伝承されていく力
「助けてくれ~!」
ゴブリン達は容赦なく村人達を襲っていた。
「今、助けるぞ!」
アレイスは駆け出しながら鞘から剣を抜いた。
「睦月! そっちは任せた」
「オッケー! やってみるわ」
睦月もアレイスに続くように、鞘から剣を抜き剣を構えた。
ゴブリン達は、二手に別れアレイスと睦月に狙いを定める。
「雑魚が、かかってこい!」
「お前だな? 俺達の仲間を殺したのは!」
「だとしたら?」
アレイスは不敵な笑みを浮かべると、鬼神の如くゴブリン達を斬り倒す。ゴブリンも鋭い爪でアレイスを襲うが、アレイスはミリ単位でそれらを躱し戦闘を楽しんだ。
「こ、こいつ化け物か?」
「ある意味化け物かもな。何せ、魔王と勇者の子だからな」
「何を意味のわからぬことを……」
「意味などわからなくていい。どうせお前達は屍を晒すのだからな。さぁ、お遊びはここまでだ」
アレイスは力を解放し剣を翳す。
本人は気付いていなかったが、パワータイプにチェンジしていたのだ。
――父親譲りの銀髪が赤に変化した。
イシュケルとの剣術の訓練の際は、タイプチェンジはしたことがなかった。イシュケルはアレイスにはまだ早いと判断し、教えていなかったのだ。しかし、アレイスは父のタイプチェンジをたった一度見ただけで、その術すべを身体に刻んでいた。
――あれほどイシュケルが苦労したタイプチェンジを、意図も簡単に習得するとは。
嘆きの剣はアレイスの実力に感服した。
戦意を失ったゴブリン達を、アレイスは容赦なく叩き斬っていった。その姿は魔王に勝るとも劣らない。前回の戦闘に続き、今回もあっという間の出来事だった。
「ありがとうございます」
「うむ……」
村人達はアレイスの圧倒的実力に感謝し、頭を下げた。
一方の睦月はというと、ゴブリン相手に攻め倦ねいていた。
「うう……」
剣を持つ手が極端に震え、後退りする。
「睦月! 何をしている。今やらなきゃ、僕達がやられるんだぞ!」
「わかってる、わかってるけど……」
睦月は実力はあったものの、あまりに優しすぎた所為で、敵でさえ斬るのを躊躇していた。
「何だ? こいつ。大したことなさそうだな?」
「束になって、やっちまおうぜ!」
ゴブリン達は睦月を取り囲み、一斉に襲い掛かった。
何体ものゴブリンが折り重なり、睦月の姿は見えなくなった。
「睦月――っ! 立て! やるんだ」
ゴブリン達の折り重なった山が、ピクピクと蠢く。
「いや~! 私だって……」
ゴブリン達の山は崩れ落ち、睦月は立ち上がった。
「睦月……それでいい」
アレイスは睦月の奮起した姿を見て、救出に向かうのをやめた。
「さて、睦月。その力を僕にも見せてくれ」
アレイスは剣を鞘に納め、腕組をした。
「火炎剣!」
睦月は無詠唱で火炎魔法を唱え、直ぐ様、流白銀剣にそれを移行した。炎の属性を纏った剣は、深紅に染まり瞬く間にゴブリン達を焼き払いながら斬り裂いた。
有能な賢者でさえ何年もの修行で習得する魔法剣を、既に睦月は習得していたのだ。しかも、無詠唱でである。
これにはさすがのアレイスも、度肝を抜かれ言葉を失った。
二人の勇猛果敢な働きにより、レインチェリーの村は何事もなかったかのように、平静を取り戻した。
アレイスは睦月に駆け寄り、肩をポンと叩いた。
「見事だったよ」
「うん、怖かったけど、私にもやれることがわかったよ」
ゴブリン達を退治した二人に、村人が集まって来る。
「ありがとうございます。お強いのですね」
アレイスは照れながら笑顔を返した。
その村人達の輪を縫いながら、長老とベリーが姿を現す。
「見事じゃった。お主達の働き、しかと見届けさせてもらった。村を代表して、礼を申し上げる。ありがとう」
深々と頭を下げる長老に、睦月は言う。
「長老さん、顔を上げて下さい。私達は、自分達がやれることをやっただけです」
「何と……ありがたい」
そんな和やかな雰囲気の中、アレイスの腹は“ぐぅぅ”と、空腹を知らせた。
「長老さん、礼はいいから何か食わせてくれないかな? 腹が減って……」
アレイスは正直に、空腹だと言う事を伝えた。
「容易いことですじゃ。サンディ、サンディ?」
「はい、長老様」
「この者達に何か食わしてやってくれ」
「かしこまりました」
再度、アレイス達は長老の家に戻り、キッチンにあるテーブルの前に腰を降ろした。
サンディは手際よく肉料理とスープを調理し、テーブルへ並べる。
「お口に合うかわかりませんが、お召し上がり下さい」
「それじゃ、遠慮なく。いただきます」
「いただきま~す」
アレイスと睦月は、遠慮なく食事を口にした。こんがりと焼き上がった肉料理に、温かいスープ。少々薄味だが、久しぶりの料理に満足していた。
「今頃、父上達……僕達を心配して、探しているよな……」
「確かに……急に姿を消しちゃった形になったからね」
アレイスと睦月は、父や母のことを思い出していた。二人共強がってはいたが、まだ十五歳である。
温かいスープが、そんな二人の心を暖めた。
「腹は満たされましたかな?」
「長老さん……はい、ありがとうございます」
「今日はもう遅い。あいにくこの村には宿がなくてな。ここに泊まっていくがええ」
「ありがとうございます」
長老の計らいで、二人は泊めてもらえることになった。これから先の不安を抱えながらも、眠りに就いた。
――翌日。
朝だというのに、やはり空は漆黒に包まれたままだった。
旅立つアレイスと睦月の前に、長老を初め村人達が集まって来た。
「本当に行ってしまうんじゃな?」
「あぁ、すまない長老さん。元の世界に戻る手掛かりがない以上、この世界を見て回るしかないからな」
「うむ、わかった。ワシらはいつでも、待ってるぞ」
「ありがとう、長老さん。アレイス、行きましょう」
「あぁ。じゃあな、皆」
アレイス達がレインチェリーの村を離れても、村人はいつまでも二人を見守っていてくれた。
「いい人達だったね」
「あぁ。だが、僕達は元の世界に戻らなくちゃいけないんだ。わかるな? 睦月……」
アレイスの問いに睦月は黙って頷いた。
◇◇◇◇◇◇
一方その頃、イシュケル魔城。
アレイスの誕生日を祝おうとしていたイシュケル達は、アレイスと睦月がいないことに気付いた。
「よく、探せ!」
――う~む。アレイスの奴、何処へ行ったと言うのだ。
誕生パーティーの主役のいないイシュケル魔城は、ざわめきに包まれていた。
イシュケル夫妻も、ウッディ夫妻も苛立ちを隠せずにいた。
◇◇◇◇◇◇
――そして、再びアレイスサイド。
そんなこととは露知らず、アレイスと睦月は草原を越え、遥か東に見える鉱山へと向かっていた。
漆黒に包まれたこの世界では、太陽の日の入りで方角を把握することが出来なかった。そんなこともあり、二人は西へ進んでいるつもりであったが、東へ向かってしまったのである。
「元の世界と同じなら、この先に港街があるはずだよ」
「確かに。港街なら、人が集まるから情報を集め安いかもな」
ところが港街は見えてこず、逆に炭鉱所が見えてきた。それもそのはず、港街とは真逆に進んでいたからなのである。
「おかしいわね。確か、港街があるはずなのに……方角を間違えたかな……」
「仕方ないさ。とりあえず、あの炭鉱所で聞いてみよう」
偶然見つけた炭鉱所に、アレイス達は足を運んだ。
炭鉱所は思っていたほど活気がなく、油にまみれ痩せこけた男達が魂を抜かれたように無言で働いていた。その間に紛れ込むように、ブロンドの髪の少女も働いていた。薄汚れた服で、靴さえ履いていない。まるで、奴隷のようだ。
目の前で“ドサッ”っと音を立てて、その少女が倒れ込む。すかさずアレイス達はその少女に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
アレイスはその少女を抱き抱え、そう問い掛けた。辛うじて意識はあったが、虚ろな目をしている。
「誰か、誰か? この子を……」
睦月はそう助けを呼んだが、男達は見て見ぬふりをして助けようともしない。
「どうなってんだよ……」
アレイスが怒号を上げると、この場には似つかわしくない、小綺麗なタキシードを纏った紳士が現れた。
「おやおや、何を眠っているのです。目を開けなさい!」
その紳士は抱えるアレイスから少女を奪いあげると、凄まじい勢いで鞭を振るった。
「キャァァ……」
「目が覚めましたか? ミネルヴァ」
「申し訳ありません、ダグラス様」
「よろしい、作業に戻りなさい!」
その光景を目の当たりにしたアレイスはそれを放っておくはずもなく、そのダグラスと言う男に食って掛かった。
「理由は知らないけど、やり過ぎじゃないのか?」
「ほう、まだこんなに血の気の多い人間がいましたか? よろしい……そんな口が利けなくなるようにしてあげましょう。さぁ、相手になりますよ」
ダグラスはキリッと襟を正した。




