誘惑の虜
その頃ウッディはというと、記憶を操られているとは知ら、如月扮するセイレーンに夢中になっていた。
――このくらいでいいかな。
セイレーンは噴水の横にある木に向かって術を掛けた。
「あれ? 如月……いつの間にそっちに行ったんだ?」
ウッディは、セイレーンが術を掛けた木を、如月だと思い込み必死に話しかけ始めた。
「上手くいったわね。さて、次はイセリナ達ね。術が解ける前に急がなくては……」
セイレーンはイセリナ達を探し、娯楽区域へ向かった。
一方イセリナ達はセイレーンに操られているとは知らず、全財産をメダルに替え、スロットに注ぎ込むところだった。
「お願い当たって!」
イセリナは願いを込め、レバーを叩き込む。ドラムが停止しようとした瞬間、イセリナと暁に変化があった。
「あ、あれ? 何で、私達こんな何処にいるの?」
「僕もわからない……何かあったような、なかったような……それより見てみなよ、イセちゃん!」
暁が指差すスロットを見ると何と、“7”が五つ揃っていたのだ。
「何だ、これ? すげ~よ、イセちゃん」
払い出し口から、メタルが大量に吐き出されていく。
「これ、私達の?」
「何か知らないけど、多分僕達のだよ」
イセリナ達はメダルを換金して、カジノを出ようとした瞬間、如月の姿をしたセイレーンと鉢合わせになった。
「お姉ちゃん、何処いくの?
「イセちゃん、知り合いか?」
「いいえ、知らないわ」
「何、言ってるの、お姉ちゃん。私よ、如月よ」
「如月? 知らないな。そもそも、僕に妹何ていない! お前は誰だ!」
暁は、その如月と名乗る女に向けて怒りをぶちまけた。
「こんなに早く術が解けるとは……さすがだわ。私は、セイレーン。悪いけど、あなた達には死んでもらうわ」
「ここでは、戦えないわ。表に出なさい」
イセリナはセイレーンにカジノから出るように促した。
「そう言えば、ウッディは?」
「……見当たらないわね」
イセリナと暁がウッディを探して周りを見渡すと、セイレーンは悪戯に微笑んだ。
「その男なら、今頃大木と睨めっこしてるんじゃないかしら」
セイレーンは不気味な笑みを浮かべながら、正体を現した。正体を現したセイレーンは、魅惑的な姿でイセリナ達を見つめる。イセリナ達はウッディが姿を消した原因がセイレーンだと把握すると、身構え戦いに備えた。
「おい! 皆来てみろよ。何か姉ちゃん達が、ケンカしようとしてるぞ」
一人のギャンブラーが騒ぎ立て、イセリナ達の周囲はあっという間に野次馬で埋め尽くされた。野次馬達は、戦い(ケンカ)を止めるどころか、どっちが勝つかなどとお金を賭ける者まで出る始末だ。イセリナ達にとっては実にやりづらい状況だ。
イセリナはやむを得ず鞘から剣を抜き、まずは小手調べと言わんばかりにセイレーンの上段部を斬り付けた。セイレーンは特に素早さが優れている訳でもなく、イセリナの攻撃を避けきれず肩から流血した。
「おい! そっちの姉ちゃん、もうちょっと手加減しろよ」
野次馬達は敵であるセイレーンを庇い、味方であるイセリナ達に罵声を浴びせたのだ。攻撃することに躊躇したイセリナに、セイレーンはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら攻撃を仕掛けてくる。普段のイセリナなら避けることが出来る攻撃だったが、野次馬達の所為で力を発揮出来ず手痛いダメージを負った。
「どうしたんだよ、イセちゃん。あんな攻撃避けれるだろ?」
暁はイセリナが野次馬達の野次の所為で、普段の力を出せないでいるのに気付いた。
「イセちゃん、気にするなよ。ったく……何処までお人好しなんだよ。僕がやるしかないか……」
暁はイセリナを気遣い、前に躍り出た。地面を蹴りあげ、得意の空中戦に持ち込む。突き上げた槍は、見事にセイレーンの右肩を貫いた。
「おい! やり過ぎじゃねぇか?」
野次馬達は暁を非難するが、暁はそれに動じない。尚も、攻撃を続ける。
実力から言ったら、完全に暁の方が上だ。
順当に雌雄は決するものと思われた時、セイレーンは奥の手を使った。
「己――っ! このままでは……。やはり、幻覚を使うしかあるまい。記憶を書き替える力は残ってないが、それくらいなら……」
セイレーンは幻覚の術を放った。野次馬達とイセリナは、術に掛かり右往左往している。
一方の暁は、辛くも空中にいた為、セイレーンの幻覚から逃れていた。セイレーンに取っては失態だったが、イセリナを幻覚に陥れただけでも収穫である。
地面に着地した暁は、慌てふためいた。野次馬達やイセリナが、暁の周りに集まり身動きが取れないまでに封じられたのだ。
「くそ……おかしな術を使いやがって……」
セイレーンは、身動きの取れない暁に対して執拗に攻撃をした。一方的に攻撃を受け、暁は気を失い掛けていた。
「……くっ……」
最後の力を振り絞り、纏わり付く野次馬達に峰打ちを喰らわした。
「あれ、私……」
暁の峰打ちのお陰で、イセリナ含む野次馬達は正気を取り戻した。
「イセちゃん……後はお願い」
暁はイセリナに全てを託すと気を失った。イセリナは状況把握すると、連続してセイレーンを斬り付けた。術から解けたイセリナにとってセイレーンは敵ではなかった。
セイレーンは最後の叫び声を上げた後、静かに目を閉じた。
「やったわ……」
一方ウッディはというと、大木に向かって口説いていた。
「……あれ? 俺、何してたんだ?」
イセリナと暁の苦労も知らず、今頃になってようやく正気を戻したのであった。




