天空人 サハン
背中に生えた大きな翼――まさにその男の子は天空人だった。
その子にイセリナは言う。
「どういたしまして。私はイセリナ。こっちは、怖い顔してるけど優しいイシュケル」
「イセリナ……聞こえてるぞ!」
イシュケルは腕を組ながらイセリナの言葉に、笑顔で割って入る。
更にイセリナは、
「君の名前は? 他の、天空人はどうしたの?」
と、続けた。
「ぼ、僕は、サハン。天空人さ。他の天空人は、皆さっきの悪者達に拐われていったよ。僕達天空人が持つ、進化を促す能力が欲しかったみたい。辛うじて僕は隠れて免れたんだけど、運悪くさっきの悪者に見つかっちゃったんだ」
サハンがそう言うと、イシュケルが問い掛けた。
「ケンタウロスが言っていたアルザスという奴もここに来たのか?」
「そいつかどうか分からないけど、一際異彩なオーラを放つ奴がいたのには違いないよ」
「成る程……。ところで、小僧?」
「小僧じゃないよ。サハンだよ」
サハンはイシュケルに臆することなく、真っ直ぐな瞳で言い返した。その態度を認め、イシュケルは名前で呼び直した。
「サハンよ、ここに伝説の武具があると聞いたのだが……わかるか?」
「私もそれを聞こうとしたの。教えてくれる?」
と、イシュケルの後に続いてイセリナがサハンに聞いた。
するとサハンは、
「伝説の武具かは分からないけど、昔、勇者様から預かった籠手ならあるよ。でも、僕のおじいちゃんに言われたんだ。腕に紋章のある真の勇者にしか渡しちゃ駄目だって……。だから、助けてもらって悪いんだけど籠手はやれないよ」
と、サハンは悲しげな表情でイシュケルとイセリナに精一杯話した。
「真の勇者なら、ここにいるぞ!」
イシュケルはイセリナを指差しながら言った。
「お姉ちゃんが? 真の勇者? 本当なのかい?」
「もしかして……これのことかしら……」
イセリナは謙遜しながら羽織っていたマントを脱ぎ捨て、サハンの前に左腕を突き出した。
白く透き通るような素肌に、蒼白く浮き出た紋章。それは、真の勇者を意味するものだった。
「本当だ~。お姉ちゃん、勇者様だったんだね。ラックと同じだ~!」
「ラックを知っているのか?」
ラックという名に反応したイシュケルは、サハンに問い掛けた。
そして、サハンは更に、
「知ってるよ。籠手だって、ラックから預かったんだよ」
「サハン、お前……一体何歳なんだ?」
「う~ん、来年で、二百歳くらいかな。あまり、覚えてないや」
十歳くらいだと思った天空人サハンは、なんと二百歳だった。これにはイシュケルもイセリナも驚き、その後の言葉を発するのを忘れてしまった。
「驚くのも無理ないよね。天空人は元々長生きなんだ。二百歳と言っても、天空人ではまだまだ子供だよ」
サハンは悪戯に笑った後、更に続けた。
「さぁ、籠手のある場所に案内するね」
サハンはそう言うと、前へと歩き出した。それにイシュケルとイセリナはついて行く。
広い宮殿内だが、二人は天空人を探す際くまなく探索したつもりだ。しかし、それらしい物も、それらしい部屋もなかったことからイシュケルもイセリナも半信半疑状態だった。そんなことをお構い無しに、サハンは歩み進める。
「本当に、籠手はあるのか?」
「僕を疑ってんの? もうすぐだよ」
サハンは宮殿内の螺旋階段の途中で、歩くのをやめた。続けて、苔が生え古ぼけた石の壁をコンコンと叩く。
「あった、ここだ」
サハンが他とは異なる軽い石を押すと、轟音と共に隠し扉が現れた。扉を開くと小さな小部屋に祭壇があり、その最上部に籠手が置かれていた。
「これだよ、ラックから預かった籠手は。どうかな? これは伝説の籠手かな?」
サハンは籠手を手に取り、イセリナに渡した。
「間違いないわ」
「なら、持っていってよ」
「それじゃ、遠慮なく頂いていくわ」
イセリナは早速籠手を装備した。
途端に、籠手は鮮やかな光を放つ。
「さぁ、戻りましょう。皆が待ってるわ」
「そうだな、一旦戻ろう。」
イセリナにイシュケルが反応すると、サハンが言う。
「お姉ちゃん達の仲間は、何処にいるんだい? 僕が案内するよ」
「悪いわね。それじゃ、お願いするわ。巨大なホールの所よ」
「了解、それじゃ、僕についてきて」
サハンは折り畳んだ翼を広げ、イシュケルとイセリナを、ホールへと案内した。
隠し部屋からホールまではかなり離れていると思ったが、意外とそうでもなかったようだ。
「お~い! お前ら! 遅かったじゃねぇか? 伝説の籠手はあったのか? って、サハンじゃねぇか! 久しぶりだな」
ホールで待っていたドーガが、そう言うとサハンはペコリと頭を下げた。
「やぁ、ドーガ。久しぶりだね。ラックは元気かい?」
「…………」
ドーガは、首を横に振った。その後、ドーガはラックのこと、何故ここに来たかなど事情をサハンに話した。
一方、イシュケルとイセリナ達も、サハンを助けたこと、天空人が拐われた経緯、ケンタウロスとのバトル、伝説の籠手を手に入れたこと、そして、アルザスのことを皆に話した。
「話はイセリナが言った通りだ。伝説の武具を使って進化した、アルザスに囚われた天空人の救出に乗り出したい。これ以上俺の城を好き勝手に使われたんじゃ、魔王としてのプライドが許さない。お前達、俺に力を貸してくれないか?」
イシュケルは自分をさらけ出し、皆に頭を下げた。
「当たり前じゃない。これはイシュケルだけの問題じゃないよ。僕らだって、そのアルザスって奴は許しておけないしね」
「そう言うことだ」
暁の言葉にウッディが続く。イシュケルは、初めて仲間のありがたさを感じていた。
イセリナ達の優しさに触れ、以前のような残虐さは消え始め、人間に近い感情を持ち始めた瞬間だった。尤も、本来人間だったイシュケルとしては、元々持ち合わせていた感情には違いないが……。
話が纏まりドーガに先導され、皆が魔導船に乗り込もうとした時、サハンが皆を呼び止めた。
「待ってよ。僕も連れてってよ。戦うことは出来ないけど、ここで指を加えて待ってるなんて出来ないよ」
「サハン。ワシらだってお前を連れて行きたいのは山々だが、今回は危険過ぎる。大人しく待っているんだな」
「でも……」
サハンは自分も一緒に行きたいと言ったが、ドーガはそれを許さなかった。勿論、他のメンバーもドーガの意見には賛成した。
サハンは浮かない顔をしていたが、すんなりと皆の意見を聞き入れ宮殿にとどまることを選んだ。
「さぁ、出航だ。皆、魔導船に乗り込んでくれ。イシュケルもな」
「好意に甘えよう」
イシュケル達が魔導船に乗り込むと、ドーガは舵をきり始める。土埃を上げながら、ゆっくりと空中庭園から離れていく。
そんな中、イセリナはあることに気付いた。
「さっきまで、私達を見送っていたサハンがいないわ」
「どうせ、俺達と別れるのが辛くて宮殿に戻ったんだろうよ」
イセリナの問いに、ウッディはそう返した。
「本当に、そうかしら……」
イセリナはそんなこと思いながら、遠ざかる空中庭園を眺めていた。
やがて魔導船は雲の中に吸い込まれ、エンジンはフル回転しながらスピードをぐんぐん上げる。
「ルビデスパレスは、アルタイト北にある小さな島だ」
「了解だ。振り落とされるなよ」
イシュケルの言葉に反応し、ドーガは方向を定める。
そんな時、魔導船動力室に身を潜めていたある人物が動き出す。
――サハンだ。
サハンはこっそり魔導船に乗り込んでいたのだ。
「ふう。何とかなったな。ここまで来れば、誰も文句は言えないよね」
サハンは皆のいるブリッジに向かった。




