行け! アダマンタイマイよ
「お帰りなさいませ。どうやら、三タイプを極めになったようですな? このマデュラ嬉しく思います。それより、イシュケル様。勇者どもが伝説の防具を集めているらしいのです……」
戻って来るや否や、マデュラは深刻そうな面持ちでイシュケルにそう話した。
「マデュラよ、勇者どもに伝説の防具を集められるとマズいのか?」
「我々魔王軍に取っては脅威です。聖なる属性が付いている上、ずば抜けた破壊力。過去にその武具の所為で我々魔王軍は惨敗を喫したのです」
「よし、俺に任せろ! その勇者って奴を倒してみせよう」
「お待ち下さい。三タイプを極めたとは言え、今のイシュケル様では到底無理です」
「それじゃ、指を加えて見ていろと言うのか?」
声を荒げるイシュケルの前に、マデュラは薄気味悪い石を差し出した。
「聞いて下さい、イシュケル様。この石は黒龍石と申しまして、ワンランク上のモンスターを産み出せる道具です。これを使って魔界ゲートから新たなモンスターを呼び寄せるのです。」
イシュケルは黒龍石を受け取ると、漆黒のマントを翻した。
「やってみるか……むん」
イシュケルは黒龍石を掲げ、魔界ゲートに向かって祈りを捧げた。すると、轟音とともにイシュケルの背丈より倍はあるであろうモンスターが現れた。それと同時に、黒龍石は音もなく崩れ落ちた。どうやら、モンスター一体につき、一個の消耗アイテムらしい。
「イシュケル様、素晴らしいですぞ。こいつはアダマンタイマイといって、スピードこそないものの優れた防御力があります」
「ほう、それは凄い。やってくれるか? アダマンタイマイ」
「ギャォォォン」
「いい返事だ」
「勇者どもは、最初の武具があるキラーナの塔に向かっているようです。早速キラーナの塔にアダマンタイマイを転送します」
「マデュラ、宜しく頼む」
マデュラが強く念じると、あれほどの巨体を持つアダマンタイマイが一瞬にして姿を消した。イシュケルはそれを見届けると、趣味の悪い装飾が施された王座に腰を落ち着けた。
一方マデュラは一仕事終えると不気味な壺に、薬草やら、獣の肉やらを放り込みグツグツと煮込み始めた。やがて辺り一面に、鼻のつく匂いが立ち込めた。
「出来ました。お飲み下さい」
マデュラが差し出したそれは、お世辞にも旨そうとは言えない代物だった。
「何だ、これは?」
「これは我が魔王軍に古より伝わりし、薬草スープです。飲めばみるみる傷は塞がり、力が出ます。見た所、先の訓練で結構なダメージを受けている様子だったので」
「そう言えば、俺は深い傷を負ったはず……」
「恐らくその漆黒のマントのお陰です。そのマントには自然治癒を促す魔法が施されているのです。大抵の傷は回復できますが、それほどの傷ならばこのスープの方が効果的です。さぁ、スープを」
分かってはいても、イシュケルには抵抗があった。とろみがあり、紫色で、おまけに生ごみのような異臭。
「さぁ……早く」
「わかったから、離れてくれ」
イシュケルは薬草スープを飲めずにいた。
◇◇◇◇◇◇
――一方勇者サイド
「しかし、高けぇ塔だな。すげぇ眺めだぜっ」
「ウッディ、油断しないで。まだ伝説の防具を手に入れたワケじゃないんだから」
辺り一面の地理を一望出来るほど、高く聳え立つキラーナの塔。誰が何の目的で、建造したのかは謎である。
しかし、噂が本当ならここに武具があるはず。イセリナとウッディは確実に、塔の天辺に向かっていた。
「どうやら、天辺のようね」
「ギャォォォン」
「イセリナ! 離れろ、アダマンタイマイだ。何故こんな所に……」
「サンキュー、ウッディ。私の方こそ油断していたわ。行くわよ」
アダマンタイマイはイセリナ達が身構える前に、その巨体を活かしのし掛かった。素早さが劣るアダマンタイマイだったが、気配を感じとる能力は秀でていたために成せる先制攻撃だ。
不意打ちを喰らったイセリナ達は、動揺し武具を放り出してしまった。ここまではアダマンタイマイの優勢である。
アダマンタイマイは更に追い討ちを掛けるように、鋭い爪をイセリナに放った。丸腰のイセリナは、鎧を掠めながらもバックステップで回避した。
「イセリナ! 俺がこいつを引き付けている間に、剣と盾を取りに行くんだ」
ウッディはそうイセリナに呼び掛けると、詠唱の態勢に入った。
「わかったわ、ウッディ」
ウッディは軽い男だが、いざとなると頼りになるとイセリナは思った。
「アダマンタイマイ、待たせたな。ウッディ様の吹雪の魔法を喰らいな!」
ウッディの放った吹雪の魔法は、キラキラと輝きながらアダマンタイマイを包み込む。冷気に弱いアダマンタイマイは、もがき苦しみ元々ない素早さが格段に落ちた。
「今だ! イセリナーっ」
ウッディの合図を受けるとイセリナは、軽やかなステップで剣と盾を取り戻した。
「サンキュー、ウッディ」
体勢を整えたイセリナは、吹雪に包まれたアダマンタイマイを斬り付けた。しかし、強固なアダマンタイマイの甲はそれを受け付けず、イセリナの剣を弾き返した。
「何……」
百戦錬磨のイセリナに取って、初めての屈辱だった。
「私の剣が効かない」
「慌てるな、イセリナ! 甲じゃない腸を狙うんだ」
ウッディのアドバイスを受け、冷静さを取り戻したイセリナは次の攻撃を伺う。しかし、アダマンタイマイも負けてはいない。
吹雪から立ち直ると、直ぐ様攻撃を仕掛けてきた。それを待っていたかのように、ウッディが吹雪の魔法を放つ。
それを見届けたイセリナは、動きの鈍ったアダマンタイマイの足元をすくい投げ、腸目掛け渾身の一撃を放った。
「ぐぁぁぁ……」
キラーナの塔に、アダマンタイマイの断末魔が響き渡る。
「鈍いクセに、手こずらせやがって……」
ウッディの一言で、二人に笑みが戻った。
「ウッディ、行きましょう。伝説の防具があるとしたら、この先よ」
「りょ~かい」
地上を見渡せるその祭壇の先に、何やら一際異彩を放つ武具が奉られている。
「イセリナ、やったぞ。伝説の兜だ。噂は本当だったんだ。早く装備してみろよ。イセリナなら装備出来るはずだ」
イセリナがその兜を手にすると、眩い光を放った。
「やったわ。装備出来たわ」
「やったな! イセリナ。残りの武具も早いとこ見つけに行こうぜ」
「うん」
◇◇◇◇◇◇
――一方魔王サイド
「イシュケル様……残念ながらアダマンタイマイは力尽き、勇者どもに伝説の兜が行き渡ったようです」
「何! 本当か? あれほどのモンスターを倒すとは……」
「イシュケル様、現状では我々の不利です。今一度、モンスター呼び起こすしかありません。しかし、もう黒龍石がないのです」
「黒龍石は何処にあるのだ? なければ、俺が取ってこよう」
「イシュケル様……黒龍石は人間界にしかないのです。今イシュケル様が人間界へ降りれば、勇者に殺られてしまいます」
「何か方法はないのか?」
「ないことはないのですが、少々危険です」
「方法があるなら教えてくれ」
「魔力を封印し、人間として人間界に降り立つのです」
「方法があるなら、やってみよう」
「そこまでおっしゃるのなら、お願いします。但し、勇者と接触しないよう気を付けて下さい。もし、正体がバレでもしたらイシュケル様に勝ち目はありません」
「わかった。気を付けるとしよう」
劣勢を覆す為に必要な黒龍石を求め、イシュケルは人間界へ降り立つことになった。