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目覚め

すごくふわふわであったかい。

それに、いいにおいがする。


なんだろう、あたし、どうしたんだろう。

とってもいい夢を見てるみたいだけど、起きなくちゃ。

はやく目を覚まして水を汲みに行って火を起こして、それから……。


「……あ」


 あれ?

 あたし、死んじゃったんじゃなかったっけ。



思い出せば、苦もなく瞼が持ち上がった。

ぱちり、と瞬きをする。

まず目に入ってきたのは、これまで見たこともないような上等の布団だった。


 ふわふわでいいにおいがしたのは、これね。


それから、そうっと身体を動かしてみる。

生傷や痣が毎日癒える間もなくできていた身体は酷く重くて辛いものだったけど、びっくりするほど痛みがなくなってた。

手足のあちこちには、手当されたのか包帯が巻いてある感じがする。

ふかふかの布団に沈みながら寝返りを打って、どこも欠けていない自分の身体を確かめる。

身動きして枕の上をすべった髪の色も長さも、あたしが覚えてるままの自分だった。

少し安心して、俯せになって布団の隙間から腕を出してみる。


思わず目を丸くした。

両手は肌が見えないくらい、清潔な包帯やガーゼにくるまれている。

でも、驚いたのはそれだけじゃない。

あたしの腕を包んでいたのは、すべすべでシミひとつない、綺麗な布。

そこに、柔らかさを損なわないくらいに細かく刺繍がされてる。


 ……これ、あたしが着て良いのかしら。


とたんに不安になって、もぞもぞと身体を起こそうとした時、小さな音がした。

息を呑んで、思わず大げさなほど身体を揺らしてしまう。

驚いただけじゃない。

怖くて。

この世界のひとに見つかるのが怖いってことを、どうしてあたしは忘れていられたんだろう。


怖い。

すごく怖いけど、あたしは反射的に布団から顔を出して、音の鳴った方へ視線を向けてしまっていた。


「……やっぱりここは、黄昏の国なの?」


そうして目に入った世界に、あたしは思わず呟いた。

だって、やっと眺めたこの部屋はとても立派で、綺麗な調度品に囲まれていて。

半分くらい開いている大きな扉まで繊細な細工が施されていて、おまけにそこから部屋に入ってきた女の子は、御使いとしか思えなかったんだもの。


部屋はとても静かだったから、すごく小さな声だったはずだけど、あたしの言葉が聞こえたんだろう。

目を瞠っていた女の子が小さく首を傾げると、綺麗に結われた柔らかな桜色の髪が肩を滑った。

彼女のそんな仕草さえどこか神聖なものに見えて、あたしは急いで身体を起こしてベッドから降りようとした。

そしたら、慌てたように少女が声をかけてくれた。


声まで綺麗なんて、御使いってすごい。

思わず両手を祈りの形に組んでしまう。


「あら、ダメ。急に起きてはダメよ。まだ横になっていて」


慌ててベッドの傍まで来てくれた少女は、良く見たらあたしと同じくらいの歳みたい。

でもあたしは同い年の子たちより少し小さいから、もしかしたらこの子はあたしより年下かも。

手を組んだままそんなことを呑気に考えていたら、少女に優しく促された。

ベッドヘッドに枕をたくさん立てて、そこに寄りかかれるようにしてくれる。


「少しの間ならこれで大丈夫。ね、楽にしてちょうだい」

「ありがと…」


お礼を言ったら菫色の瞳が嬉しそうに細まり、人懐っこく笑いかけられて、つい頬が赤くなってしまう。

なんだか恥ずかしい。

ベッドの端に腰掛けた少女は、そんなあたしの様子をにこにこしながら眺めていた。


 御使いなら、ほんとはあたしよりもずっと長生きなのかしら。


そんなことを思ってしまうくらい、少女はとても優しい目であたしを見てくれている。

……こんな風に、誰かと穏やかに過ごすことって、あの世界に行ってから一度もなかった。

目の奥がじわりと痛んで熱くなる。


あの世界ではずっと、泣かないようにしてきた。

だって、きりがないんだもの。

でも、もう我慢しなくていいんだよね。


「黄昏の国に来られて、良かった…」


あたしは死んでしまって、もう家族にも友達にも会えなくても。

それでも、魂だけは、帰ってこられたんだ。

あそこはすごく辛い世界だったけど、きっと最後に神様があたしの願いを叶えてくれたんだ。


ぼろぼろ零れる涙はそのまま、組んだ両手を額に当てて身体を丸める。

すぐ傍にいた少女が戸惑う気配がしたけど、御使いならきっと慣れているんだろう。

背中を優しく撫でてくれる小さな掌が温かい。

小さな子供みたいに声を上げて泣きだしたあたしは、それからしばらく泣きやむことができなかった。


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