魔王降臨
◇◇◇◇◇◇
――一方魔王サイド
魔界に戻ったイシュケルは、マデュラに対する憎悪で満ち溢れていた。
「マデュラ! マデュラはいるか!」
イシュケルの怒鳴り声が、辺り一帯に響き渡る。
「お呼びですか、イシュケル様」
マデュラはのしのしと、イシュケルの様子を伺うように近寄って来た。
「貴様、何故俺に偵察を付けた!」
「はて、何のことでしょう……」
マデュラはふてぶてしい態度で、イシュケルに返した。僅に口角を上げる表情は、イシュケルを見下しているようにも見えた。
――今コイツを敵に回しても何ら特はない。ならば、ここは抑えるべきか……。
イシュケルは今は事を荒立てる時ではないと察知して、マデュラにこう返した。
「まぁ、よい。所で勇者どもだが、どうやら呪いの館なる場所へ向かうらしい……」
イシュケルがそう言い添えると、マデュラは血相を変えた。
「呪いの館ですと? これはまた厄介な……」
「どういうことだ? 説明しろ!」
「呪いの館……それは我々魔族とも人間とも異なる種族『魔シン族』の残党の聖地。心を持たない彼らは、呪いと時を自由に操ると言われています。もし、勇者どもが戦いに破れ、封印が解かれでもしたら人間界はおろか、この魔界でさえ脅かされるでしょう。元々好戦的な種族ではないので、そっとしておくのが最善の策なのですが。勇者どもめ、余計なことを……」
さっきとは打って変わって神妙な面持ちで、マデュラは話した。
「何か良い方法はないのか? そうだ、また黒龍石を使ってモンスターを……」
「無駄です……。仮にモンスターを送り込んだとして、逆に精神を操られ魔シンに吸収されるのがオチです。勇者どもを止めない限りは……」
マデュラは諦めにも似た言葉を並べ肩を落とした。それほどまでに、魔シン族とは脅威なのであろう。イシュケルは肌でそれを感じ取った。
「やむを得ん、俺が自ら赴き勇者どもを止めよう……」
「正気ですか? イシュケル様、危険です」
「何れにしても、勇者どもが敗北すれば封印が解かれ、魔界も危険に晒される可能性があるんだろ? 指を加えて見てるのは性に合わん」
「わかりました……そこまでおっしゃるのでしたら、このマデュラ止めはしません。」
呪いの館に巣食う魔シン族とは一体何者なのだろうか。マデュラの怯える姿を見ると相当の強敵らしい。
イシュケルは魔王として、初めて人間界に降り立つことになった。
◇◇◇◇◇◇
――一方勇者サイド
イセリナ達は呪いの館の前まで来ていた。これから起きようとしている最悪の事態を知らずに。
「暁! あれが呪いの館か? 薄気味悪りぃ~な」
「あれ~? ウッディったらビビってんの? 男なんだからシャキッとしろよ」
「お前……可愛くねぇな」
「可愛くなくて結構!」
シャイなイセリナは、その会話に入るチャンスを逃していた。
「い、行きますわよ」
「待って、イセちゃん。何か来る」
暁がそう言い放つと、イセリナ達がいる付近のみ砂塵が吹き荒れ、一人の男が現れた。
「間に合ったか……」
「誰だ? お前。突然現れやがって」
ウッディが警戒もせず、その男に近寄り睨み付ける。
「俺は大魔王イシュケルだ」
「だ、大魔王? てめぇ!」
「待て! 俺は戦いに来たのではない」
「ふざけんな! ぶっ飛ばしてやるぜ」
「ウッディ、待って何か訳がありそうよ」
「さすが勇者だ……ワケのわからん肝の小さい男とは違う」
「何だと? もう一度言ってみろ!」
「ウッディ!」
「うっ。わかったよ……」
「イシュケルごめんなさい。私はイセリナ。こっちは暁、そして今のがウッディ」
イセリナは魔王相手にも、丁寧に自己紹介をした。
「実は……」
イシュケルは、呪いの館についてマデュラから聞いた事実を、ありのまま話した。話を聞いた上で、イセリナは話始めた。
「話はわかったわ。でも、レインチェリーの降り続く雨の原因が、呪いの館の主らしいのよ。だから、私達は行かなくてはいけない……」
イセリナは真っ直ぐな瞳で訴えかけるように、イシュケルを凝視した。
「その瞳は、何を言っても無駄って感じだな」
「ごめんなさい」
「わかった、俺も付いて行こう」
「冗談きついぜ! 何で魔王なんかと……」
「しばらく休戦てことで、どうだろうか?」
イシュケルはウッディを無視し、イセリナに話を続けた。
「変なマネしたら、斬るわよ? それでもいい?」
「あぁ、約束する」
イセリナはイシュケルと共闘することを誓った。ウッディは不服そうにしていたが、イセリナに宥められ泣く泣くそれに同意した。
暁はというと、簡単に同意はしたが、いつでもイシュケルを斬る準備はしていた。
話が纏まり、イセリナとイシュケルを先頭に、呪いの館へ足を踏み入れた。




