大海原を越えて
◇◇◇◇◇◇
――一方勇者サイド
イセリナ達は港街に到着していた。港街は以前訪れた時より、活気が溢れている。恐らくレインチェリーが復興に向かっていることにより、人の流れが出来たのであろう。
魚市場には新鮮な魚介類が並び、観光客はそれを品定めしている。そんな姿を見てイセリナは嬉しくなった。
「やっぱり平和が一番ね。さぁ、アルタイト行きのチケットを買いに行きましょう」
「え~、イセちゃん。その前にお団子食べようよ。ここのお団子、すっごく美味しいんだよ」
「暁は食いしん坊だな」
「ウッディは黙ってて!」
「はいはい」
イセリナ達はアルタイト行きのチケットを購入し、出航までの空き時間を利用して定期船乗り場前の茶屋で寛ぐことにした。
穏やかな波が潮の香りを運んできて、首元をすり抜ける。平和を感じれる瞬間だ。
「イセちゃんも食べなよ」
口一杯に団子を頬張った暁が、食べ掛けの団子を差し出す。
「わ、私は大丈夫だから」
イセリナが丁重に断りを入れると、
「ふ~ん」
と、言って二人前をペロリと平らげた。
暁が団子を食べ終わると、荷物を纏め定期船に乗り込む一向。定期船の乗客を見ると様々だ。大都会アルタイトに憧れる若者や、仕事の関係上乗船する者、バカンスに行く為乗船する者。
それぞれがそれぞれのの理由を抱え、百人程度の乗客を乗せた船は大海原へこぎ出した。
けたたましい蒸気と黒煙を吐き出しながら船が沖へ出る頃、甲板では乗客がある異変に気付きパニックに陥っていた。この状況を察知したイセリナ達は、武具を纏いながら甲板へと足を運んだ。
「どうしたんですか?」
イセリナは乗客の一人の紳士に問い掛けた。
「あれを見てくれ、化け物だ……」
紳士が指差す方向には、迫り来るモンスターの姿があった。どう考えても、この船を目標に近付いて来ている。
「ここは、私達が引き受けます。皆さんは安全な船内に避難していて下さい」
甲板にいた二十人程の乗客を船内に誘導し、イセリナ達は甲板でそのモンスターとの戦いに備えた。
そのモンスターが近付いて来るごとに、穏やかだった波が荒々しくなってくる。甲板に打ち上げられる水飛沫。相当巨大なモンスターだ。
地上とは勝手が違う戦闘を強いられることになるのは明白だ。
一段と波が激しくなると、まるで鉤のような鋭い爪が甲板上に食らい付いた。メキメキと甲板が犇めき始めると、モンスターはその全貌を明らかにした。
船の倍はある巨体に、蒼く煌めく鱗――そして唾液を纏う口からは頑強な牙を覗かせていた。翼こそないが、紛れもなくドラゴンだ。
「グァァァ――っ! 我はこの海で最強のシードラゴンだ。お前だな? 勇者を名乗る小わっぱは! 海の藻屑になれぃ」
シードラゴンの鋭い爪が三人に襲い掛かる。右へ避けると、今度は左から。シードラゴンは鉤のような爪を巧みに操り、イセリナ達を翻弄した。イセリナ達は何の攻撃も出来ず、攻めあぐねいていた。
「勇者と言っても、海では大したことないな」
シードラゴンはイセリナ達を攻撃しつつ爪で甲板を叩きつけ、船首に尻尾を巻き付いたりしながら船自体にもダメージを与えてきた。
「駄目だ、このままじゃ船が沈没するぜ。どうする? イセリナ!」
ウッディは眉をしかめ、イセリナに言った。
「この戦い、ウッディ中心に行きます。私と暁が前線で、あの爪を食い止めるから、魔法で攻撃して。ウッディ、出来るわよね?」
イセリナは真剣な眼差しでウッディに訴えかけた。その目は、『この戦いは、あなた次第』と言っているかのように思えた。
「当たり前だろ! 俺は大魔法使いウッディ様だぞ。コテンパンにしてやるぜっ」
「能書きはいい、“大”なんて付けて恥ずかしくないのか?」
暁はぼそっとウッディに毒を吐くと、甲板を蹴り宙を舞った。
「はいはい、どうせ俺は恥ずかしい男ですよ。だがな、やる時はやるぜっ!」
ウッディは素早く詠唱に入り、稲妻の魔法をシードラゴンに放った。その間およそ三秒。ほぼ無詠唱に近い感じだ。威力こそ落ちるものの、ウッディは連続して稲妻の魔法を放ったのだ。
それに答えるように、前線ではイセリナと暁がそれぞれの役割を果たしていた。
この時点で、シードラゴンの鱗の半数は剥がれ落ちていた。しかし防御力が低下したとはいえ、依然シードラゴンの執拗な攻撃は続いた。
 




