空中庭園
◇◇◇◇◇◇
――一方勇者サイド
イセリナ達はアルファ校長に言われた造船所に来ていた。造船所では油にまみれながら厳つい男達が、船のメンテナンスに汗を流していた。
耳を澄ますとリズム感のある金属音――心地好い音色だ。
「凄い……」
イセリナ達は開いた口が塞がらなかった。それもそのはず、巨大な魔導船や客船が何隻も列ね、ところ狭しと鎮座していたからだ。
造船所の奥に歩みを進めると、頭にタオルをターバンがわりに巻いた男が話し掛けてきた。
「なんだ、お前ら。ここは、お前らの来るようなとこじゃねぇ。仕事の邪魔だ、とっとと帰りな」
男はそう言い放つと、イセリナ達に背を向けた。
「待って下さい。私達、アルファ校長に紹介され来たんです」
イセリナは男を呼び止めると、男は再び振り返った。
「あの耄碌じじぃの知り合い? なら、仕方ねぇな」
イセリナ達はこれ迄の経緯と、簡単な自己紹介をした。
「成る程、わかった。船のメンテは終わってる。但し、条件がある。手塩に掛けた船だ、大事に扱いたい。どうだ……ワシを船長として連れてってくれねぇか? 悪いようにはしねぇ」
「頼もうよ、イセちゃん」
暁はイセリナに男の加入を促した。
「俺も賛成だ」
更にウッディも同調する。
「そうね……船のことはよくわからいし、お願いするわ」
イセリナも同じ気持ちだったらしく、男の加入を認めた。
「ありがてぇ、久々に暴れられる。おっと、自己紹介がまだだったな。ワシの名は“ドーガ”。これでも先の戦いで、勇者ラックと共闘した一人だ。斧を扱わせたら、ワシの右に出る者はいねぇ。ガッハハハ」
ドーガはダミ声混じりに高らかに笑った。
「そうだっんですか? そうとは知らず……」
イセリナはドーガの過去を知り、申し訳なさそうな顔をした。
「気にすんな、昔の話だ。それと、その敬語はやめてくんねぇかな? どうもワシには性に合わん」
「わかりました……いや、わかったわ」
「よっしゃ! 今日からワシらは仲間だ。そうと決まったら……早速、魔導船に案内するぞ!」
ドーガは、がに股で嬉しそうに魔導船のある方に案内した。
「どうだ、これがアルファの魔導船だ」
その魔導船は無駄な装飾があまりなく、シンプルだが綺麗に整備されていた。
「さぁ、乗ってくれ」
イセリナ達はドーガに案内され、ブリッジに上がった。
「多少揺れるから、振り落とされんなよ」
そう言うと、ドーガは船のエンジンを掛け舵を切った。魔導船はゆっくりと地面から離れ、あっという間に高度を上げた。
「スゲえよ、ウッディ。浮いてるよ」
「あぁ」
はしゃぐ暁の横で、ウッディは踞っていた。どうやらウッディは、高所恐怖症のようだ。
「よし、慣らしは終わりだ。一気に行くぞっ……て、何処に行くんだ?」
イセリナはドーガの発言に拍子抜けした。
「古文書には、“高き空の上、空中庭園に手を伸ばし”と書いてあるわ」
イセリナがそう言い添えると、ドーガは返した。
「空中庭園か。懐かしいな……よし、飛ばすぞ」
ドーガはそう言い放つと、船は雲を掻き分け風を切り裂いてスピードを上げた。
◇◇◇◇◇◇
――一方魔王サイド
「これは、どういう事だ。空の上に……こんな立派な庭園があるとは……」
イシュケルは黒龍に導かれ、イセリナ達より先に空中庭園に来ていた。
――ここは空中庭園のようだな。確か、少人数だが天空人がいたはず。
「空中庭園? 黒龍よ、ここに何があると言うのだ?」
「ギャォォ」
――待て! イシュケル。何かが近付いて来る。
そこにイセリナ達を乗せた魔導船がやって来た。
「イセちゃん……あれもしかしてイシュケルじゃない?」
暁はいち早くイシュケルに気付き、船を飛び降りた。
「イシュケル! 何処にでも現れる奴ね。今度こそ、仕留めてやる!」
暁は槍を手に取り、イシュケルに近付いた。
「待て、今の俺に戦う気はない」
イシュケルは両手を挙げ、戦意がないことをアピールした。
「暁、待って。何か理由があるみたい」
イセリナがそう言うと、暁は振り上げようとした槍を地面に降ろした。
そして、暁の後を追ってイセリナとウッディは魔導船から降りた。
「ギャォォン」
イセリナ達を見て、黒龍が翼を広げながら威嚇の咆哮を上げる。
「黒龍! 落ち着くのだ!」
イシュケルに一喝を浴び、黒龍は翼を折り畳んだ。
「失礼した……」
イシュケルは紳士的にイセリナ達に謝った。
「驚かせるなよ。しっかし、でかいドラゴンだな~」
ウッディがそう言うと、イシュケルは語り始めた。
「以前は、すまなかった。実は、今回お前達に頼みがあってここまで来た。話を聞いてくれ」
「どうする? イセちゃん」
「話だけは聞きましょう」
「すまない」
イシュケルに戦意がないことを再度確認すると、イセリナ達は武器を収めた。
「実は魔界で、俺よりも巨大な魔王が産まれようとしている。俺にも手に負えない程の奴だ。俺一人でそいつを倒そうとしたが、封印が施されていて近付くことさえ出来なかった。どうやら、その封印を解く為にはイセリナ……お前の力が必要のようだ。協力してはくれないか?」
「ムシのいいことを。そんな話信じらるか!」
ウッディはイシュケルを睨み付けながら言った。
「信じてもらえぬのも無理はない……どうしたら、信じてもらえる?」
イシュケルは言葉を用意していたかのように問いかけた。
「それは……その……」
ウッディが返答に困っていると、くたびれたブーツを履いた男ががに股で近付いてきた。
――ドーガだ。
「そいつの言ってることは、恐らく間違えねぇ。ワシが保証する。……おい! お前、ジュラリスが復活するってのは本当か?」
ドーガがそう言うと、驚きながらイシュケルは返す。
「ジュラリスを知っているのか?」
「知ってるも何も、奴を封印したのは勇者ラックを初めとするワシらだ」
「な、何!」
聞き覚えのあるその名を聞いて、イシュケルは動揺した。
ラックと言えば、無限回廊で戦った相手だ。尤も、ラックの幻影ではあったが。
「ラックは……ラックは今何処にいる!」
ラックのことが気になり、イシュケルは声を荒げた。
「奴は……ラックは一年前、病に倒れ死んだよ……」
イシュケルは、ラックが幻影だったと改めて認識した。
「そうか……」
「なぁ、イセリナ。こいつに手を貸してやろうぜ。どのみちワシらも封印を解くにはイシュケル(コイツ)の力が必要だ。封印を施したラックが死んじまった以上、方法はそれしかねぇ」
ドーガは間に入り、共闘するように促した。
「わかったわ。ドーガがそう言うなら……但し、お願いがあるの。伝説の武具を全て集めてからにして欲しいの」
イセリナは決戦に備え、伝説の武具は不可欠と判断しそう提案した。
「俺も、イセリナの考えに賛成だな」
「僕も」
ウッディも暁もイセリナの考えに同調した。
「協力してもらえるなら、それでいい。これからは、お前らに同行させてもらう。宜しく頼む」
イシュケルはそう言うと、スッとイセリナの前に右手を差し出した。
「こちらこそ。お願いするわ」
イセリナもまた右手を差し出し、二人は握手を交わした。
かくして、長き時を越え、善と悪が今一つになり歴史が動き始まったのである。




