悲しき再会
イセリナはイシュケルの姿を確認するやいなや、眉間にシワを寄せ間合いを取った。そして、暁とウッディにも歩みを止めるように言った。
「様子がおかしいわ。以前共闘した時のイシュケルと、雰囲気がまるで違う」
イシュケルが放つ禍々しいオーラを感じ取り、イセリナはそれを察知した。そして、次の瞬間それは確固たるものになる。
「勇者イセリナよ。待っていたぞ。わざわざ死にに来るとは、ご苦労なことだ。マインドフレイムよ、こいつらと遊んでやれ!」
「御意」
マインドフレイムは、イシュケルの前に立ち様子を伺う。足元には無造作に伝説の盾が転がっていたが、マインドフレイムもイシュケルもそれに気付いていない。
「イシュケル! どうしちまったんだよ。生きていたのは嬉しいけど、あの剣に洗脳されちまったのか?」
ウッディは涙ながらに、イシュケルに訴えかけた。
「何だ、お前は? 知らんな。引っ込んでろ、ザコが……」
「危ない! ウッディ、逃げて!」
イシュケルは近付くウッディに向け衝撃波を放った。ウッディはイセリナの声に反応し、紙一重で衝撃波を躱した。
「チッ、外したか……」
イシュケルは不敵な笑みを浮かべ、イセリナ達を睨み付けた。
「アイツは……イシュケルは、以前のイシュケルじゃないわ。皆、悲しいけどやるしかないわ」
イセリナは鞘から剣を抜き取り、剣先をイシュケル達に向けた。
「おっと、お前達の相手はこの我輩だ。イシュケル様には、指一本触れさせはしない」
マインドフレイムは、イシュケルの前に立ちイセリナ達を鼻で笑った。イシュケルは後方へ下がり、腕組をしながら様子を伺う。
「イセリナ、参ります」
先手を取ったのはイセリナだった。
素早さに長けたイセリナは、鋭い剣さばきで何度もマインドフレイムを斬り付ける。マインドフレイムは辛うじて剣を受け流すも、ダメージはゼロではない。
「今度は我輩の番だな。行くぞ!」
「後ろがお留守だよ」
マインドフレイムが反撃に移ろうとしたその時、暁が隙をみてマインドフレイムの背中を槍で突き刺した。
「己れ、舐めたマネを……。お前ら全員地獄へ突き落としてやる。自分に、念仏でも唱えるんだな!」
マインドフレイムは炎を増幅させた右腕を伸ばし、イセリナ達を薙ぎ払った。ウッディは辛うじて免れたが、イセリナと暁は軽度の火傷を負った。辺りに髪の毛の焼けた異臭が漂う。
「大丈夫か? お前達!」
ウッディが二人に駆け寄ると、イセリナは右手が焼け爛れ、暁は左足が焼け爛れていた。
「ウッディ……僕達なら大丈夫だ。早く氷の魔法で、アイツを」
「わ、わかった。俺に任せろ!」
ウッディは暁に促され、慌てて詠唱に入る。気温が高いここではかなりの集中力が必要だが、それを感じさせない程に早い詠唱。
「これでも、喰らいやがれ!」
ウッディは連続して氷の魔法を放つ。放った瞬間に、次の魔法を詠唱する高度な魔法技術だ。
デスナイトと戦った時より、威力も増しほぼ無詠唱に近い形だ。
ウッディの放った氷の柱は、次々とマインドフレイムに突き刺さる。
「はぁ……はぁ……ウッディ様を舐めるなよ」
「うぐっ……なかなかやるな……お前は一番のザコだと思ったが、撤回してやる」
「な、何っ! 俺は全力でやったつもりだ……」
「ふっ、笑わせるな。炎、イコール氷が弱点なぞ安易な考えはやめるんだな。我輩を舐めるなと言った筈だ」
その光景を目の当たりにして、イセリナ達は呆然と立ち尽くしていた。
マインドフレイムは、イセリナ達にゆっくりとにじり寄る。
「良いものを見せてやろう。……ふん」
マインドフレイムは、全身を震わせ右手を剣のような形に変化させた。さしずめ炎の剣と言ったところだ。
その右手を振り上げ、まずは暁をターゲットに降り下ろした。暁は難なく躱すが、マインドフレイムの斬り付けた地面は底が見えない程の亀裂が入っていた。
「なんという破壊力だ。あんなのまともに喰らったら、お陀仏もいいとこだよ」
暁は恐怖を感じ、反撃に移れないでいた。
「どうした? 弱い、実に弱い。マインドフレイムよ、仕上げに取り掛かれ!」
マインドフレイムの後方で、イシュケルはニヤリと笑いマインドフレイムに指示を出す。
「うるせぇんだよ、イシュケル。ガタガタ抜かしやがって。俺達は、負けないからな!」
正直、ウッディにそんな自信はなかった。なかったからこその、強がりだった。
「面白い。マインドフレイムよ。まずは、あの生意気な男の息の根を止めるのだ」
「承知しました」
マインドフレイムは、方向を変えウッディの前に立ち塞がった。
「跡形もなく吹き飛べ!」
マインドフレイムは右手を振り上げた。
「この距離ならどうだ!」
通常魔法使いというものは後方からの援護が基本だが、ウッディはあえて接近戦で最後の勝負を賭けた。
ウッディの放った氷の柱は、マインドフレイムの右目を貫いた後、音もなく弾けた。
「うぉぉぉ。目が……目が……」
立ち込める水蒸気の中、追い討ちを掛けるようにイセリナが斬り付ける。
「ナイスだ。イセリナ!」
「ウッディ、油断しないで。まだ、終わってはいない」
マインドフレイムは衰退した全身の炎を回復するべく、周囲の炎を吸収し再び増幅させた。
「今のは効いたぞ。ここが火山じゃなかったら、ヤバかったかもな。幸いここには、我輩の味方である炎が山ほどある。残念ながら、お前達の負けだ」
マインドフレイムは、軽薄な声で伝えた。
「なす術なしか……」
ウッディが肩を落としながら間合いを取ると、暁が小声で話し掛けてきた。
――もしかして、あそこに落ちてるのって、伝説の盾じゃない?
暁の言う方向には、確かに伝説の盾が落ちていた。イセリナ達と戦う前に、マインドフレイムが取ってきたものだ。しかし、マインドフレイムもイシュケルも、それには気付いていない様子だ。
暁は再び小声で、ウッディに話し掛ける。
――何とかなるかも。いい? 私の言う通りにして。
――あぁ、わかった。
――ウッディは魔法で兎に角、二人の視線を釘付けにして。威力はなくていい。派手にやってくれればいいから。その隙に、僕が盾を取りに行く。いい?
――わ、わかった。
暁はウッディに作戦を告げると、徐々にイシュケルとマインドフレイムの視界から反れた。それをウッディは確認すると、マインドフレイムを挑発した。
「おい! 木偶の坊! さっきは、仕留めそこなったが、次がお前の最期だ!」
「笑止!」
マインドフレイムはウッディの挑発に乗り、ウッディに近付く。
「おら、おら、おらーっ!」
ウッディはあまり威力のない氷の魔法を、出来るだけ派手に演出した。
「いいぞ、ウッディ」
その隙に暁は素早くステップを踏み、伝説の盾を手に入れ戻った。
「はい、イセちゃん。これで、奴の炎を弾き返して!」
「ありがとう、暁! やってみるわ」
イセリナは暁から伝説の盾を受け取ると、早速装備した。
「しまった……」
ウッディの派手な演出に目を奪われていたマインドフレイムは、ことの重大さに気付き嘆いた。




