伝説の勇者との死闘
◇◇◇◇◇◇
――一方魔王サイド
イシュケルは最初の勇者を撃破し、嘆きの剣に導かれるがまま無限回廊を急いでいた。
――イシュケルよ。お前は気付いていないようだが、先ほどラックを倒した時に覚醒したフォームがパワータイプだ。残る二つのタイプも極めるのだ。
「あれがパワータイプか?」
イシュケルは自分が思っているよりも、凄まじいスピードで成長していた。これが魔王としての力なのだろう。
薄暗い螺旋階段を降りて行くと、空気の淀んだダンスホールに辿り着いた。
――イシュケル、血だ。血の匂いがする。今度も頼むぞ。
返り血を浴びた漆黒のマントを揺らしながらダンスホールの奥へ行くと、またもや歴代勇者らしき人物の影があった。
「我こそは歴代勇者の一人、『ミーナ』だ。魔王イシュケル! 覚悟!」
そこに現れたのは女勇者だった。
――イシュケル油断するな。女とは言え、歴代勇者の一人だ。心して掛かれ。
「言われなくてもやってやるさ」
嘆きの剣は細身の剣に姿を変えた。
「成る程な。こいつはパワーより、スピード勝負ってことだろ? 嘆きの剣よ」
――そういうことだ。
ミーナは嘆きの剣の言った通り、スピード主体の攻撃を仕掛けてきた。その素早さに圧倒され、遂には壁際に追い込まれた。
「チッ。やる……」
――むやみに剣を振っても当たらん。動きを予測するのだ。
ミーナは踊るようにサイドステップを踏んでは剣を繰り出し、イシュケルが攻撃すれば、バックステップで回避する攻撃を繰り返した。俗に言うヒットアンドアウェイというやつである。その洗練された動きは可憐で、俊敏かつ的確なものだ。敵ながら天晴れと言ったところだ。
地味にダメージを受け、攻撃が当たらないイシュケルは苛立ち始めていた。
――イシュケルよ。冷静になれ。倒せない相手じゃないぞ。
嘆きの剣のその言葉で、イシュケルは目が覚めた。
「奴にも動きのパターンがあるはずだ」
スタミナを温存しながら、防御に徹する。無駄な動きを省けば、攻撃のチャンスは生まれてくる。
「見えた! そこだ――っ!」
「キャー! くっ、油断したわ」
始めてヒットした嘆きの剣は、ミーナの鎧を掠めた。仮に攻撃が当たっていれば、鎧は碎けていたに違いない。
「次こそ……」
この一撃のお陰で、イシュケルは自信を取り戻した。更に嘆きの剣を構え直すと、青いオーラに包まれ髪の色が青に変化した。
――おぉ、スピードタイプも極めたか。頼む血だ……血が欲しい。
「待っていろ、嘆きの剣よ。今たっぷり血を吸わしてやる」
イシュケルが高々と跳躍しジャンプ斬りを繰り出すと、ミーナの動きが止まって見えた。
「これで、ラストだ!」
覚醒したイシュケルにとって、ミーナは敵じゃなかった。細剣と化した嘆きの剣は、意図も簡単にミーナの心臓部を貫いた。
「見事だわ……私の……負けじ……うっ」
白旗を上げ瀕死の重症を負ったミーナを、何の躊躇いもなく幾度も斬りつけた。自然と身に付いていった冷酷さは、魔王そのものだった。
返り血を浴びた漆黒のマントは、更に朱に染まっていった。
――イシュケル、次だ。次に行くぞ。残るタイプはテクニックのみだ。
イシュケルは勢いに乗り、ダンスホールの先を駆け抜けた。人間の時とは比べ物にならない残虐な自分に酔いしれながら。
――イシュケルよ。ここだ。この扉を抜ければ無限回廊を突破出来る。しかし、この先は時空の歪みが激しい。もたもたしていると、入り口に戻される。心して掛かれ。
時空の歪み。歴代の魔王を悩ませた無限地獄。それこそが、無限回廊と名付けられた起源でもある。
イシュケルは意を決して、重く犇めくその錆び付いた扉を開いた。するとそこには、きらびやかな鎧を身に纏った男が待ち受けていた。
「待っていたぞ。大魔王イシュケル。我こそは初代歴代勇者アレンだ。ここが貴様の墓場になるのだ。行くぞ!」
――イシュケルよ。こいつは今までの奴とはわけが違う。全力で行くのだ。
最後に現れたのは初代勇者。手強い相手に違いない。しかし、イシュケルには時間がない。そう、もたもたしていると、時空の歪みが襲い入り口に飛ばされてしまうのだ。
歴代の魔王も奴に葬られ、涙を飲んだ程の強敵だ。
「舐めるな! 本当の地獄を見せてやるぜ」
イシュケルは嘆きの剣をアレンに向け、斬り掛かった。アレンも負けじと鍔でその剣を受け止め、攻撃を捩じ伏せる。ここまでは五分と五分だ。
「遊びはここまでだ。永遠に地獄をさまよえ!喰らえ、天地壮烈斬――っ!」
砂埃を上げながら、アレンの剣が逃げ惑うイシュケルを幾度も襲う。
「ぐはっ……」
致命傷とまではいかないが、イシュケルの胸元から気高い血が流れ落ちた。
――何をびくついている。魔王としての誇りを持て。そして、我が輩を持っと楽しませてくれ。
そうは言ってもイシュケルに、今の技は見切れる自信がなかった。今まで撃破した二人の勇者とは桁違い……。
「次にあの技を喰らったら、終わりだ……」
この戦況を覆す打開策をイシュケルは模索していた。
「魔王よ、眠れ」
アレンが再び天地壮烈斬を放とうとした時、イシュケルは僅かな隙を見た。それはほんの一瞬の隙――。
「甘いわ――っ!」
イシュケルはアレンが技を繰り出す前に、剣を左右に揺さぶった。更に追い討ちを掛けるように、頭上から剣を降り下ろした。息も絶え絶えに間合いを取る。深い傷を受けているだけあり、楽な戦いではない。
「負けて……なるものか……」
イシュケルが全力で叩き込んだのにも拘わらず、アレンは再び立ち上がった。
「負けんぞ、負けんぞ――っ! 魔王などに……」
「笑止! 貴様に勝ちはない……」
イシュケルの流血は更に激しくなっていた。アレンも同じく、深い傷を負っている。二人を奮い立たせるのは、勇者としてのプライド、魔王としてのプライドに他ならなかった。
「くっ……早く決めないと、こっちが殺られる」
――イシュケルよ、焦るな。我輩、これ以上ないくらいに血を浴びた。礼に少し力を貸そう――
嘆きの剣がそう言い添えるとイシュケルは黄色い光に包まれ、その髪は金色に染まり爪が鈍く光った。
――さぁ、見せてみろ! 魔斬鉄を!
それは一瞬だった。
イシュケルが剣を振り抜き閃光が走ったと思いきや、アレンは上半身と下半身の二つに別れていたのだ。
「ふっ、勇者など俺の前では赤子も同然よ」
――イシュケル、見事だ! 我輩、久々に骨のある男に出会った。礼を言うぞ。さぁ、無限回廊から出るぞ!
遂にイシュケルは、魔王の品格とも言うべき三つのタイプを極めた。イシュケルに限っては、その素質があったのであろう。
イシュケルは早々に無限回廊を脱出し、マデュラの元へ戻った。