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逆らえぬ運命

◇◇◇◇◇◇




「ここは何処だ?」


 イシュケルは、静まりかえった草原に一人佇んでいた。草原は緑が生い茂り、鳥の囀ずりが聞こえる。

 ここは何処なのか、何故ここにいるのか、イシュケルには見当がつかなかった。


「誰かいないのか?」


 イシュケルは懸命に呼び掛けるも、その声は虚しくかき消されるだけで返事はない。途方に暮れながら、彷徨い続けると人の声らしきものが、耳に入ってきた。


「あっちの方向だな?」


 茂みを掻き分け、声のした方向に歩みを進めると美しい湖が目に入った。太陽の光を浴びながら、その水面みなもはうっすらと揺れている。


「誰かいるのか?」


 イシュケルは声の聞こえた方に向かって問い掛けてみた。


「キャャャァ!」


 水飛沫を上げながら、女性がイシュケルに向かって奇声を発した。その奇声を発した女性はイセリナと雰囲気が似ていた。


「イセリナ……なのか?」


「あなたは誰?」


「俺だ。イシュケルだ」


「イシュケル? 知らない名前だわ」


 その女性はそう答えると、水辺から姿を現した。

 イシュケルがその美しい女性の姿に見とれていると、


「恥ずかしいわ。そっちを向いててくれる?」


と、イシュケルに言った。

 慌てて視線を反らしたイシュケルは、


「す、すまない」


と、返すとその女性は全身の雫を拭き取り、純白に輝く衣を纏った。


「ごめんなさい、イシュケルさん。さっきは動揺してしまって……。何故、あなたは私の名前を知っているの?」


 その女性の名前は“イセリナ”で間違いはないようだったが、イシュケルのことは知らないような感じだった。


「本当に俺のことがわからないのか?」


 イシュケルは再度イセリナに似た女性に問い掛けた。


「わからないわ。でも、あなたを見ると、何処かで会ったような懐かしい感じがするわ」


 そう言うとイセリナに似た女性は、イシュケルの横にちょこんと腰をおろした。イシュケルその場に腰をおろし、イセリナに似た女性に言った。


「俺の知っているイセリナという女性に、似ているんだ」


 イセリナに似た女性は、一瞬不思議そうな顔をしたが、その後こう言った。


「あなたは、そのイセリナという女性が好きなんですね」


 イシュケルは心を見透かされたようで恥ずかしくなり、顔を赤らめた。


「見て、鳥たちが歌を歌ってるわ」


 イセリナに似た女性は、無邪気に鳥たちを指差した。そんなイセリナに似た女性を見ながら、イシュケルは遠い目をした。


「そんなに悲しい目をしないで。あなたの知っているイセリナもきっと、あなたのことが好きよ」


「何を根拠に、そんなことを……俺とイセリナは結ばれない、結ばれてはいけない運命なんだ……俺達は出会ってはいけなかったんだ」


 イシュケルはいつの間にか声を荒げ、更に続けた。


「全ては俺が悪いんだ……。俺の運命が……運命を呪いたい……」


 知らず知らずのうちに、イシュケルは胸の奥にしまっていた想いを、イセリナに似た女性にぶつけていた。


「そんなに自分を責めないで。運命は変えられるわ……。あなたが思うほど、未来は悪くないわ……きっと。だから、顔を上げて」


 そう言うとイセリナに似た女性は、イシュケルの頬に両手をあて、優しく唇を重ねた。


「さぁ、あなたの大事な人が待っているわ。勇気を持って……」


 イセリナに似た女性がそういい放つと、心地好い風と共に眩い光に包まれた。


「夢……か」


 イシュケルが目を覚ますと、見慣れたベッドの上だった。だが、微かに残る唇の感触はリアルに残っていた。


「イセリナ……」


 イシュケルはベッドから身体を起こし、その名を叫んだ。


「運命は変えられる……か」


 イシュケルは包帯を取り払い、王座に向かった。


「マデュラ、マデュラはいるか?」


 イシュケルは、謁見の間にある王座に腰を据えながら言った。その声を聞いたマデュラは、暫し間隔を置いて部屋から戻ってきた。


「お呼びですか? イシュケル様。傷の方は……」


「マデュラよ、心配ない。この通りだ」


 イシュケルは両手を広げ、傷が完治したことをアピールした。




◇◇◇◇◇◇




 ――一方勇者サイド


 暁とウッディの背中を追っていたイセリナは、ようやく二人に追い付いた。


「ハァ……ハァ……待って」


 イセリナに気付いた暁とウッディは、後ろを振り返った。


「暁……ウッディ、ごめんなさい。私……言い過ぎたわ」


 暁は大きな瞳を細め、イセリナに言った。


「僕の方こそ、ごめん。イセちゃんの気持ちも知らないで……。イシュケルのことが好きなんだよね?」


「えっ? それは……その……」


「顔に書いてあるよ。イシュケルはきっと生きてるよ。現にモンスター達がざわめき始まってる。これは魔王が生きてるって証拠だよ」


 暁の尤もな意見に、今度ばかりはイセリナも同調した。そして、更に暁は続けた。


「でもね、イセちゃん……イシュケルは僕らが倒すべき相手。交わっちゃいけないんだよ……」


 暁はいつもより優しい口調でイセリナに言った。傍にいたウッディは、二人から少し離れ会話が聞こえないフリをしている。


「暁……それはわかっているわ。でも、私思うの。理由はどうあれ、本当の悪だったら、私達を助けたりしないんじゃないかなって……」


「そうかも知れないけど……」


 納得のいかない暁は、腕を後ろに組み頬を膨らました。


「私、信じたいの。運命は変えれる……って」


 その真っ直ぐな瞳を見て、暁はイセリナを信じようと思った。


「わかった。イセちゃんを信じるよ。じゃ、仲直りのハグっ!」


 不意に暁はイセリナに抱き付き、またもや頬にキスをした。


「ちょっと、暁……」


「テヘッ。サービスだよ。言っとくけど、僕はレズじゃないからね。だって、好きな男がいるもん」


 その会話が耳に入ったウッディは、ダッシュで暁のもとに近付いた。


「好きな男って、誰だよ」


「教えな~い」


 暁は顔を赤らめながら、先に駆け出した。




◇◇◇◇◇◇




 呪いの館からだいぶ寄り道をしながら、ようやくレインチェリーの街に戻ってきた。雨が止み、人々は久しぶりに洗濯物や布団を干し、笑顔が戻っていた。

 街を徘徊していた荒くれ者も真面目に働き、街は復興に向けて大きな一歩を踏み出したようだ。


「だいぶ、街も賑やかになったようね」


「なぁ、イセリナ。今夜はこの街で、宿をとらないか? ずっと戦い続けてたから、休息も必要だろ?」


「僕もその意見に賛成~。家、壊されたし~」


「仕方ないわね~」


 イセリナは二人に根負けし、レインチェリーで宿をとることを決めた。


「あまり、高いとこは駄目よ」


「高いも安いも、この街に宿屋は一軒しかないけどね。そして、ここがその宿屋だよ」


 さっきから視界に入っていた大きな建物が、この街唯一の宿屋だった。見るからに、高級そうで料金も高そうだ。

 イセリナは財布の中身を確認し、溜め息を付いた後、二人にハメられたことに気付いた。


「もう、二人とも意地悪……」


 そう言いながら口角を上げた。


――イシュケルが生きている。モンスター討伐をしていれば、必ずまた会える。


 そう思うとイセリナは、元気が湧いてきた。


「暁、ウッディ。ありがとう。あなた達のお陰よ」


 三人は街で唯一の宿屋の扉を開いた。

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