懐かしさと共に得るもの
イシュケル達は更に奥へと進む。奥へと進むごとにクレセント(三日月)の光は乏しくなり、視界は更に悪くなる。そして、目の前に錆び付いた扉が現れた。
苔と湿度に満たされたドアノブを捻ると、比較的広い部屋に出る。
松明に照らされ、この部屋だけは視界を確保できた。周りを見渡すと、多数の屍しかばねと共に、巨大なギロチン台が目に入る。どうやら、ここは処刑所らしい。
誰もが目を反らし、いち早くここを脱け出したいと願っていると、何者かがイシュケル達を呼び止める。今までと違って何処が懐かしい感じだが、気配がまるでない。
イシュケルが声のする方に近寄ると、ふわふわと煙のような物が舞い降りた。
「イシュケル、久しぶりだな」
「あ、あんたはラック! どうしてここに?」
「お前達に……いや、イセリナとイシュケルに最後の試練を与える為に、異界より参った」
イセリナはラックとは初対面だったが、それが“伝説の勇者ラック”だと肌で感じていた。
「どわ! いてて。着地失敗だ……お、揃ってんな?」
ラックより一足遅れて聞き覚えのあるダミ声が響き渡る。
「ド、ドーガ!」
イシュケルはその名を叫んだ。
「よぉ! 久し振りだな? 元気にしてたか?」
懐かしいその声に、一同言葉を失った。
「今日はお前たちに用があって、ラックと一緒に異界から来てやったぜ。イセリナ! これが何だかわかるか?」
ドーガは背中から黄金に輝く剣を取り出した。
「そ、それは!」
「そう、これが最後の武具……伝説の剣だ。おっと、ただではやれないぜ。欲しけりゃ、ワシとラックを倒すんだな! 尤も、ワシらに負けるようではジュラリスなんて、夢のまた夢だがな。ガハハハ」
懐かしいドーガの笑い声。それを打ち消す程にイセリナは真剣に言った。
「いいわ。相手になりましょう」
イセリナがそう述べると、ラックもまた口を開いた。
「ならば、そちらはイセリナとイシュケルのタッグでかかってこい。こちらも我ら二人でいく。いいな?」
「わかったわ」
「ガハハハ、面白くなってきたわい」
ドーガは大斧を抱え、ラックは剣を構えた。イセリナとイシュケルも同時に剣を構える。
ウッディ達は見物客のように離れて観戦することにした。
――全員に緊張が走る。
「おりゃゃゃ!」
まず始めに動きを見せたのは、意外にも一番素早さのないドーガだった。相変わらず年期の入ったブーツをカツカツ言わせ、ガチャガチャと斧を振り回す。この隙だらけのドーガの攻撃は、イセリナ達を油断させる為の作戦だった。
しかし、そんなことはお見通しだ。追撃してくるであろうラックを警戒して、イセリナとイシュケルは体勢を整えそれを阻止した。
「お前ら腕を上げたな? こんな子供騙しの作戦じゃ通用しないって訳か?」
一呼吸置くとドーガはそう言った。
それに対しイシュケルはこう返した。
「当たり前だ。俺達は日々進化している。それが、“生きている”ということだ……」
「お前……サラッと毒吐くなよ。よ~し、わかった。死人なりの力を見せてやろうぜ、ラック!」
「あぁ。お前ら、覚悟しろよ!」
再び互いに間合いを取り構え直す。
――これからが本当の戦い……。
――伝説の勇者達の力……。
イシュケルとイセリナは、これから始まる戦いに胸を踊らせた。
イシュケルはラック達から視線を反らさず、イセリナに作戦を告げた。
「スピードは俺達に軍配がある。まずは、ドーガの馬鹿力を封じたい。俺がドーガを足止めしているうちに、ドーガに威嚇しつつ、ラックを相手して欲しい。出来るか?」
「やってみなきゃ、わからないわ」
「やってもらわなくては、困る」
「そうね。それしかなさそうね」
イセリナは決断が固まると剣を強く握りしめた。
「ドーガよ、俺が相手だ!」
イシュケルはスピードタイプに素早くチェンジし、ドーガへ向けダッシュする。
「望むところだぁ!」
ドーガもまた駆け出し、斧を振り上げる。剣と斧が火花を散らす横から、すかさずイセリナがドーガを斬り掛かる。
そんなイセリナを黙ってラックが見過ごす訳もなく、その横からラックがイセリナに斬り掛かる。イセリナは体勢を崩しながらもラックの攻撃を盾で防ぎ、ドーガも見事斬り付けた。
「ふっ」
イシュケルはイセリナの戦いぶりにほんの少し笑みを浮かべた後、ドーガの斧を押し返した。
よろめくドーガにイシュケルは左手で鋭い爪を繰り出しつつ、右手に持った嘆きの剣で斬り上げた。更に、イセリナもドーガの足元を狙い掬い上げる。
「野郎~!」
ドカッと、尻餅をついたドーガは血眼になり奮起した。だが、そんなドーガにラックは言う。
「諦めろ! ドーガ……お前の負けだ。どう頑張ってもお前の敵う相手じゃない」
「ちっ、ここまでかよ。お前ら、本当に強くなったな……」
ドーガはイシュケルとイセリナの顔を見て、満面の笑みを浮かべた。
「さて、ここからはイセリナ一人で私と手合わせ願いたい。初代勇者から受け継ぐ技を伝授しよう」
ラックは、以前イシュケルと戦った時に見せた技をイセリナに伝授しようと持ち掛けた。
そう、“天地壮烈斬”である。
「あの技は俺が以前打ち破った。ジュラリスに通用するとは到底思えん」
天地壮烈斬を打ち破ったイシュケルはそう言う。
「イシュケル、そう慌てるな。私とて歴代勇者の一人。いつまでも破れた技にしがみつく気はない。新たに習得した、真・天地壮烈斬を伝授しようと言うのだ」
「真・天地壮烈斬だと?」
「いかにも。以前のような隙はなく、圧倒的破壊力だ」
イシュケルの問いにラックはそう答えた。
「やってみます。私、やります」
「いい心掛けだ。だが、簡単にはいかないぞ。イセリナよ、私との戦いの中で、見て、肌で感じ取り、体に叩き込むのだ。わかったな?」
「えぇ。わかったわ」
「いい返事だ。ならば、早速行くぞ!」
ラックは低い姿勢から剣を構え、イセリナに剣先を向ける。命懸けの技の習得にイセリナは身震いした。
まずは小手調べと言わんばかりに、ラックはイセリナに剣を連打し叩き込む。イセリナも負けじと回避しながら押し返す。
「どうした? 逃げてばかりでは私を倒せんぞ」
尚も、ラックの激しい攻撃は続く。懸命にくらいついていくイセリナ。
「さすが、伝説の勇者……本気を出さないと無理のようですね」
「まだ、余力を残していたか。それは楽しみだ」
イセリナは全ての力を開放し、目にもとまらぬ速さでラックの剣を弾き返し鎧を引き裂いた。
「やるな! いよいよ見せる時が来たようだな。真・天地壮烈斬を」
ラックは深く息を吸い込み、疾風の如くイセリナに斬り掛かった。剣は残像を残し、何十本もの剣がイセリナを襲った。
イセリナは盾を急いで構えるが、一瞬の隙を見破られ斬り付けられながら吹き飛び壁に叩きつけられた。
「イセリナ――っ!」
堪らずイシュケルは声を上げる。ガラガラと崩れ落ちる壁の下敷きになり、イセリナの返事はない。
「これで立ち上がれぬようでは、それだけの器だったと言うことだ」
ラックは手加減なく、非情な振る舞いをした。




