劣等感
ルビデスパレスに突入すると、城外よりランクの高いモンスターが迫り来る。一瞬の隙も許さない状況だ。
「ここは、通さねぇぜ!」
その中でも特にランクの高い甲冑を纏ったゴーストアーマーが、イシュケル達の前に立ちはだかる。
ゴーストアーマーはその名の通り甲冑の中に生命体はなく、甲冑自体が意識を持ったモンスターだ。
ゴーストアーマーには、暁が対応した。暁の槍がゴーストアーマーを貫く。しかし、甲冑を槍がすり抜けただけで、ダメージはないようだ。
「そんなの効かないぜ! 槍ってのはな、こう使うんだよ」
ゴーストアーマーは槍を手足のように操り、危険を省みず暁の懐に飛び込んだ。
「うっ……。やるじゃない。ウッディ、氷の魔法で援護してよ」
「任せとけ!」
「弱いもんだから、助けを呼ぶのか? ま、それもいいだろう」
「な、何だと?」
「暁! 挑発に乗るな。この氷でも喰らえ!」
ウッディの放った氷の魔法が、ゴーストアーマーの動きを止める。
「今だ、暁!」
「う、うん……」
暁の繰り出した槍は氷結したゴーストアーマーの核を貫き、粉々に砕け散らせた。
「やったな、暁!」
「う、うん」
ウッディの言葉に暁は気の抜けた返事をした。
暁は、悩んでいた。ウッディにしても、イセリナにしても、イシュケルにしても、皆力を付け始めている。自分だけが置いていかれているような劣等感を抱いていたのだ。
「僕だけ……僕だけ……皆より劣っている……」
暁は声にならない声を、唇を噛み締めながら呟いた。
「暁お姉ちゃん、そんなことないよ。手を出してごらん」
嘆く暁にサハンは言った。更にサハンは、暁に言い添えた。
「見てごらん、こんなに豆が出来るほど暁お姉ちゃんは頑張ってるんだよ。劣ってなんかいないよ」
「そうよ、暁。今まであなたに何度救われたことか……」
サハンの言葉にイセリナも同調した。
「皆……ありがとう」
暁はイシュケル達に深々と頭を下げた。
「ありがとうっていう感謝の言葉っていいよね。僕も暁お姉ちゃんに負けないように頑張らなくっちゃ」
サハンはそう言うと、再度、暁の手に優しく触れた。すると、その手は眩く輝き出し、やがてその輝きは暁を包んだ。
「な、何なんだ? 温かい……それに力が溢れてくる。サハンどういうこと?」
「僕にもわからないよ。ただ僕は暁お姉ちゃんのことを思いながら手に触れただけだよ」
暁とサハンの会話にイシュケルが割って入る。
「拐われた天空人と同じように、サハンにも力を引き出す能力があったと言うことではないか? 確かケンタウロスの話では、伝説の武具があれば更なる進化も遂げられると言っていたな」
それに対してイセリナも言葉を重ねる。
「ええ、確かに言っていたわね。でも、力を引き出すだけでこれ程のパワーアップよ。伝説の武具を合わせたアルザスの進化は計り知れないわ」
「そうだな。油断は出来ないのは確かだ」
イセリナとイシュケルの話が終わると、暁はサハンに言った。
「サハン、もう一度言うよ。ありがとう」
「うん」
サハンの持つ不思議な力で、暁は素晴らしい力を引き出した。彼女はもう劣等感を感じないであろう。
イシュケル達はルビデスパレス一階のホールを抜け、二階に続く螺旋階段をのぼり始めた。
二階に辿り着くと、モンスター達の猛攻は更に激しさを増す。
イシュケルは複雑な心境だった。自ら呼び出したモンスターに裏切られ、自ら手を下す。そう、災いの元凶は、彼自身の所為でもあった。それを知ってか知らずか、イシュケルを除く他のメンバーは、手際よくモンスターに対応していく。
やがて、大広間を抜け長い廊下を隔てた先に、謁見の間が見えてくる。その中央に位置する王座には、骸が鎧を纏ったモンスターが鎮座して、鋭い眼光をギラつかせていた。恐らく彼がアルザスなる男だろう。
イシュケル達が近付くと、その男はこう言い放った。
「これは、これは、イシュケル様。ようやく御到着ですか? 待っておりましたよ。申し遅れました、私の名前はアルザス……。何れ、魔界の王になるべき男……これは、挨拶がわりです」
アルザスは丁寧に挨拶すると、人差し指をイシュケル達の方に向けた。すると、アルザスの背後から無数の剣が発射され、イシュケル達を襲った。イシュケル達は素早く反応し、その無数の剣を軽々と躱した。
「流石ですね。私の挨拶……気に入ってもらえましたか?」
アルザスは見下すような態度だ。
「気に入らんな……。アルザスとか言ったな? 恩を仇で返すとはこのことだ。誰のお陰で、ここに居れると思っている!」
「これは酷い言われようですな。あなたには感謝していますよ。私に魔王になる機会を与えて下さったのだから……安心して下さい。魔族はあなたに代わって、私が取り仕切りますよ。正義のない悪の世界を……」
「何だと? お前ごときに俺も舐められたもんだな。所で、天空人は無事なんだろうな?」
「はて? 知りませんな」
「惚けないでよ!」
拳を固め前に出るサハンを、イシュケルは抑止した。
「サハン、落ち着け!」
イシュケルに従い、サハンは後方に下がった。
「これ以上、お前との会話は無駄のようだな。そこは、俺の王座だ。その汚いケツをどけろ!」
「何だと? もはやこの城は私の物だ。イシュケル様、いやイシュケル! お前には帰る場所はない。そのちっぽけな人間どもと共に、屍を晒すがいい……死ね!」
アルザスはようやく王座から立ち上がり、横に置いてあった大剣を手に取り構える。一見隙のある構えだが、“口だけではないな”とイシュケルは感じていた。勿論、イセリナ達もそれは感じていた。
「イシュケル……アルザスは、口だけではないようね」
「あぁ、その様だな。だが、イセリナよ。俺達はこんな所で苦戦している場合ではないのだ。俺の言いたいことがわかるな? 一気に畳み掛けるぞ!」
イシュケルがそう言うと、まずイセリナがアルザスに向けダッシュし切り込む。それに続くようにイシュケルも後を追う。前衛はこの二人に任せ、暁とウッディは援護の為後衛に回る。
言葉を交わさずとも、身に付いた陣形である。
アルザスはイセリナの攻撃を弾き返し、直ぐ様イシュケルの攻撃に対応する。続いてウッディの炎の魔法と暁を乗せた黒龍の灼熱の炎がアルザスを狙うが、意図も簡単に躱された。この間、僅か五秒と言ったところか。
アルザスは冷静に対応し、ダメージはない。
「まさか、これほどとは……」
イシュケルはポツリとそう呟いた。
未だ、全力ではないものの、これだけの連携攻撃をノーダメージで切り抜けたアルザスに驚きを隠せなかった。
「次は私の番だな……行くぞ!」
アルザスは再び鋭い眼光をギラつかせると、イセリナに向け一直線に飛び込んで来た。アルザスの大剣が、イセリナに向け振り落とされる。辛うじてイセリナはそれを防いだが、不覚にも剣が手から離れ床に落ちた。謁見の間の石造りの床に、鈍い金属音が響き渡る。
「し、しまった……」
イセリナがそう言う頃には、アルザスの次の一手が頭上に迫っていた。




