真の強さと、優しさと
イシュケルは額を流れる血を拭いながら懸命に何度も立ち上がる。ウッディが回復支援するも、まるで追い付かない。もはや、彼を奮い起たせるものは、気力だけしかなかった。
「ま、まだか……イセリナよ」
遠退くイシュケルの意識……。イセリナの伝説の剣は輝きを増し、ようやく精神と同調し期は熟した。
「イシュケル……行けそうです」
イセリナは真紅のオーラに包まれ、力を開放すると、真・天地壮烈斬の構えに入る。
「イセリナ……」
「イセちゃん!」
「イセリナ~!」
「お姉ちゃん!」
――皆の声が一つになる。
「イセリナ、参ります。真・天地壮烈斬――っ!」
空気が振動し、大地を揺るがすほどの地響きを伴いながら、イセリナは一直線にジュラリスに向け放った。ジュラリスは避けるまもなく立ち尽くす。
何十にも残像する伝説の剣は、目にもとまらぬ速さで頑強な鱗を引き裂き、ジュラリスの腕を斬り捨てながら、尚も何度も斬り付け壁際に押し込んだ。
「ハァ……ハァ……」
イセリナは呼吸を乱しながら、間合いを取る。
「やった……のか?」
壁際に寄りかかりながら崩れ落ち、ピクリとも動かないジュラリスを見てイシュケルはそう言い放った。
「わからないわ……でも、私は全力を尽くしました。これで、再び立ち上がれるとは到底思えないわ……」
息を整えながらイセリナは言う。
ウッディ達はジュラリスを一点に見つめるが、未だ動きはみられない。
「どうやら、殺ったみたいだな! スゲ~ぞ、イセリナ!」
ウッディと暁は、イセリナの活躍を称賛し駆け寄った。イシュケルもまた、喜びに満ち溢れイセリナに駆け寄る。
「よくやった……イセリナ」
「イシュケル……あなたが居なかったら、今頃どうなっていたことか……」
「何を言う……礼を言うのは、俺のほうだ……。ジュラリスを倒せたのは、イセリナ……お前の強さだ」
イシュケルとイセリナは、お互いを讃え合い強く抱き締めあった。
「お二人さん、お熱いね~。さ~て、こんなカビ臭い所にもう用はない。とっとと帰ろうぜ」
ウッディは、はしゃぎながらそう言った。
刹那――。
「何処へ帰ると言うのだ?」
「決まってんだろ? 俺たちの……世界……ぐはっ!」
何者かの問いに答えると、一筋の閃光がウッディの身体を突き抜ける。視線の先に目をやると、倒したはずのジュラリスがその巨体を起こしていた。
「ウッディ! 大丈夫か? まさか……あれほどの攻撃を喰らいながら……生きているとは」
イシュケル達は突然のことに、現実を把握出来ないでいた。ウッディは起き上がれず虫の息だ。
「つまらん茶番劇は終わりだ! ハァァァ……」
ジュラリスは両腕を再生し、続けて暁に向け閃光を放った。暁も避ける間もなく、閃光に貫かれその場に倒れた。
ジュラリスはようやく立ち上がり衝撃波を放つと、牢獄の天井を破壊した。崩れ落ちた天井からは、僅かにクレセント(三日月)の明かりが漏れる。
「くっ、暁までも……。こいつは化け物か……」
イシュケルは思わず後退りした。
「イシュケル、私達だけで殺るしかないわね」
「あぁ……期待しているぞ、イセリナ!」
戦いは仕切り直しされ、イシュケルとイセリナは再び剣を構え直した。
「イセリナよ、恐いか?」
「正直、恐いわ。でも、大丈夫……イシュケル、あなたがいるから……」
「フッ……戯れ言を。イセリナよ、必ず生きて帰るぞ!」
「えぇ……」
イシュケルとイセリナは互いの意思を確認し合うと、すかさずジュラリスに駆け込んだ。ほとんど体力も残っていないのにも拘わらず、二人は攻撃の手を休めない。滲んだ血が鎧を真紅に染め上げていく。
「貴様ら、ここから生きて帰れると思うなよ!」
ジュラリスは灼熱の炎を撒き散らしながら、鋭い爪を所構わず乱雑に放つ。その攻撃の一つがイセリナを直撃し、引き裂かれた鎧から露になった皮膚を抉る。
「キャァァ……」
ポタポタと血は流れ落ちるが、ウッディが瀕死の今、回復の手立てがない。
「貴様――っ!」
覚束ない足取りでイシュケルは力を振り絞り、ジュラリスを斬りつける。
相当なダメージを与えている筈だが、ジュラリスは倒れようとしない。
むしろ、徐々に回復傾向にあった。
「イシュケル……私……絶対に諦めないわ」
痛々しい姿のイセリナは、イシュケルにそう言った。その姿を見ていたサハンは言う。
「もうやめて……皆が傷付くのを見ていられないよ!」
そう言うと、天井から漏れたクレセント(三日月)の光が、サハンを妖しく包み込む。
「こ、これは。この力は? なんだろう……凄く暖かくて、懐かしい感じがする…………そうだ、この力を、僕の力を受け取って! これが今僕に出来ること……」
サハンは両手を広げ眩い光を放つと、光はイシュケルとイセリナに吸収されていく。
「な、なんだこの力は?」
「凄いわ、力がみなぎってくる……」
イシュケルとイセリナの傷口はみるみる塞がり、想像もつかない力が溢れていった。
「いける、いけるぞ! イセリナ、もう一度、真・天地壮烈斬だ。俺の魔斬鉄と融合するのだ!」
「わかったわ。この一撃に全てを賭ける!」
イセリナはジュラリスの前に立ちはだかり、イシュケルはジュラリスの後方を狙う。
「ちょこまかと……くたばりぞこないが!」
ジュラリスは余裕を見せ様子を伺う。
「今だ! イセリナ! ジュラリスよ! これで最後だ!」
「真・天地壮烈魔斬鉄――っ!」
イシュケルとイセリナは声を合わせそう叫んだ。
今、善と悪の刃が一つになる――。
イセリナの伝説の剣は更に残像と破壊力が増し、イシュケルの嘆きの剣は鋭さを増した。
ジュラリスの肉片は無惨に飛び散り、上半身と下半身に別れた。
「ぐぁぁぁ……無念……」
ジュラリスは断末魔を上げながら息絶えた。
「ふう……今度こそやったみたいね……イシュケル、ありがとう……」
しかし、イシュケルは呆然と立ち尽くし返事をしない。
「イシュケル? イシュケル! どうしたの?」
「…………今すぐ……そいつらを……連れて、ここを離れろ!」
イシュケルの目は漆黒に染まり、明らかに様子がおかしい。
「イシュケル! ねぇ、どうしたというの?」
「俺の言う事が聞けないのか!」
イセリナは急変するイシュケルに驚きを隠せない。
「…………イセリナよ、すまない。どうやら、ジュラリスが俺に放った技が、体内で邪悪な心を引き出しているようだ……俺に意識があるうちに……早く!」
「……出来ないわ! そんなこと。だって、あなたは大切な仲間。そして、私はあなたを愛している……」
「……イセリナ。俺もお前を愛している……。だからこそ……は、早くしろ!…………う、……うぐぁ……」
イシュケルは鋭い眼光を見せ、イセリナを睨み付ける。途端に、イシュケルはイセリナ目掛け剣を振り抜く。もう、イシュケルに芽生えた良心はなく、魔王としての邪悪な心だけになっていた。
イセリナはイシュケルの攻撃を受け止めるだけで、反撃しようとはしない。
「二人共やめてよ……ねぇ……」
サハンの悲痛な叫び声は二人には届かない……。
「イシュケル……目を覚まして……本当のあなたは、優しくて……思いやりがあって……」
「ぬかせ! イセリナ……俺は冷酷、冷血……破壊こそが、全て……」
イシュケルは完全に悪に洗脳され、イセリナを無惨に斬りつける。
「お姉ちゃん……」
サハンはただ見守ることしか出来ず、涙を流した。
「破壊こそ……悪こそ、この世で一番美しい……」
「違うわ! 友を思いやり、正義こそが真の強さよ……」
イセリナは初めてイシュケルの攻撃を弾き返した。すると、イシュケルは攻撃をやめた。僅かに残っているだろう良心と、彼もまた戦っているのだろう。
「…………正義……か」
「ええ、そうよ」
イシュケルはイセリナの言葉に反応すると、頭を抱えもがき苦しみ始めた。
「うぉぉぉ……俺は一体何者なんだ――っ!」
イシュケルは怒号に似た叫び声を上げると、再びイセリナを斬り付けた。
そして、剣先はイセリナの喉元を向けられた。
「いいわ。あなたに殺されるなら……」
イセリナは全てを受け止め、瞳を閉じ涙を流した。
「イセリナよ……何故泣く」
「……あなたを助けられない自分が、情けなくて……」
イシュケルは何も言わず、剣を鞘に収めた。イセリナも剣を鞘に収める。
「イシュケル……あなたを愛している」
イセリナはイシュケルを強く抱き締め、濃厚な口付けをした。
「…………俺は、一体……」
「イシュケル、正気に戻ったのね?」
イセリナのイシュケルを思う愛の力が、邪悪な心を浄化し正気に戻した。
「イセリナ……すまない。また、お前に助けられたようだ……」
「いいの。あなたが、生きていてくれれば……」
イシュケルとイセリナは見つめ合い再び抱き締め合った。
「見てらんないよ~」
サハンは赤面させながら、ウッディと暁の介抱をした。
「さぁ、帰ろう! 俺達の世界へ」
クレセント(三日月)を望む天井から、黒龍が駆け付ける。
「黒龍よ、頼んだぞ」
「ギャォォォン」
黒龍は咆哮を上げると、イシュケル達を背に魔界ゲートに飛び立った。空から見下ろす忌々しいガルラ牢獄は、音もなく崩れ去った。
人間界へ戻ると、何事もなかったかのように街は賑わいを見せる。
ここに世界を救った勇者と魔王がいるとも知らず……。
◇◇◇◇◇◇
――それから数年の月日が経った。
かつて不可能と言われていた人間界と魔界は共存し合い、人間とモンスターは仲良く暮らしていた。
イシュケルは魔界を治め、この”ドラゴンの牙”の中で生きていくことを選んだ。もう、現実の世界に未練はない……佐久間 実太という人間は死んだのだ。
――イシュケルの横にはイセリナ。
――もうすぐ、新たな命が芽生えようとしている。
例えこれから先、再び悪が蔓延ろうとも、勇者と魔王の間に生まれた子孫が、討ち滅ぼしてくれるであろう。
「いよいよ、来月だな……」
「はい……」
「名前を考えておかなくてはな……」
イシュケルとイセリナは互いを見つめ合い、出逢えた奇跡と新たな命の誕生を噛み締めていた。




