戦いの先に見たもの
イシュケルは力を解放し、パワータイプにチェンジした。赤い髪に変化したイシュケルは、嘆きの剣に語り掛けた。
「嘆きの剣よ。頼んだぞ」
――承知。たが、血が欲しい……。鉄クズはマズイ。
「もう少し我慢してくれ」
嘆きの剣は、イシュケルの背丈を越す大剣に変化した。それを片手で軽々と持ち上げ肩に背負った。
「凄い剣ね、形状を変えられるなんて」
「イセリナよ、集中しろ! 敵は向こうだ」
「ご、ごめんなさい」
イセリナはイシュケルに叱咤され、慌てて身構えた。細身ではあるが、イセリナもまた軽々と剣を握り締めた。
「貴様ら、全員皆殺しだ! おら、おらぁ! 死ね!」
デスナイトは怒号を響かせ、両手に持った大剣をを不規則に振り回して来た。
イセリナは右から、イシュケルは左からデスナイトを取り囲むように間を詰める。
「竜騎士、暁参上――っ!」
二人が引き付けているうちに、暁は遥か頭上を飛んでいた。暁の槍先は、デスナイトの背中付近を捉えようとしていた。しかし、さすがは魔シン族特攻隊長。それを察知し、紙一重で躱し攻撃に転じた。
「甘い! 甘過ぎるわ!」
デスナイトはイセリナの剣を柄で受け流しながら、大剣で暁の胸元を斬り付けた。
「うぅ……」
あれほど大量の魔シンを倒した暁が、デスナイトのたった一撃で踞ってしまった。
「暁ぃ! 大丈夫か?」
「大丈夫だ……ウッディ。僕のことより、自分の……仕事を……しろよ」
「わかった……」
ウッディの返事を聞くと、暁は口角を上げながら傷口をそっと撫でた。時折ウッディにだけ見せる、素の笑顔。その姿は一人の戦士でもあり、一人の女性でもあった。
「デスナイト! 覚悟しな、俺のとっておきを見せてやるぜっ!」
ウッディは素早く二つの魔法を詠唱した。右手からは燃えさかる炎の塊、左手からは稲妻を帯びた塊を発生させた。それが交差すると、デスナイトの胸元目掛け飛んで行った。
「こんなもの……弾き飛ばしてやるわ。つぁぁぁ!」
デスナイトは左腕一本で弾き返そうと試みるが、ウッディの魔力の方が一枚上手だった。直前で勢いの増した炎と稲妻は、より巨大なものになり忽ちデスナイトを飲み込んでいった。
「うぐぁぁ……」
デスナイトの左腕が、耳障りな金属音を立てながら床に転がった。それと同時に魔力を使い果たしたウッディは、暁にもたれ掛かるようにヘナヘナと尻餅をついた。
「情けねぇな、ウッディ……」
「暁、お前もな……」
戦線離脱した二人の穴を埋めるべく、イシュケルとイセリナはお互いを鼓舞していた。デスナイトは左腕を失ったとはいえ、攻撃力はまだ衰えない。
イセリナもイシュケルも、かなりの体力を消耗していた。それほどまでにデスナイトは強敵だったのである。
「やっぱり、あの目を狙わないと駄目かしら?」
イセリナの問いにイシュケルは首を横に振った。既に何度もその赤い目を狙おうとしていたが、デスナイトの守りは頑強でそれを許さなかったのだ。
「やむを得えん、暁その槍を貸してくれ」
「あ、あぁ? いいけど……」
半ば強引にイシュケルは暁から槍を受け取ると、漆黒のマントを払いながらスピードタイプにチェンジした。
「イセリナ、頼みがある。一人で奴を引き付けてくれないか? その隙に俺が、この嘆きの剣と槍のダブルで奴の目を貫く。出来るか?」
「出来ないなんて、言えないわね」
「そう言うことだ」
イセリナはイシュケルにウインクしながら、それに答える。そして、剣を構え直し誘導するかのように端へ端へとデスナイトを追いやった。
「イセリナ、よくやった。退けてくれ。喰らえ、デスナイトよ! ポンコツにしてやる!」
疾風の如く、嘆きの剣と暁の槍はデスナイトの目を捉え貫いた。
「ば、馬鹿な……。魔シン族が破れるとは……」
「おい、デスナイト。死ぬのは勝手だが、その前にレインチェリーの雨を止ませてくれないか?」
「あれは……あの雨は、我々魔シン族の命の源。即ち、雨に嘆く人の悲しみや怒りが我らが動力。……我が死ねば、雨も止むだろう……」
「ならば、死ね――っ!」
「かはっ……」
イシュケルは大剣を手放した無抵抗のデスナイトに止めを刺した。
「何ということを……無抵抗の敵に」
「イセリナよ、やらなければ俺達がやられるのだぞ。甘い考えはよせ。さぁ、地上へ戻るぞ」
「何故なの……」
ここに来て、初めてイシュケルとイセリナの意見が別れた。更に追い討ちをを掛けるように不運は重なった。
――血だ……血が欲しい。イシュケルよ……もう我慢出来ん……あの女の血で良い……。
嘆きの剣はイシュケルに血を催促した。
「もう少し我慢する……のだ……んぐ……んぐ。はぁ……はぁ……イセリナよ……逃げてくれ。嘆きの剣が血を欲しがっている。俺はお前を斬り……たく……な……い」
嘆きの剣に洗脳されかけたイシュケルは、イセリナに向かって嘆きの剣を構えた。
「皆、イシュケルの様子がおかしいわ」
イセリナは逃げもせず、変わっていくイシュケルを凝視した。




