手を取り合って
空中庭園入り口で暫し和やかなムードの中、イシュケルが口を開いた。
「ドーガとか言ったな……聞きたいことがあるんだが……」
「何だ、言ってみろ」
ドーガはイシュケルの問いにあっさりと返した。
「ジュラリスとはそんなに強いのか?」
イシュケルが目を細めながら言うとドーガは、
「まぁな。ワシとラックの他にアルファっていう賢者がいたんだが、止めを刺すことが出来んかった。そこでワシらは弱った奴を、牢屋にぶちこみ封印することにした。しかし、そんなジュラリスももうすぐ復活をしようとしている。奴が完全に復活する前に叩かねば、この世に未来はないだろうな。だから、完全に復活する前に手を組み、封印を解き叩く必要がある。そう、言いてぇんだろ? 魔王よ! ガハハハっ、敵ながら良い選択だ。あ、もう仲間か? ガハハハ」
と、ドーガは、目一杯口を開けて笑った。
「そ、その通りだ……」
――そんなにもジュラリスとは巨大な力を持っているというのか……俺の考えは、浅はかだった。
多少、ドーガとニュアンスは違ったが、イシュケルはそれに納得していた。
「ところで、あのマデュラとかいう、魔術師はどうしたんだ? ジュラリスを封印する戦いの途中で、姿を消したんだが……」
ドーガの問いにイシュケルは答えた。自分は影武者であること、マデュラに操られていたこと、そのマデュラを消したことを包み隠さず話した。
「アイツを……お前一人で倒したのか? 大した奴だな」
ドーガはそう言うと懐から酒を取り出し、一気に飲み干した。
「イシュケル……私思うの。やっと、こうして私達はわかり合えた。力を合わせれば、ジュラリスなんてへっちゃらよ」
ドーガとイシュケルが話終えると、イセリナは思いの丈を語った。
「まっ、イセリナの言う通りだ。イシュケル……イセリナに感謝しろよ」
ウッディもイセリナに続き、イシュケルに言う。
「あぁ、改めて感謝する」
イセリナとウッディは、イシュケルのあまりの素直さに愕然としていた。
こんな時、いつもなら暁が突っ込みを入れるのだが……。
「ギャォォン」
「お~い、皆。何か僕……コイツに好かれたみたい。おい、やめろよ! くすぐったいだろ?」
黒龍が暁の顔に鼻先を擦り付ける。
どうやら、暁は黒龍気に入られ戯れていたようだ。
「黒龍が人に懐くとは……。暁よ、黒龍はお前に託す。……黒龍もそれで、いいな?」
「ギャォォン」
「本当かよ、悪いなイシュケル」
暁は黒龍の背に乗り、縦横無尽に駆け回って見せた。さすがは、竜騎士。ドラゴンの扱いは人一倍秀でていた。
「ただいまっと。そろそろ行かない? ここに伝説の武具があるんだろ?」
暁がそう言うと、イセリナは皆を纏めるように言った。
「皆、ここに、伝説の武具があるはずよ。何が待っているかわからないから、気を引きしめていくわよ」
以前、共闘した時のように、イシュケルとイセリナを先頭に前を目指す。
イセリナはまさかまたこんな日が来るとはと、嬉しい気持ちが溢れていた。それはイシュケルも同じだった。
肩が時折触れるだけでお互い顔を見合せ、頬を朱に染まらせていた。そんな二人を茶化すように、ドーガは言った。
「お二人さん……お互いの顔ばっか見てねぇで、前を見て見ろよ」
「凄いわ……」
「これは……」
目の前には石造りの宮殿があり、宮殿周辺の建造物は勿論、宮殿自体も宙に浮いていたのである。
――遥か雲の上に佇む空中庭園。
宮殿はその雲の上で、更に数センチほど浮遊していた。地面との接点がないその宮殿は異様な光景だった。
「ここが空中庭園の宮殿だ。僅か数人だが天空人が住んでる。奴らは非常に臆病な種族だ。刺激のある行動は慎むんだな」
ドーガは声のトーンを落とし、時折イシュケルを見ながらそう言った。
「ふん。俺に言っているのか? これでも常識は弁えているつもりだ」
ドーガの視線に感ずいたイシュケルは、そう言い返した。
「なら、文句は言わねぇ。イセリナ……確か伝説の武具は天空人に預けてあったはずだ。早いとこ、回収だ」
「ええ」
イセリナを先頭に宮殿の中になだれ込む。石造りの所為か、中はひんやりとしていた。
長い廊下を抜けると、巨大なホールに辿り着く。人影はない。
「おかしいな……以前来た時は確かにいたんだけどな。こう、背中に羽の付いた……」
ドーガは両手いっぱいに広げ説明するが、厳ついその腕ではイメージがつきにくく伝わりにくかったのか、四人はドーガから視線を反らした。
「と、取り敢えず、誰かいるか探しましょう」
イセリナがそう言うと、それぞれ手分けして天空人を探し始めた。
「誰かいませんか~」
五人は声を枯らすほど叫んだが、天空人の姿は確認出来なかった。佇む五人の前に、燭台の火だけがユラユラと寂しげに揺れていた。
「何かあったのかな?」
暁がそう言うと、イセリナは兜をかぶり直しながら言った。
「もう一度、探してくるわ」
その言葉に続くようにイシュケルも言い添えた。
「何かあるといけない。俺も行こう」
イシュケルの言葉にイセリナは頷いた。
「気を付けろよ」
ウッディがそう言うと、イセリナは笑顔で返した。
広い宮殿内を、イセリナとイシュケルは再びくまなく探索した。言葉を交わすことなく、足音だけが響き渡る宮殿内。
「……て……けて……」
「今、何か聞こえなかったか?」
通常の人間より敏感なイシュケルの聴力は、何者かの声を仕留めていた。
「わからないわ……私には聞こえなかったわ」
イセリナは聞き取ることが出来ず、イシュケルにそう返した。
「……けて……助けて……」
「間違いない、こっちだ」
イシュケルはそう言うと、イセリナの手を握り走り出した。イセリナは状況が把握出来ないまま、イシュケルと共に走り出す。
繋いだ手の温もりにイセリナは顔を赤らめた。イセリナは自分でもわからなかった。息が上がって頬を染めたのか、それとも……。
イセリナがそれを確認する間もなく、イシュケルは走るのを止めた。繋いだ手はほどかれる。
「ここから、聞こえた」
イシュケルが宮殿の一室の扉を開けると、鎖に繋がれた十歳くらいの子供が泣きじゃくっていた。背中には大きな翼。恐らく天空人だろう。
「今、助けるぞ」
イシュケルは指先の爪を尖らせ、鎖を引きちぎった。
「もう大丈夫だ」
イシュケルが天空人の子供を助けると、後方からおよそ人の声とはかけ離れた声が語りかける。
「そこまでだ。これを見ろ……」
声の主は、イセリナの喉元に剣を当てながら言った。上半身は人の姿。下半身は、まるで馬のようだ。
「貴様――っ!」
イシュケルは宮殿全体に轟く程の声を上げた。




