血路を開け!
「サハンの奴……やはり連れて来れば良かったかな? 力は弱いが、アイツには秘められた能力を感じる……」
流れ行く景色を眺めながら、ポツリとイシュケルは呟いた。
「魔王のカンてやつですか?」
「まぁ、そう言った所だ」
イシュケルが呟くと、それを聞いていたウッディはそう言った。
「今回は仕方ねぇさ。次はサハンも連れていこうぜ」
ドーガがそう言うと、ブリッジにサハンが駆け寄る。
「ドーガ、ごめん。僕、どうしても行きたくて」
「サハン……お前。あれほど駄目だって言ったのに……」
「いいじゃない……ドーガ。来ちゃったものは仕方ないわ。但し、危険は伴うわ。これは遊びじゃないのよ、サハン」
「ありがとう、お姉ちゃん」
イセリナの言葉に安心したのか、サハンはエクボを出しながらニコっと笑って見せた。
一行を乗せた船は、ルビデスパレスに向け一直線で飛んで行った。
「皆、ルビデスパレスまでは、あと三十分ほど掛かる。今のうち身体を休めておくんだな。船内には少しだが、食料とベッドも用意してある。好きなように使ってくれ」
ドーガがそう言うと、それぞれ思い思いの場所に消えて行った。
暁とウッディは……食堂で、肉を貪っていた。
「この肉うめぇぞ、暁も食ってみろよ」
「本当だ。久々だな……こんな旨い上等な肉にありつけたのは」
「だろ? 腹が減ってはなんたら……って、言うもんな。しっかり食っておこうぜ」
暁とウッディは心いくまで肉を堪能した。
ドーガとサハンは……操舵室にいた。
「サハン、お前も思い切ったことやるなぁ。ラックが生きていたら、ビックリしてるとこだぞ」
「僕だって男だ。今が大事な時だってことぐらいわかるよ。もう、逃げたりしない」
「よく言った。だがなサハン……逃げることは悪いことじゃねぇ。格好悪いことじゃねぇ。命がなければ何にもならねぇんだ。これだけは言っておく。どんなことがあっても、生きろ」
「わかったよ、ドーガ」
ドーガはその後一言も発せずに、遠くを見つめた。サハンもその空気を読み取り、ドーガの横で静かに同じく遠くを見つめた。
イシュケルとイセリナは……デッキに出ていた。
「イシュケル……ここにいたのね。隣……いいかしら?」
「構わん……」
冷たい風が二人を吹き抜け、髪を揺らす。
「イシュケル……この戦いが終わったら……ん~ん、何でもない」
「何だ、急に。言い掛けたなら、最後まで言うのだ」
「だって……私のは……その……何でもない……」
「変な奴だな……。余計に気になるではないか」
「いいの。本当にいいの……。それより、風……気持ちいいわね」
「ああ……」
「人間と魔族が、争っているなんて、嘘みたい……」
「そうだな……争い事なんてなければいいのにな」
イシュケルは自分でも気付かないうちに、魔王らしからぬ発言をしていた。そんなイシュケルを見てイセリナは、ますます惹かれていくのを感じていた。
そして、瞬く間に時間は過ぎ、船はルビデスパレス上空に迫ってきていた。
「お~い、もうすぐルビデスパレスに着くぞ! お前ら準備しとけ!」
ドーガのダミ声が船内に響き、メンバーは操舵室に集まってきた。
ルビデスパレス上空にはコウモリの大群が群がり、黒い霧が立ち込める。
地上には獲物を狙うかのように、モンスターが雄叫びをあげている。それはこれから始まる壮絶な戦いを意味するかのようだった。
魔導船は毒沼を避けるように、ルビデスパレス近くの湿地帯に停泊した。
着陸したぬかるんだ大地は、辛うじて毒沼からの汚染は免れていたが、足元をすくわれる状態であった。
「この地は毒沼に汚染された箇所が多数ある。自信のない者は船に残ってもいいんだぞ」
それは、イシュケルなりの配慮の仕方だった。皮肉混じりの言葉に、皆は臆することなくその地に降り立った。
そして、ここルビデスパレスで、かつてない戦いが繰り広げられようとしていた。
イシュケル達が湿地帯に足を着けると、数え切れないほどのモンスターが見境なく襲い掛かってきた。ぬかるんだ地面に足を取られながらも、それぞれ応戦する。
「コイツらどっから沸いてくんだよ! 面倒だ、僕に任せて! 行くよ、黒龍!」
「ギャァァォン」
暁は黒龍の背中に股がり、意のままに操った。黒龍は咆哮を上げながら、鋭い爪でモンスター達をバッタバッタと切り裂く。更には、高熱のガスを伴う灼熱の炎を吐いた。辺りに立ち込める焼け焦げた匂い。しかし、モンスターを全滅させるまでには至らなかった。
「ワシにも、暴れさせてくれい!」
暁と黒龍に負けじと、ドーガも背丈ほどあるバトルアックスを振り回し、生き残ったモンスター達を一網打尽になぎ倒す。あまりの破壊力にイシュケル達が呆気に取られていると、更に第二陣のモンスター達が襲い掛かってくる。
休む間もなくイシュケル達は個々の能力を発揮する。
ルビデスパレスは目の前に見えるが、ぬかるんだ地面と徐々に蝕む毒沼の所為で、思うようには進めなかった。
「こんな所で時間をくっている暇はない。このウッディ様が、お前らを一掃してやるぜっ!」
ウッディは魔法学校で得たノウハウを活かすように、炎と氷の魔法を無詠唱で唱える。ウッディの放った魔法は、次々とモンスター達を襲い息の根を止めた。的確、かつ威力のある魔法を放ちながらも、ウッディは涼しい顔をしている。
「さぁ、次はどいつだ。かかってきやがれ」
ウッディの声に一部のモンスター達は恐れをなし、背を向け逃げて行く。
「ウッディ、やるわね。私も負けてられないわ」
イセリナもウッディに続けと言わんばかりに剣を振る。鮮やかに剣は弧を描き、モンスター達を確実に仕留めていく。
そのイセリナの戦う延長線上には、スピードタイプにチェンジしたイシュケルがいた。
「俺に歯向かう奴は、誰だ!」
モンスター達はイシュケルの怒号を聞き入れる間もなく、次々と死体になっていく。やがて、綺麗に一本道が開けた。
「血路は開けた。皆、行くぞ」
もうイシュケル達に襲い掛かってくるモンスターはいない。極僅かに生き残ったモンスター達は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
やがて、ルビデスパレスの城門が見えてくる。城門には、黒光りした角をあしらえた門番らしきモンスターが一体。
――オーガだ。
「これは、これは裏切り者の、イシュケル様。勇者達とピクニックですか?」
「ほう。俺にそんな口を聞くとは大した度胸だな」
「今の俺の主はアルザス様だ。アルザス様は偉大なる力を手に入れられた。裏切り者のお前なぞ一捻りだ!」
「笑止!」
先手を取ったのはイシュケルだった。素早くオーガの懐に入り、腸に重い一撃を喰らわす。オーガは流血しながらもこん棒を振り回し、イシュケルの肩にダメージを与えた。
「オーガよ、思ったよりやるようだな。だがな、戦いを舐めてもらっては困る。これで、終わりだ!」
イシュケルは体勢を整え、再びオーガを斬り付ける。
「ぐはっ……こ、この程度」
「頭は悪いが、体力はあるようだな」
次の瞬間だった。会話に夢中になっていたイシュケルを無視して、オーガは後方にいたサハンに向かって衝撃波を放った。
「しまった!」
イシュケルが気付いた時には、もう既に衝撃波はサハンの目の前に来ていた。
「くっ、間に合わん」
イシュケルは絶望にも似た言葉を発した。
「た、助けて――っ!」
サハンは逃げることを忘れ、呆然としている。
誰もが諦めかけた次の瞬間、何者かがサハンの前に立ち衝撃波を受け止めた。
「ぐふっ……。い、生きろって言っただろ……」
サハンの前に立ち、衝撃波を受け止めたのはドーガだった。
「くっ、外した……か。ぐはっ」
その様子を見届けると、オーガは息を引き取った。
我に返ったサハンがドーガに駆け寄る。
「ドーガ、ごめんよ。僕の為に……」
サハンは泣きながらドーガを抱き抱えた。
「お、男が泣くもんじゃねぇ……うぐっ……」
「ドーガ、今回復してやる! ヒール!」
「ウッディ、無駄だ……。皆に黙っていたが、ワシは死人。この世に未練を残した死人……。お前らを見てワシもようやく眠れるわい。未来を担うのは、お前らだ! 未来は託したぞ……ぐふっ」
「ドーガ……ドーガ――っ! 死んじゃイヤだよ。生きろって、僕に言ったじゃないか? ねぇ、目を覚ましてよ……ドーガ……」
ドーガはにっこりとサハン笑いかけると、キラキラと輝きながら空に溶けていった。
「ドーガ――っ!」
サハンの叫び声が辺り一面に響き渡る。
「ドーガよ、お前は大した男だ。その行為、尊敬に値する……」
イシュケルは黒い霧が掛かった空を仰ぎながら、そう言った。
「ドーガ……」
「サハン……。ドーガの為にも頑張りましょう。私達は生きなきゃ駄目なの。未来を切り開くのよ。私達の手で」
「そうだね、お姉ちゃん。ドーガの為にも頑張らなくっちゃね。僕、もう泣かないよ」
「サハンよ、男は簡単に涙を見せるものではない……わかるな?」
「わかった、イシュケル。約束するよ」
死人だったドーガの魂は、空からイシュケル達を見守るであろう。イシュケル達は未来を切り開くことをドーガに誓い、ルビデスパレスの城内に潜入した。




