死の山へ
ルビデスパレスの一室に囚われていた天空人にサハンは駆け寄った。そこには五人程の天空人がいた。
「じいちゃん……」
「おぉ、サハン無事だったか」
「じいちゃん、この人達が僕らを助けてくれたんだよ。紹介するね、イシュケルと暁。他にも二人いたんだけど、アルザスとの戦いで……」
「そうじゃったか……ワシらの所為で。すまぬことをした……。申し遅れた……ワシは天空人を纏める長、“リード”じゃ。尤も、今じゃ天空人はここにいる者で全部じゃが……」
サハンがじいちゃんと呼ぶ老人はそう言った。
「リードよ! とにかく脱出だ」
「イシュケル、目上の人に向かってそれはないだろ? すみません、口の聞き方が悪いもので……」
イシュケルの発言をフォローするように、珍しく暁が敬語で大人の対応をする。
「いいんじゃよ。命の恩人にそんなことで怒りはせん。それより、亡くなった二人の所に案内してはくれぬか?」
リードは優しく微笑みながら、そう言った。イシュケルと暁は事態が飲み込めなかったが、リードに言われるがまま二人が横たわる謁見の間に案内した。
「リード様、この方達はもしや?」
二人の亡骸を見るや否や、天空人の一人が声を荒げる。
「そのようじゃな」
天空人の問いにリードは答えると、続けて、
「どうやら、お主達は導かれし者のようじゃな。して、この娘さんは伝説の勇者の血をひく者……」
と言い添えた。
すかさずイシュケルは、こう言った。
「どうして、それを……」
「この娘さんが装備している武具……それはまさしく伝説の武具。我々が預かっていた籠手も装備しておる。何より、その腕の紋章が証拠じゃよ」
「だが、もう死んでしまったんだ。イセリナとウッディは帰っては来ない……」
イシュケルはたまらず天を仰いだ。
「イシュケルとやらよ。生き返らせる方法はある。ただ、見たところお主は魔族。我ら天空人の力を貸す訳にはいかない。二人を助けてやりたいのは山々じゃが、すまぬ……」
「そうですか……」
イシュケルはそれ以上何も言うことが出来なかった。そして、自らの運命を憎み、呪った。
肩を落とすイシュケルの前に、サハンが立ち入った。
「じいちゃん、確かにイシュケルは魔族だよ。でもね、宮殿で囚われていた僕をお姉ちゃんと一緒に助けてくれたんだよ。お願いだよ、力を貸してあげてよ……」
サハンがそう言い放つと、残りの天空人がざわつき始め、やがて沈黙に変わった。リードは目を閉じたまま動こうとしない。
「じいちゃん……」
サハンが長い沈黙を破ると、リードは瞼を上げ口を開いた。
「よかろう……サハンを助けたとあらば、話は別じゃ。但し、条件がある。我ら空中庭園の下、死の山にある“命のクリスタル”を取ってこれたら生き返らせよう」
「リード様、あそこは足場が不安定で危険では?」
天空人の一人がそう言うと、リードはこう言い添えた。
「並みの人間ならば直ぐに生き返らせれる所じゃが、死んだこやつらはワシらを遥かに越えておる。何れにせよ、命のクリスタルは蘇生に必要なんじゃよ。例え危険とわかっていてもな」
「イシュケル、勿論行くよな?」
「暁よ、愚問だ」
イシュケルと暁にようやく、笑顔が戻ってきた。
「そうと決まれば、早速行くぞ。リード殿達よ、宮殿まで送りましょう」
「すまんな」
リード達を魔導船に案内した後、イシュケルはイセリナの亡骸を、暁はウッディの亡骸をそれぞれ抱え、船に乗り込んだ。
魔導船はけたたましい音をたて、ルビデスパレスを後にした。船内では皆終始リラックスした様子で、これまでの経緯や閑話に花を咲かせ、盃を交わした。
――操舵室には、サハン。
ドーガはサハンの操縦の素質を見抜き教えていた。短時間でサハンはそれをマスターしていたのだ。
やがて魔導船は再び空中庭園へと戻ってきた。イシュケルと暁は、不在の間イセリナとウッディの亡骸の管理をリード達にお願いすることにした。
リード達はこれを快く承諾し、腐食しないように保存までしてくれたのだ。
それを見届けると、イシュケルは黒龍を呼んだ。
――死の山は空中庭園の真下。
距離が遠くないこともあり、イシュケルと暁は黒龍に乗り死の山に行くことにしたのだ。
最初に暁が黒龍に股がり、続けてイシュケルが股がろうとしたその時、サハンは言った。
「僕も連れて行っておくれよ。空を飛べる僕がいたほうがいいと思うんだ。それに命のクリスタルがどういう物か僕は知ってるよ」
サハンの熱意に負け、一緒に連れていくことにした。
「ありがとう、二人共」
サハンはペコリとお辞儀をすると、黒龍に乗り込んだ。
「行ってくるよ、おじいちゃん」
「無茶はするでないぞ、サハン。イシュケル、それに暁、サハンを頼みましたぞ」
リードに手を振るサハン。そのリードはイシュケル達にサハンを頼むと言い放った。
黒龍はサハンを乗せると、咆哮を上げ翼を広げはためかせた。
強風に煽られながらも、旋回して死の山の山頂を望む。
「どうやらここが死の山のようだな。降りれるか? 黒龍よ」
「ギャォォォン」
白い霧に包まれ視界が悪い中、崖の淵に黒龍は降り立った。辛うじて黒龍が着地出来るほどの広さしかない。周囲は鋭利な岩に囲まれ、一歩足を踏み外せば奈落の底だ。
「足場が悪い、気を付けて降りるんだ。」
イシュケルは暁とサハンの手を引いた。強風に付け加え、急激な寒さを感じる。三人は悴む手を擦りながら、確実に一歩また一歩進んでいった。その後を黒龍が、不器用な歩みでついてくる。
「黒龍よ、ここで待っていてもいいんだぞ」
「ギャォォォン」
黒龍はイシュケルの言葉を理解し、首を横に振った。
「よかろう。お前がそう言うなら、好きにしろ」
イシュケルは黒龍の意思を尊重した。
死の山の山頂は、視界に入っている。しかし、足場の悪さと吹き付ける強風が、イシュケル達の行く手を阻む。やがて、その風は雨になり、吹雪になっていった。一寸先も見えぬほどの視界の悪さ。屍が散乱している中、サハンが口を開いた。
「こんな時に言うのも何だけど、死の山の山頂に辿り着いた人はいないんだ。かつての伝説の英雄ラックでさえ、登りきれなかった山なんだよ」
「だったら、僕達が新たな歴史を作ればいい。だよね、イシュケル?」
「暁の言う通りだ。歴史は俺達で作る。何れにせよ、俺達が命のクリスタルを手に入れなければ、イセリナもウッディも死んだままだ」
イシュケルと暁は、凍えながらもサハンにそう返した。
「それを聞いて安心したよ」
「サハンよ」
「何?」
「強くなったな。お前はもう立派な戦士だ」
「イシュケル、やめてよ」
「二人共、おしゃべりはそこまでだよ」
暁がイシュケルとサハンの会話を遮断すると、目の前には氷を纏った巨人が立っていた。その巨人はイシュケル達を見るなり、氷を纏ったパンチを繰り出す。原始的だが破壊力のあるそのパンチは、頑強な岩を砕いた。
イシュケル達は空高く舞い上がり回避するが、足場の狭い死の山は着地点を選ぶことが出来ない。巨人は落下してくるイシュケル達を狙って、次の一撃の準備をしていた。
「サハン、後退しろ! 暁、空中から行けるか?」
イシュケルは自分を後回しにし、二人を気遣った。
「空中戦は、僕の十八番だよ。イシュケル任せて」
暁は巨人に狙いを定め、槍を一直線に構える。一方のサハンは、翼を広げ空中に回避したものの、強風に煽られ体勢を崩していた。
「サハン――っ!」
イシュケルは落下地点を変更し、サハンを助けに向かった。この時、イシュケルは吹雪の為、気付かなかった。巨人に背を向けていることを。
巨人はパンチを止め、口元を大きく開き、無数の氷の矢をイシュケルに向け放った。
「しまった!」
イシュケルが気付いた時は、氷の矢が放たれた後。力だけのモンスターと思いきや、飛び道具も兼ね備えた中々の頭脳派モンスターだった。
「ぐはっ……」
無数の氷の矢のうち、三本の矢がイシュケルを襲った。うっすらと積もった雪が、イシュケルの血で真紅に染まる。一瞬、イシュケルは気を失い、落下地点が見えていなかった。
イシュケルが落下した場所は、崖っぷち。辛うじて、右手一本で、岩にしがみついていた。
「暁、すまない……俺としたことが、油断した……」
イシュケルが暁にそう言い放つと、しがみついていた岩が崩れ、イシュケルは奈落の底に落ちていった。落下に合わせて黒龍も後を追う。
「イシュケル――っ! くそ――っ! 巨人野郎許さない! 許さないぞ!」
暁はそのまま巨人の額に向け、槍を突いた。一瞬、一撃に見えるが、その攻撃は何十も突いていた。
巨人は体勢を崩し尻餅を付いた。
「しぶとい奴だ。もっと、僕に力があれば……」
それでも暁は諦めなかった。自分がやられたら、あとは誰もいない。そのプレッシャーは相当なものだ。
「暁お姉ちゃん……ごめんなさい。僕の所為で」
「サハン! 謝んなよ。イシュケルだって、死んだって決まった訳じゃない。僕は……僕はどうしても勝たなきゃならいんだ。謝るのは命のクリスタルが手に入ってからにしてよ」
暁はきつい口調でサハンに言った。
それは今までとはまるで違う暁の姿だった。




