プロローグなんてどうでしょう?
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
ピ―――――――――――――――。
とかいう、少々耳障りな音が私の枕もとで、さっきから断続的に響いている。気がする、と言うには時間が経ちすぎたかな。既に意識は明瞭。
そういや修学旅行の時に、友達から「ありきたりすぎてつまんなーい」とか言われたっけ……その時の口調を再現して言葉を発したわけですが、あまりにも気持ち悪すぎて鳥肌総動員。こっちの方が目覚ましとして適してる気がした。毎朝自分の声で目覚めなきゃいけないなんて憂鬱すぎるので、そのアイデアにはお祈りメールを送っときました。今頃泣いている頃でしょう。
「……っと」
布団から出ようともせず、長くもない手を最大限に伸ばして携帯を掴み取る。簡単な操作で機械音は収まった。手を伸ばせば届く距離にある発信源、簡単な操作で鳴り止む音といった辺り、自分自身これを目覚ましとして機能させる気が大してないのが伺えちゃいますね。
実際、普段はお母さんに叩き起こされてるもん。毎朝ご苦労様ですこと。
だけど今日は有給でも使われているのでございましょうか。仕事をする気がないらしいので、仕方なく私の携帯が起こしてくれましたよ。
ってか。マジで、なんで今日は携帯で起きれたんだろう。
「……ああ……」
そういえば今日は入学式でしたねー。それで無機物が本気出して私を起こしたのか。大したもんだ。
「……入学式だからって早く起きる脳みそしてたんだ、私……」
これは迅速に頭の殻をかち割ってその脳内を点検せねばなるまい。異常事態だ異常事態。あれ、非常事態の方が緊迫感って出るの?
まあ、『今日は入学式だ』という事実を捉えても、未だ布団を抱き枕代わりにしている私にとってはやっぱり異常事態でも非常事態でもないのかもね。
というかこの分じゃ、結局お母さんが仕事する羽目になる気がする。せっかくの有給が台無しになるかもしれん。
それじゃせめてもの償いとして、いつも通り寝ている様を呈して差し上げましょう。
自分でも何考えてるか分からなくなってきているので、脳みそもまだおねむ状態かもね。
そして、なんとなく視線をうろつかせていた私が得た新たな情報は、
「……まだ六時じゃん」
部屋にかけてある時計に表示されている、『06:22』という数字。
我の力に抗えるとでも思ったかー! とか言ってきそうな眠気に抗う理由すら失ったので、最後の最後にどうでもいいことを考えよう。
なんで6時22分なんかに携帯のアラームセットしてんだ私。
あ、でも実際は6時20分とかにセットしてたのかな? いやでも、どっちにしろよく分からないセットタイムであるのは事実、なっのっでっ!
ねみぃ。お休み。
ガタンゴトン、ガタンゴトン、って音で目が覚めた。そして思ったのは、
「……家、ですよね……」
当然布団の中。なのに何でそんな音が私の耳に訴えかけているんだ。私は誰かに狙われるようなことをした覚えはないぞ。多分。
とりあえず壁に掛けられている時計を見ると、8時10分。あ、11分になった。
……ってことは、まいまざーが起こしに来る時間か。いつの間に金属化したんだい母さん。嫌だよ私は自分の母親がターミネーターだなんて。母親に会うたび、あのダダッダッダダ! を聞かなきゃいけないとか嫌だよ! あ、別に聞くのは良いかも。
なんて考えてたら、ちゃんと鍵をかけておいたはずの扉が派手にぶっ飛んで、扉がそのままのスピードで飛んで部屋に穴が開き、そしてついでに機関銃が轟音を上げて大量虐殺の手助けをして、んじゃ私の母ちゃんはセーラー服着たターミネーターか実際見てみた
「起きなさぁい」
ぐわあああああああん。
なんか中華料理店にありそうな、あのでかいシンバルを鳴らしたみたいな音が鼓膜を揺さぶる。耳を通して私の頭のハイセンスな妄想もかき消されてしまった。南無。
「……起きてるから止めて」
「起きてない。ただ眼が覚めてるだけ」
国語で『この時の田中さんの気持ちを40文字以内で書きなさい』的問題でならその言葉は正当性を持ってるけど、今この状況下でそんな小難しそうなこと言っても私には効かんぞ。
「高校からは現代文になるけどね」
眠る前に私の頭かち割って下さい神様とか願った覚えはないんだけど。それらしきことは言ったかもしれないけど。勝手に人の頭を覗くのはやめてほしい。痴漢で訴えますぞ。
「まだ寝ぼけてる? んじゃ、今度はフライパンじゃなくて頭を直に叩きましょうかぁ」
さっきのぐわあああああああん。を轟かせたお玉をフリフリしながらモンスターが接近中。未来予測シークエンスを起動。問、あの威力で私の頭を叩かれたらどうなるか。予測中。予測演算終了。結論。さっさと起きろ。
「はい起きました起きましたおーきーまーしーたー。だからフルスイングしたままの姿勢で止まって次の行動に移ろうとしないでその金属の鈍器振り下ろさなくていいから」
「あらそう? まだスイッチが入ってなさそうだから、これでスイッチ押してあげようと思っていたのだけれど」
スイッチをぶち壊してあなたを永久停止させようとしていました、と私の脳内は母の間違った日本語を訂正してくれた。偉い偉い。褒めて遣わす。だから今度からはさっさとスイッチを押せ。さもなくばマジ永久停止させられるマジ。
「朝ご飯はできてるから。早く来なさいよー」
普通ならそう言った後は部屋を出ていくだろう母であったが、動かざること山の如し。とか言えばあらあら私そんなに太ってるかしらやーねーダイエットしなきゃーとかほざいてお玉ぶん回すことは確定的に明らかなのでその発言は慎みました、っと。やだ私、ひょっとして空気読めてる? いやー成長したわぁ。今までKYKY言われてたけど、あれは空気読めてるの略だったのね嬉しいわぁ。
なんか微妙に母の口調が感染。おそらく感染経路は空気だろうと科学的に判断した私はもそもそと動きだし、窓を開け放つ。去れー邪悪の根源よーとかやってたら簡単に身体が冷めた。身震いしつつ布団の中に
「…………」
入ろうとしたら、なぜか布団がない。ついでに母もいない。なんだなんだ、私の母親のエプロンのポケットはまさか四次元に繋がっていたのか? そうでなければこの現象は説明できんぞと右目の端にチラリと映った押し入れにある毛布の生地らしきものをいじめられっ子みたいに無視して私の母親=某猫型ロボット説を提唱する。
「……行こ……」
布団を引っ張り出すのも面倒だな、と判断した途端に何もかもが面倒くさくなって自分の家の階段から転げ落ちて自殺しようと考えて自室を後にする。
しかし目の前に広がるのは竜王に繋がる最後のロードなどではなく、ただの廊下。ちなみに冷たい。
私の家、一軒家だった♪ だから階段なんてないね♪ 自殺なんて無理だね♪ あら残念♪
そういえばこの前作ったケーキに使った、あの銀のちっこいお菓子の名前アラザンって言うんだっけーとかぼそぼそ言いながら、スリッパをはかずに歩き出した。
私の輝かしき未来へと。
あ、逆でしたすみません。私の薄暗き未来でしたええ。
あれ、でも完全に逆にするんだったら『俺の薄暗き過去』になるのかな? 性転換して、ついでにタイムマシンを母親から調達せねばならないのかー……一手間かかるな……
とか椅子に座ってトマトを箸で挟んだままどうでもいいことを掘り返してると、父親が席を立った。ついでにトマトがテメエなんかに食われたかねえよと箸の間から逃げ出す。ぐへへへへ嬢ちゃんどこに逃げようともこの俺が体の隅々まで食べてやるぜーとか血走った目でトマトを追いかけてみるけどこのトマトさっきの口調じゃどう考えても男なんですが。立場逆じゃん。あれ、それも違うか。あれ、じゃあどうなるの?
どうでもいいことを延々と考えそうになったので、あっさりとトマトを掴み取り(手で)、口へ放る(箸で)。なんかおかしなことをしている我が娘を奇異の目で見つめている父親を片目が捉えたわけですが、なんも言ってこないので無視した。反抗期ですから。あれ、中学生までだったっけ反抗期? まあいいや。
酸味が口の中を駆け回り、どうにかして私の無表情を崩そうと躍起になってくる。しかしやはりそこは反抗期、クールな素振りを見せたいお年頃としてはそんなものに負けていられない。
「……苦いのか?」
父親にそう指摘されたので、私はこの勝利に勝ったのだなと確信した。どうだ、一つもすっぱそうな顔してない(らしい)ぞ。貴様の負けだトマトよ……。そういえば『無表情を崩そうと』とかって書いたっけ。いかんいかん。早急にリライト。人生は何回でも書き直せるんですとかゲーム脳精神を発揮させながら先ほどの文章を書き直す。よし、これで私の完全勝利だワハハのハ。
国民的アニメの八宝菜ばりに笑い、椅子から転げ落ちてみようと思ったけど実際にやったら相当痛そうなのでやめた。あの人の頭、相当頑丈なんだなと思った。
皿にはまだ、人間なんかに摘まれた憐れな命が残っているけど、私にはその命を喰らうなんてとても人間とは思えない惨いことはできないので人間らしく手を休めました。要はおなか一杯になっただけです。さっきのが本気だとしたら、トマトは一体なんだったのか。もはや私の脳内では人格すらあったにもかかわらず、あっさりと食べられてしまったではないか。
「ごちそうさまでした」
置いた手を胸の前で合わせる。平気で食べ物を残すのに、なぜか挨拶だけはしっかりしているワタシ。胸と平気って単語だけに注目した奴表出ろ。無理やりすぎるし流石にいないだろうけど。いたら困る。
皿を手に持ち、台所へ運ぶ。別にドジっ娘キャラでやっていくつもりもないので、ここで滑って色んな物をぶちまけて牛乳を運んでいたわけでもないのに白い液体まみれになるつもりはないです。実際にやっても、ただ食器が割れて食べ物を体でグッチャグチャにしてついでにパジャマ汚して叱られるだけという誰得展開にしかならない。あ、私がマゾだったら私得になるのか。いやーどうでもいい。
リビングはストーブが焚いてあったため、少々暖かくなっていた足を再び廊下に差し向ける。一度持ち上げてから突き落とす方式。かーちゃんは青いタヌキなだけじゃなく策士でもあったというのか。スリッパを履けばいいだけの策とは何とも間抜けですがね。
しかしそんなレアアイテムを所持していない私にとっては結構辛い。早足で自室に駆け戻る。その途中、マジで転んだ。痛いのと冷たいのとがダブルコンボで襲ってきただけで、やっぱり誰も得しなかったと思う。
バタンと扉を閉じ……じゃない。扉じゃなくてドアだ。扉の効果音はスッとかガシャンだよね。……違う気がする。じゃあなんだろう?
頭の中ではそんなどうでもいいことを考えつつ、小さめのクローゼットに足は向かう。その線上にあった様々なものは愚民の如く蹴り飛ばされていた。あ、じゃあ私は貴族ってことになるのか。おほほほほ麗しゅうございます。わけ分からん。
クローゼットのドアか扉か分からないけどそのどちらかを開け放ち、その中に詰まってるものを遠目で眺めた。
「……我ながら高い女子力ですわ」
中学の制服、そして高校の制服を除けば入ってる服は5着あるかないか程度。ついでに言えば、その内2着くらいはハンガーにかかっておらず、ただ放り込んであるだけだった。まるで愚民のようである。あれ、じゃあその愚民を身に着ける私は一体何? 少なくとも貴族じゃないだろうなぁ。
とりあえず高校の制服を手に取る。他の女子がどうかは知らないけど、家に届いてから一度も着たことがない。だって高校に行くためにあるものでしょこれ。わざわざ家で着て、鏡の前でくるりとかやる意味はどこにあるのかしら。多分どっかしらにはあるんでしょう。ってか私の部屋に鏡なかったなそういえば。
「ええと……最初にシャツ着るの、これ……?」
正直なところ、全然分かんない。だって俺男だし。……あれ、今第四の壁をあっさりぶち壊した奴いるけどどうなの。どうもこうもないか。事実だし。
……というわけで制服は着た。その過程を描写しない理由はあくまで青少年の健全な道徳倫理を捻じ曲げてはならないという配慮からであって決して女子物の制服をどう着るかなんて知らないわけでは。いや、当然知りませんけど俺男だし。……まあいいか。
殺気も言ったとおり鏡なんてないので、手櫛で適当に髪を整える。トイレにでも行ってやればいいんだろうけど、面倒ですわ。あれ、あっさり本音出ちゃった。まあ根は素直な良い子なんですっていうことで許してください。
あと必要なものは……と瞳を挙動不審に動かし、ターゲットを補則。接近。刺殺。するわけでもなく、『入学式当日について』って書かれてあるプリントを見る。
それによれば、あと今の私に必要なものは『高校生としての自覚』だそうだ。コウコウセイトシテノジカク。別にカタカナにしたからって意味が分かるわけでもありませーん。なのでそれはどこかに忘れ去ろう。持ち物を持ち合わせているわけではないので、学校には不法侵入するしかないようね。
「……うーんと……あ、沢山って意味で言ったわけじゃないよ」
なんかリアルな世界から私の耳に声が届けられているけど無視。一体誰の声だろう。はてさて。
とりあえず、使う気はないけど財布と携帯は持っといた。どちらにもストラップとかは一切ついてなく、シンプル・イズ・ザ・ベスト! を主張している代物。ジャラジャラとあんなものを引っ提げて何が楽しいのだろうか。あ、実はああやって筋トレに励んでるとか……今時の女の子って凄いねー! 私は反省しなければ。何を、と問われればまず生まれてきたその理由と答えるべきでしょう。哲学ですな。
スカートのポケットにその二つを押し込んで密室殺人現場を作り上げ(死因は窒息死が一番しっくりくると思った)、中学の時とほぼ変わらないスカート丈を気にするでもなく部屋を後にする犯人。次のターゲットである父親に向かっている模様。
と、丁度よく廊下で父親と出くわした模様です。
おっ、更に丁度よく、父親は歯ブラシを加えているではありませんか。今度の殺害方法は歯ブラシを喉に突っ込み窒息死だそうです。本当に窒息死するかは知りません。
おっとここで犯人が殺害方法を変えるらしい。ポケットに手を入れ、取り出したのは……なんと携帯だー! シルバーの、全っ然しゃれっ気の無いただの携帯だー! もはやただの鈍器だー!
「……どうした?」
携帯を取り出しても何かするわけではない我が娘を奇異の目で見つめるまいふぁざー。わざわざ妄想をよりリアルにするために取り出したんですとかは言わないでおこう。あれ、ってことはいずれかは私大量殺人犯になってしまうのでは。おお怖い怖い。
とか他人から見ればただノーリアクションに携帯を握っている私に、
「あ、もうすぐ時間なのか。分かった」
いきなりそんなことを告げてくる父。
何の脈絡もなしにそんなことを言ってくるなんて、さてはこの人思考回路おかしいなとか素知らぬ振りして考える。が、なんとなく視線を落とした私は携帯に現在時刻が表示されているのを知った。ああ、これが理由か。じゃあ私のお父さんは全然頭のおかしな可哀そうな人なんかじゃないのね! 良かった!
「よくねーからなんも」
父親が足早に去ったことを良い事に、勝手に仕事してくれちゃう私のお口ちゃん。何が良くないのかしら? ワタクシ全く分かりませんわーおほほほほ。
……おほほほほってさっき使ったよね……じゃあ何が良いんだろう……おおっほっほっほっ? なんか性別とか時代とかいろいろ違う気がするけどこれで良いや。どこかのパパも『これでーいいのだー』って賛同してくれた気がする。
で、私も時間を確認した。起きた直後に時計を見た以来です。
「……本当にもうすぐだ」
8時57分。入学式は9時50分から。家からの移動時間とか、学校についてからのあれこれとか考えれば残り支度時間は10分あるかないか。
さて、私はこの残りの時間を如何に有意義に過ごしましょう?
まず最初に思い付いたのは、
「……歯、磨くの忘れてた」
そして既に着がえてるんですけども。新品の制服に。
あれ何でこんな時ばっか常識力発揮しちゃってんの私の頭脳ちゃん。何で歯を磨くとか歯を磨く際に制服着てるのはなんかヤとか常識的な思考回路になってんのこんな時だけ。
あ、そうかそうか。私の秀逸な、本来の思考回路はこう答えを下した。
私の母親に、未来にはあるだろう服を一切汚さない歯ブラシを出してもらえばいいのだ!
「……お口くちゅくちゅなんたらってCMのやつ……ウチにあったっけ……」
あれば即座に、その存在が頭に浮かんでくるはずだけどね。
まあ、一縷の希望にかけてみるのも悪くはないのでしょうか。希望と願望の何が違うか知らないだろって? ええと、ちょっと待って。今携帯で調べる。
……そして実際に携帯を開くと、時刻は丁度9時になっていた。
「何分かかるかな、それ調べるの……」
というわけで、私の脳がジャッジした残り10分の有意義な過ごし方。
妄想にとことん付き合う。
あ、こんなんですが、一応今日からじょしこーせーとやらになるそうでーす。頑張りまーす。
何を、と問われればそりゃあ私の人生に意味はあるのかという問題について延々と妄想を
「行くぞー」
「はーい」
ではリアルの世界へ行って来るからちょっと待っててね私の妄想世界。
しーゆーあげいーん。はぶあないすどり……ってこっちは違うか。
まあいいか。まあいいね。んじゃ。