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亡者の怨み

 血生臭い肉体を露出させ、半身を獣と化した生物。それはイシュケルが一度は苦楽を共にした人物……姿は変われど紛れもないマデュラだった。


「マ、マデュラ! 貴様、生きていたのか?」


 イシュケルは全身の血が引くのを感じながらそう叫んだ。


「おやおや……だいぶ驚かれているご様子。一度は死したが、ジュラリス様は寛大なお方。私の魂を拾い、命を下さった……イシュケル! このマデュラ、二度は負けませんぞ。覚悟!」


「小賢しい……戦いを舐めるなよ。生死の狭間を潜り抜けてきた俺に敵うと思うか? 再び三途の川に送ってやる……皆は下がっていてくれ。こいつは俺がやる」


 イシュケルがそう言うと、イセリナ達は後退した。

 マデュラはそれを見逃さず、後退するウッディに追撃しようとした。マデュラの獣と化した右手の鋭い爪が弧を描く。


「汚いマネを!」


 マデュラが攻撃をしようとしたその時、イシュケルはその爪を弾き飛ばした。


「くっ、腕を上げたな……」


「マデュラよ、お前の腕が落ちただけではないのか? フハハハっ!」


「己れ、言わせておけば……」


 マデュラは両手をイシュケルに向け、爆発性のある魔法を放った。突発的なこともあり、イシュケルは避ける間もなく漆黒のマントに身を包んだ。


「これしきの攻撃! マデュラよ、貴様にはがっかりさせられた。このような卑劣な攻撃しか出来ぬとは……」


 イシュケルはマントを翻し、マデュラを鋭く睨み付けた。鞘から嘆きの剣を抜き、そのまま血生臭い肉体を斬り裂く。腐敗した右腕は、血煙を上げながら放物線を描いた。


「ウギァァァ……ハァ、ハァ。コケにしおって。育てた恩を仇で返すとは……」


「礼は言おう。だがな、自惚れぬなよマデュラ。お前の方こそ、俺を裏切ったのだ。二度と舐めた口を聞くな!」


 イシュケルが更に攻撃を続けると、マデュラの左腕は宙を舞った。両腕を失ったマデュラは、何か気が狂ったように不敵な笑みを浮かべる。


「何がおかしい! お前に勝ち目はない筈だ!」


 マデュラは膝を付いた姿勢からヨロヨロと立ち上がり、イシュケルにこう言った。


「見事だ。お前には勝てん。だが、私とて魔族の端くれ……プライドはある」


 今にも倒れそうな歩みでイシュケル達の周りを徘徊する。イシュケルは視線を反らさず剣を構えたまま様子を伺った。

 やがて、歩みをやめたマデュラは言った。


「今の私に出来ることと言ったら、情けないがこのくらいだ……」


 それまでの足取りとは異なり、マデュラは突如サハンの前に立ちはだかった。


「死ね!」


 マデュラはそう言い添えると、けたたましい音を立てながら自爆した。


「しまった! サハン――っ!」


 城内の石壁が露になり、ゴツゴツとした石が転がり、砂埃が宙を舞う。


「サハン!」


 慌ててイセリナ達は落下した石をどかしサハンを救出した。


「……」


 イシュケルは何も言えず、呆然としてた。


「自らの強さに溺れ、またしても仲間を危険な目に合わせてしまった……」


 イシュケルは不甲斐なさに自らを責めた。


「いててて……大丈夫だよ。僕は生きているよ。僕だって、生死の狭間を生き抜いて来た戦士だからね。自分の身は自分で守るよ」


 その言葉を聞いて、イシュケルの中に引っ掛かっていた何が消えていった。


「誰も、責めないぜ。仲間だからな」


 ウッディはイシュケルの肩を撫でながら言った。


「さぁ、先に進もうぜ」


「ウッディ……サハン……ありがとう」


 イシュケルは心から初めて感謝の言葉を述べた。


 マデュラの自爆をきっかけに、イシュケルは“感謝”という強い感情を抱き始めていた。本来人間だったイシュケルが持ち合わせていた感情に違いはないのだが。


――ガルラ牢獄はひっそりと静まり返る。


 怖いくらいの静けさだ。密室とも言えるこの空間の先に、何が待ち受けているのだろうか?

 イシュケル達が先に進むと、錆び付いた鉄格子の向こうにおぞましい声を上げながら眼光を光らせる物体がいた。


 その物体は両手足に繋がれた鎖を引きずりながらにじり寄る。


「待て! ここを素通りするつもりか?」


 あばらから内臓が飛び出し掛けたその物体は言った。変わり果てた姿だが、その物体は紛れもなくアルザスだった。


 イシュケルは言う。


「貴様もか? 死に損ないが!」


「この怨み……晴らさずには死ねない……お前らを今度こそ葬ってやる」


 アルザスは鎖を引きちぎり、鉄格子を破壊した。


「ウォーミングアップは終わりだ。どいつから死にたい?」


 アルザスは飛び出た目玉をギラつかせ、イシュケル達に睨みを利かせる。


「イシュケル……こいつは俺にやらせてくれ」


 名乗りをあげたのはウッディだった。


「良かろう。ここはお前に任せた」


 イシュケルは後退し、腕組みをしながらその様子を伺う。不安そうな面持ちで、イセリナ達は立ち尽くす。そんな様子を見て、イシュケルは声を掛けた。


「ウッディなら大丈夫だ。仲間なら信じてやるんだ。男にはやらなきゃいけない時があるんだ。ただ単にウッディは今がその時だと言うことだ。サハンよ、お前も男なら、ウッディの生きざまをしかと胸に刻むんだな」


 イシュケルの言葉にイセリナ達は安心し頷いた。


 アルザスは大剣を構えイシュケル達を見据える。


「おっと、お前の相手はこの俺だ!」


「お前が相手だと? 冗談も甚だしい。お前ごときに、我が倒せるか?」


 ウッディはニヤリと白い歯を見せると、次から次へとあらゆる属性の魔法を繰り出した。


「くっ……少しは出来るようになったようだな?」


 あれほどの魔法を喰らいながらも、アルザスは涼しい顔をしている。だが、それはウッディも同じこと。 息一つ切らさず、ただ威嚇した程度の態度を見せる。


「次はこっちから行くぞ!」


 アルザスは肉片を引きずりながら、大剣を振り上げる。


「そんな隙だらけの攻撃……避けろと言っているようなもんだ」


 ウッディは軽い足取りで大剣を回避しながら、アルザスの懐ふところに魔法をぶちこむ。よろめいたアルザスに、ウッディは更に追撃をするかのように炎の魔法を撃ち込んだ。

 巨大な火の塊は、アルザスを火だるまにした。


「グォォォ、舐めるな!」


 火だるまになったアルザスは、危険を省みず全身で覆うようにウッディを襲った。


「頭の悪い奴だ。一度お前に苦戦した自分に腹がたつぜ!」


 ウッディは両足を踏ん張り、その場から動こうともしない。


「馬鹿な……避けようともしないのか?」


「馬鹿はお前だ」


 十分過ぎるほど詠唱に時間を取り、襲い掛かるアルザスに目が覚めるような魔法をぶちこむ。


「二度と、その汚い面を見せるな」


 一瞬何が起きたか分からないほどのスピード。瞬時にゼロ至近距離から、何十もの魔法を撃ち込んでいたのだ。火だるまになったアルザスは、断末魔をあげ黒い炭に変わっていった。


「ま、こんなところか? うっし、先に進もうぜ!」


 呆気に取られるイセリナ達を横目に、ウッディは笑顔でそう言った。

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