裏切り者には制裁を
その人ではない男は、更に剣をイセリナの喉元に強く押し当てながら言った。
「我こそは、ルビデス親衛隊ケンタウロス……。この女の命が惜しければ、大人しく天空人を渡すんだな」
「ケンタウロスだと? 知らんな。貴様……俺が誰だかわかって言ってるんだろうな?」
イシュケルはケンタウロスに突っ返した。
「知るわけないだろう? この唐変木が!」
「ほう、大した意気込みだな? ならば教えてやろう……俺は大魔王イシュケルだ」
「なんだと? デタラメなことを……。イシュケル様は今、魔界に居られる筈だ。お前みたいな奴がイシュケル様の筈がない。だが、もし本当のイシュケル様だとしても、我らがルビデスパレスの主“アルザス様”に掛かれば赤子も同然。人間界も魔界も我らが乗っ取り新しい時代が来るのだ。その為には、その天空人が必要なのだ。わかったら、早くそいつをよこせ!」
「ふん。言いたいことはそれだけか? おしゃべりな奴め! 裏切りは重罪だぞ。死をもって、償うがよい」
「おいおい、イシュケルもどき。自分の立場がわかって言ってんのか?」
ケンタウロスは再び剣をちらつかせ、イセリナの喉元に押し当てる。
「我が裏切りと言うなら、イシュケルもどき……お前も裏切り者だろう。見たところ……この女、勇者のようだな? 大魔王ともあろうお方が、勇者に加担すると? 冗談も休み休み言え」
「くっ……」
「図星のようだな」
ケンタウロスは勝ち誇ったかのように、笑みを浮かべる。それと対照的に、イシュケルはイヤな汗が流れてきていた。
「イシュケル……私のことはいいから」
イセリナはイシュケルにそう伝えた。それを聞き入れると、イシュケルは無言でケンタウロスに近く。
「それ以上、近付くな! この女がどうなってもいいのか?」
「構わない……俺は魔王だ。人間一人死のうが問題ない」
イシュケルは一瞬イセリナに視線を送ると、そう言った。
殺伐とした空気が流れる。
更にイシュケルは、ケンタウロスに詰め寄る。イセリナはケンタウロスの視線がイシュケルから離れないのを確認すると、隙をみて鳩尾に肘を入れた。
「うぐっ……」
ケンタウロスが怯んだ隙にイセリナは脱出し、イシュケルの傍に駆け寄る。
「ありがとう、イシュケル」
「世話を焼かせる……」
イシュケルはニヤリと笑い返した。
その横でケンタウロスは鳩尾を押さえながら、呼吸を整え険しい表情を見せた。
「ハァ……ハァ……馬鹿にしやがって。この親衛隊ケンタウロスの恐ろしさを教えてやる」
「何処までもおしゃべりな奴だ……。魔王自らお前に引導を渡してやる。イセリナよ、下がっていてくれ。天空人を頼む!」
「わかったわ。さぁ、もう大丈夫よ。私の所においで」
イシュケルはイセリナと天空人の無事を見届けると、ゆっくりと鞘から嘆きの剣を抜き構えた。途端に、ケンタウロスは狼狽えた。
「その剣はまさか……」
「ケンタウロスよ、後悔しても遅い。消えろ!」
イシュケルは一歩踏み込むと、疾風の如くケンタウロスに斬り掛かった。ケンタウロスはガードする間もなくまともに攻撃を受け、鮮血を流した。
「ぐぁぁ……。こ、こうなりゃ、ヤケだ。我が……イシュケルを倒して魔王になってやる」
ケンタウロスは蹄の蹄鉄を鳴らしながら、剣先をイシュケルに向ける。それに答えるように、イシュケルも剣を構え直した。
「貴様なぞ、赤子を捻るより容易い。覚悟はいいな?」
イシュケルは軽やかにバックステップを踏み、助走を付けケンタウロスに斬り掛かった。ケンタウロスも負けじと、その剣を受け流し反撃に出る。二度、三度とそれを繰り返し、二人は再び間合いを取った。
「ケンタウロスよ、聞きたいことがある」
「ハァ……ハァ……何だ」
イシュケルの問いに、肩で息をしながらケンタウロスは答える。
「ルビデスパレスは、アルザスと言う奴が乗っ取っていると言うのは本当か?」
「……ハァ……本当だ。アルザス様は伝説の武具を利用し、大きく進化なされた。ここで我を倒したところで、お前に勝ち目はない。アルザス様が、お前に代わって魔王になるのだ!」
「たわけたことを……俺こそが、魔王に最も相応しい。俺が留守の間、ルビデスパレスを低レベルなモンスターに任せたのが間違いだったようだな……」
「低レベルだと? 我に苦戦してる分際で何を言う。イシュケル! お前の時代は終わったのだ」
「苦戦だと? この俺がお前に? これが全力だと思ったのか? 笑わせるな……これは、ケンタウロス、お前から情報を聞き出す為の作戦に過ぎん」
「強がりを……」
会話をしながらケンタウロスは息を整える。これもイシュケルの作戦だった。息を整え、平常心が戻ってから一気に恐怖を与える。イシュケルはケンタウロスに制裁を喰らわせようとしていたのだ。
会話が途切れると、ケンタウロスはもう一本剣を取りだし両手に構える。
「フッ……実力もないのに、二刀流とは。何処までも俺を笑わせる。フハハハっ……」
珍しくイシュケルは腹の底から笑った。
「イシュケル……許してあげたら? あなたの勝ちよ」
その様子を見て、イセリナが哀れみの言葉を投げ掛ける。
「くっ……女に心配されるとは……魔族の名折れ。ここからは、全力だ――っ!」
ケンタウロスが駆け出すも、先手を取ったのはイシュケルだった。鈍い金属音と共に埃が舞い上がる。
「魔斬鉄……だ」
イシュケルは目を閉じながら、剣を鞘に納めた。
「ぐはっ……」
ケンタウロスの上半身と下半身が、真っ二つにわかれ大量の血が吹き出す。イシュケルは返り血を浴びぬように漆黒のマントで防いだ。
やがて、ケンタウロスは白目をむいて呼吸をしなくなった。
「見事だったぞ。最期まで悪に徹する。それでこそ、魔族だ」
イシュケルは最期まで命乞いをせず勝てぬとわかっていた相手に、立ち向かってきたことを評価し、ケンタウロスに労いの言葉を投げ掛けた。
「こいつは、運が悪かったんだ。全てはアルザスというふざけた奴の所為だ。イセリナよ、ここが済んだら、我が城ルビデスパレスに付き合ってもらいたい」
「いいわ。アルザスっていう奴は、伝説の武具で進化したってケンタウロスが言ってたもんね」
イセリナはケンタウロスを弔いながらイシュケルにそう返した。
「あ、あのぅ。ありがとうございました」
イシュケルとイセリナの会話が一段落すると、天空人の男の子は言った。




