久し振りの再会
暁は意を決して巨人に立ち向かう。吹雪の中の戦闘は過酷で、槍を握るその手は軽い凍傷をおこしていた。
その遥か後方で、サハンは固唾を飲みながら祈るような気持ちで見守っている。
「僕にもっと力があれば……僕も戦うことができれば……こうなったのも、みんな僕の所為だ」
サハンは自暴自棄になり、とことん自分を責めた。それを察知した暁はサハンに言った。
「サハン、自分が悪いなんて思うなよ。最後に笑えればそれでいいじゃない。だから、僕は諦めないよ。僕の生きざまを見せるよ。しっかりと目を開けて、心に刻むんだ。わかったね?」
「うん」
サハンの返事を受け取ると、暁は再び巨人に攻撃を加える。一進一退の攻防は、果てしなく続いた。
平地で天候が良ければそこまで苦戦する相手ではなかったが、この悪条件、更には仲間のいないプレッシャーは暁に重くのし掛かっていた。
「くっ、しぶとい奴だ」
傷だらけになりながらも、息が切れようとも暁は何度も立ち向かう。しかし、そんな暁も体力が限界に迫っていた。
攻撃した後、着地した場所が氷結しており暁は転倒した。普段ならそんなミスをしない暁だったが、目が霞み始め足元がふらついた結果、最悪の事態を招いてしまったのだ。
巨人はここぞとばかりに拳を振り上げ、暁に狙いを定める。絶体絶命のピンチと思われたその時、暁の後方から吹雪を打ち消すほどの優しい光が差した。
巨人は目がくらみ、振り上げた拳を止めた。その隙に暁はバックステップで間合いを取る。
「今のは、何だ?」
暁が振り返ると、眩い光に包まれたサハンがいた。
「暁お姉ちゃん、こっちに来て両手を出して」
あの時のようにサハンは、両手を出してと暁に言った。さっきまでの雰囲気とは違うサハンに戸惑いながらも、暁は両手を預けた。
サハンの手は光輝き、その手を伝い暁までもが眩いオーラに包まれた。
「凄い……何だろうこの力。泉のように湧き出てくる……」
「ハァ……ハァ……良かった……僕も役に立てた……み……たい……」
サハンは力を使い果たし、降り積もった雪の上に倒れ気を失った。
「サハン、ありがとね……少し冷たいだろうけど待ってて」
暁は槍を構え直し、巨人に向け駆け出した。
「この一撃で決める! 閃光突き!」
巨人の繰り出したパンチをくぐり抜け、その名の通り一筋の閃光のように巨人の心臓を貫いた。
巨人はガラガラと崩れ落ち、ただの氷の塊になった。
「ふぅ……何とかなったか」
暁は安堵の表情を浮かべると、サハンに駆け寄った。
「サハン、しっかりろよ、目を覚ませよ。巨人は僕が倒したから……」
「ん~。暁お姉ちゃん?」
「何寝惚けてんの! 起きろよ」
サハンは気が付き、暁の活躍を称賛した。暁もサハンの力に感謝した。
「そうだ、イシュケルは?」
サハンの問いに暁は首を横に振った。
「サハン、大丈夫だよ。イシュケルは簡単には死なない。それに黒龍が後を追ったからきっと生きてるって。僕達は命のクリスタルを探そう」
本当はイシュケルを探したかったのだが、そんなことをしても彼は喜ばない。そう思った暁は、命のクリスタルを優先した。サハンもそれを理解し、暁の考えに同調した。
「よし、命のクリスタルを探そう」
暁が自らを鼓舞するからのようにそう言うと、吹雪はやみ、晴れ間がのぞき始め虹がかかった。
「虹だ! 綺麗~。あれ? もしかして、あれは。暁お姉ちゃん、来てよ」
サハンの指差す方向には、七色に輝く虹に照らされ、一際美しく反射する石が見えた。
「間違いない、これが命のクリスタルだよ」
「それじゃ、早速頂こう」
暁は槍でその石をかち割り、手のひら程の大きさの命のクリスタルを手に入れた。
「やった……やったぞ。これで……皆を生き返らせれる」
暁は命のクリスタルを抱き締めながら涙した。
暁とサハンは、命のクリスタルを抱えながら下山を試みた。
その途中、途中、イシュケルを探したが、イシュケルも黒龍も発見することは出来なかった。
諦めかけたその時、暁の耳は何かを捉えた。
「黒龍? 黒龍なのか? 僕はここだよ」
暫くすると、聞き覚えのある咆哮がこだまし、その姿も肉眼で捉えるとこが出来るようになった。
「黒龍――っ!」
暁が叫ぶと、黒龍は一直線に飛んできた。背中には気を失ったイシュケルがいた。
「イシュケル……良かった、生きていたんだ。黒龍が助けてくれたのか?」
「ギャォォォン」
黒龍は暁に返事をするかのように咆哮をあげた。
「黒龍……ありがとう。本当にありがとう。こんなに嬉しいことはないよ……」
暁は何度も黒龍の首に愛撫した。
「サハン、空中庭園に戻ろう。皆が待ってる」
「うん。そうだね」
暁とサハン、イシュケルを抱えながら、黒龍の背中に乗り込んだ。
「黒龍、頼んだよ」
黒龍は暁に反応すると一気に急上昇し、空中庭園へと向かった。そして、全身に風を受けながら希望を感じていた。
「おじいちゃん! 暁お姉ちゃんが、命のクリスタルを見付けたよ!」
サハンは真っ先に黒龍から降り、リードのもとへ駆け寄った。
「まさか、本当に命のクリスタルを手に入れるとは……大したもんじゃ」
「それはそうと、おじいちゃん。イシュケルさんをお願い」
「これは、いかん。早急に手当てをせねば」
リードは杖を振りかざし、イシュケルに祈った。すると、みるみる傷は塞がっていった。
「うぐっ……ここは?」
「イシュケル、良かった生きていたんだね」
「暁、すまなかった。あの時、黒龍がいなかったら俺は死んでいただろう……」
イシュケルと暁は互いの無事を確認すると、これまであったことを話した。
「暁、すまなかったな。サハンよ、見直したぞ」
暁もサハンもイシュケルに褒められ、心なしか表情が穏やかになっていた。
「話の最中すまぬが、祭壇に来てくだされ。儀式の用意が整った故に」
リードがそう述べると、イシュケルと暁とサハンは、リードと共に祭壇に向かった。
――いよいよ、二人が生き返る。
二人の前に命のクリスタルが捧げられ、儀式は始まった。リードは両手を掲げ、何やら呪文のようなものを唱える。初めてのことに、残りの天空人も興味深く見守る。勿論、この儀式の中心であるリードもかなりのプレッシャーがあった。
一瞬、祭壇に静寂が訪れる。
「ふぅ、これで生き返るはずじゃが?」
数秒、いや数分? それは長い長い時間に思えた。
――確かに刻まれる時。
――耳鳴りがするほどの静寂。
誰もその場から動こうとはしなかった。少なからず“もし、失敗していたら”そんな不安があったのも、確かである。
「ん、ん~」
二人の亡骸のうち、一体から声が聞こえた。
――ウッディだ。
思わず暁はウッディに駆け出し抱き付いた。
「ウッディ、会いたかった……会いたかったよ~。僕、頑張ったんだよ……」
「すまなかったな、暁。俺、生き返ったんだな。ありがとう」
ウッディは暁の顔を再度確認すると、暁をきつく抱き締めた。
「ウッディ、恥ずかしいってば。皆が見てる……」
リードら天空人も、その微笑ましい光景を見て安堵の表情を見せる。しかし、イセリナはまだ目を覚まさないままだ。たまらず、イシュケルはイセリナに駆け寄った。
「イセリナよ、目を覚ませ! 俺だ、イシュケルだ! 頼む……目を開けてくれ……」
イシュケルはイセリナを抱き抱え、何度もその名を叫んだ。
「…………ル」
微かにイセリナの唇が動き、何かを言おうとしている。
「イセリナ、イセリナ――っ!」
「イシュ……ケル……」
イセリナが目を覚ますと、イシュケルはイセリナを抱き締め口付けをした。
「すまない、イセリナ。お前を守れなくて…………」
「イシュケル……」
イセリナが確かにその名を呼ぶと、それに答えるようにイシュケルは再びイセリナに唇を重ねた。
「やれやれ、見てらんないな」
ウッディがそう言うと、皆が笑った。それは久しぶりに皆が揃ったという意味も含んでいた。
◇◇◇◇◇◇
暫し、和やかな雰囲気を堪能すると、イシュケル達はリード達に礼を述べた。
「では、我々は行ってみます。色々お世話になりました」
イセリナは深々といつまでもリードに頭を下げていた。
「顔を上げてくれ。一つ頼みを聞いてはくれぬか?」
リードは頭を下げるイセリナに言った。
「私に出来ることなら……」
「今持っている伝説の武具を全て装備してはくれまいか?」
「ええ、わかりました。では、着替えてまいります」
暫くすると、全身伝説の武具を装備したイセリナが姿を表した。
「あとは、伝説の剣だけじゃな。恐らく剣は魔界じゃろうて。古文書にも書いてあるはずじゃ。持っておるんじゃろ?」
「はい、ここに」
「うむ。それではこれは我々天空人からの餞別じゃ」
リードを含む天空人が皆祈りを捧げると、イセリナ達の装備は修復され全員の力が強化された。
「何だ、この力すげ~」
ウッディは自らの力に驚きを隠せず喜んだ。
「リード殿、素晴らしい力を忝ない……」
イシュケルも敬意をはらった。
「世界を……未来を頼んだぞ!」
イシュケル達は力強く頷くと、魔導船に乗り込んだ。
「サハン、お前は行かんでいいのか?」
「おじいちゃん……ありがとう! 僕、頑張ってくるね」
サハンはリードにそう言うと、魔導船に駆け出した。
「おーい! 待ってくれよ。僕も行くよ」
「掴まれ……」
浮き始めた船に飛び乗り、イシュケルの伸ばした手を掴んだ。
「よし、これから我々は魔界へ行く。伝説の剣を探しだし、ジュラリスを叩く。恐らく、これが最後の戦いになるだろう。覚悟はいいな?」
イシュケルがそう言うと、それぞれが奮起し覚悟を固めた。
一行を乗せた船は、魔界ゲートを抜け決戦の地となる魔界へと向かった。




