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青天の霹靂

 イシュケルの安否を確認するべく、マデュラは人間界へ赴いた。


――人間界へ来るなんて、何年振りだろうか?


 そんなことを考えながら、マデュラはイシュケルの気を探った。


「まだ息はあるようですね。急がなくては……死なれては元も子もないですからね」


 魔シン族の居なくなった呪いの館はひっそりと佇み、イシュケル以外生命の気配は感じられない。恐らくイセリナ達は、既にこの館を離れたのだろう。


「イシュケル様、イシュケル様~!」


 マデュラの掠れた声が、呪いの館に響き渡る。


「……くっ……うぐっ」


「イシュケル様? イシュケル様ですね?」


 マデュラはイシュケルのか細い声を聞き付け、ようやくイシュケルを発見した。


「イシュケル様……。お気を確かに」


 血に染まり変わり果てたイシュケルを抱き抱え、マデュラはその口に不気味な紫色の液体を注いだ。


「うぐっ……うぐっ……かはっ」


 瀕死の状態からイシュケルは這い上がり、目を覚ました。刻まれた傷は癒えないが、この不気味な液体のお陰で自力で歩けるまでに復活したのだ。


「お目覚めですかな? イシュケル様」


「マデュラか。すまない……俺としたことが」


「何をおっしゃいます、イシュケル様。魔王軍は、イシュケル様あって成り立つもの。イシュケル様の命を救うのは、極自然の流れ……」


 マデュラの言葉を完全に信じるわけではないが、イシュケルは素直にマデュラに感謝した。


「マデュラよ。魔シン族は殲滅させたが、イセリナ達は逃がしてしまった」


 イシュケルは魔シンを殲滅したことは伝えたが、共闘したこと、嘆きの剣に洗脳されイセリナに瀕死に追いやられたことは話さなかった。

 仮に話したとして、“マデュラのことだ、ある程度は把握しているだろう”と思ったからだ。現に瀕死になった原因を聞こうともしない。


「イシュケル様、厄介な魔シン族を殲滅しただけでも快挙です。ささ、今は魔界に戻り身体の回復を待つのが先決です。その後、作戦を考えましょう。イセリナ達をどうするか……」


 マデュラはイシュケルにそう言うと、背を向けた。その背中はイシュケルに“次はないぞ”と言っているかのように見えた。




◇◇◇◇◇◇




 ――一方勇者サイド


 イセリナ達は呪いの館を後にし、レインチェリーの街に向かっていた。


「あっ! ウッディ見てみなよ。レインチェリーの上空の雲がなくなってる」


「本当だ。デスナイトを倒したからだな……」


 レインチェリーの上空の厚い雲が消えたのは嬉しいが、イセリナのことを思うと手放しでは喜べないウッディであった。

 あれ以来口を閉ざしたイセリナに、何て言葉を掛けていいか分からず悩んでいた。

 そんな中、暁はイセリナに言った。


「イセちゃん、いつまで落ち込んでるの~。イシュケルなら大丈夫だって。そのうち復活して、“悪かった”なんて言って来るよ」


 それに対してイセリナはこう返した。


「よくそんな事言えるわね。いくら魔王とは言え、一緒に戦った仲間を私は斬ったのよ。それに私は全力でイシュケルを斬ったわ。生きてるはずないもの……。勝手なこと言わないで!」


 イセリナは思わず感情的になり、強い口調で暁に当たった。


「ぼ、僕はそんなつもりで言ったんじゃ……」


 暁は涙を浮かべ、走り去って行ってしまった。


「イセリナ! 言い過ぎだぞ。待てよ、暁~!」


「……」


 暁の後を追って、ウッディも走り去った。イセリナは、走り去って行く暁とウッディを呆然と眺めていた。追おうと思えば追えたが、足腰は鉛のように重く感じそれを許さなかった。


「イシュケル……」


 その名を呼べば、“どうした? イセリナ。元気ないな”と、ひょっこり現れる気がした。しかし、現実には人の気配は全くない。雨上がりのモワァッとした湿度のある空気と、ぬかるんだ地面が続いているだけだ。


「はぁ……」


 イセリナは深い溜め息を付いた。取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感に、再び涙が止めどなく溢れた。

 だが、涙を流したことでイセリナは、勇者としての強い意思を取り戻し我に返った。


――私には使命がある。大魔王イシュケルを滅ぼしたとはいえ、モンスターの残党討伐が残っている。今もモンスターに苦しめられている人々がいるはず……私の助けを待ってる人がいるはず……だから、イシュケルのことは忘れよう……。


 イセリナはそう前向きに考えると、少しだけ楽になった。完全ではない……一時的でもいい……前を向いて歩こうと。


「暁~! 言い過ぎたわ、ごめんなさい。ウッディ、待ってよ~」


 辛うじて姿が確認出来るくらい遠ざかった二人を、イセリナは追い掛けた。




◇◇◇◇◇◇




 ――一方魔王サイド


「痛ててて……。マデュラよ、もう少し優しく出来んのか?」


「申し訳ございません。何分、治療に慣れていないもので。魔法でもあれば一発なんですが、どうも私は回復系の白魔法が苦手でして……」


 マデュラはそう言いながら、イシュケルの傷口に容赦なく塗り薬を塗布し、ガーゼやら包帯やらを淡々と巻き付けた。


「よし、とりあえず治療は終わりました」


 不器用に巻かれた包帯と、はみ出した塗り薬。イシュケルは文句の一つも言いたかったが、汗だくで治療に当たってくれたマデュラを見ると、それは言えなかった。


「マデュラよ、すまない」


 マデュラはコクリと頷き、治療道具を片付けながらイシュケルに言った。


「イシュケル様、今後どのように?」


 イシュケルは王座に身体を預けながら、マデュラに返した。


「それなんだが、少し修行をしたい。嘆きの剣に洗脳されないように……な?」


 イシュケルはマデュラではなく、嘆きの剣を見ながら言った。


――イシュケルよ。我に洗脳されるのは、お主の精神の弱さよ。


「嘆きの剣……痛いとこをつく。……マデュラよ、嘆きの剣もこう言ってる……どうだ?」


「お気持ちはわかりますが、、その間勇者どもはどうする気ですか? イシュケル様が修行している間、伝説の武具を集められでもしたら……」


 マデュラは不安な表情を浮かべながら、イシュケルに返した。だが、イシュケルにもとっておきとまではいかないが、考えがあった。


「黒龍石を使う。今回の戦いで、以前よりパワーも魔力も付いた。よりランクの高いモンスターを呼び出せるはずだ」


「承知しました、認めましょう。でも、修行は傷が癒えてからにして下さい。いいですね?」


「わかった、約束しよう」


 イシュケルが煙たそうにマデュラに答えると、マデュラはイシュケルの肩を掴んだ。


「な、何だ?」


 突然肩を掴まれたイシュケルは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「そうと決まったら、一度ベッドでおやすみ下さい」


「あ、あぁ……」


 気のせいなのか、イシュケルはマデュラに肩を掴まれた瞬間、殺気のようなものを感じた。マデュラの表情を見ると、殺気は感じられない。やっぱり気のせいかと思い、イシュケルはベッドルームへ向かった。

 イシュケルはベッドに沈むと、泥のように眠った。


「さて、私にはやるべきことが……」


 イシュケルが眠りに付くと、マデュラもまた自分の部屋に引っ込んだ。

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