言うことだ……」
「わ、わかった」
ウッディはイシュケルの気迫に負け、何も言い返せなかった。近付くことさえままならぬ程の、気迫である。
「アレイスよ、覚悟はいいな?」
「はい、父上」
アレイスはこんな状況下でもワクワクしていた。話には聞いたことがあるが、父の本気の剣術を見たことがなかったからだ。
イシュケルは剣を構えたまま、迎撃体制を取る。それは息子にかかってこいと言っているかのようだった。
アレイスはそれに答えるように、イシュケルに向け駆け出す。
可憐で芸術的な剣捌きで、胸元を斬り付ける。痛手を負いながらも、イシュケルはそれを押し返す。
アレイスは一旦間合いを取り、体勢を整える。
目にも止まらぬ速さで、ウッディには何が起きているのかさえわからなかった。
まさに、段違いの攻防である。
「思っていたより、出来るようだな。私の言い付け通り、剣術の訓練は怠っていなかったのだな」
一瞬空いた間に、笑みを浮かべながらイシュケルは言う。まるで、息子の成長を喜ぶかのように。
「私はお前を見くびっていたようだ。ならば、これならどうだ?」
イシュケルはパワータイプにチェンジし、今度は自分からアレイスに駆け出した。アレイスもまた、未完成ながらパワータイプにチェンジする。
その途端、イシュケルの表情は凍った。
「アレイス、お前いつの間に……」
剣術は教えていたものの、教えていないタイプチェンジを意図も簡単に成せたアレイスに驚いたのだ。
「父上、覚悟!」
イシュケルのロングソードと、アレイスの嘆きの剣が、火花を散らし金属音を響かせる。
二つの剣は重なり合い、鍔迫り合いが始まる。軽い金属音がやがて鈍い音に変わり、その接点が熱を帯び始めた。
「くっ……ここまで、やるとは……」
「父上こそ……」
イシュケルは歯を食い縛り、我が子に押されようとしている自分に気が付いた。
――くっ、この私が押されている? そんなことは魔王として、父親として絶対に許されぬこと。
イシュケルは次第に、焦りを感じ始めていた。
一方、アレイスは、
――父上……何故、本気を出してこないのだろう……まさか、僕に遠慮して。
アレイスは父親を越えていることに気付かず、イシュケルの罠か何かと思い込み様子を伺っていた。
長い鍔迫り合いで、負荷が掛かったイシュケルのロングソードが根元から折れた。
「し、しまった!」
すかさずイシュケルは折れたロングソードを投げ捨て、左手の爪を尖らせ応戦する。
しかし、それを見過ごすアレイスではなく、大魔王イシュケルの象徴とも言うべきその左手に鋭く生える爪を根こそぎ刈り取った。
「父上、覚悟!」
その次の瞬間には、イシュケルの喉元に剣先が向けられていた。
「み、見事だ……」
「父上、では――認めて下さるのですね?」
アレイスは目を輝かせて言った。それは父イシュケルに勝ったことよりも、シルキーベールを――この世界を救いたい――そんな気持ちから来るものだった。
身体に付いた埃を払うイシュケル。
アレイスはイシュケルの答えをじっと待った。
 




