バナナについて語らないかい? ハニー。
バナナは危険である。
世間の人々はこの恐るべき真理に、まだ気付いていないように思える。なにも「バナナの皮はよく滑る」などと子供じみた事を言うつもりはない。
まず、その形に注目してもらいたい。
曲がっている。グニャリ、あるいはグンネリ、と。女性特有の丸みを思わせるカーブである。
「ただ曲がっているだけじゃないか、お前の人生の方が曲がってるだろ」
そう思った者は合コンで「エロティカ・セブン」を熱唱するがいい。流れる映像のエロさで女性に引かれるがよいわ!
済まない、少し興奮してしまったようだ。話を元に戻そう。
バナナの形の危険性はその柔軟性にある。とある場面を想像してもらおう。
年端もいかぬ子供がバナナを手に貴方に近づいていくる。無邪気な瞳を輝かせながら貴方に問う。
「ねえ、ねえ、このバナナって右向き? 左向き?」
「うん? そんな事も分からないのかい? おじさんは博識だから答えてあげよう。どれどれ、このバナナがどっち向きか、だって? そんなの決まってるじゃないか。カーブが右向きなのだから右……、いや、頭と尻尾が左向きだから左……なのか? いかん、分からなくなってきたぞ。え、何だって? 『おじさん、昼間に公園で何やってるの?』だって? 今それは関係ないだろう。今、バナナの話をしてたんじゃないのか? 全く最近の子供は……。もう、帰れ! 帰ってママのミルクでも飲んでやがれ!」
どこまでも虚勢、届かぬは怒号、とは正にこの事である。こんな目にあった日には、
「なんだよー、どっちなんだよー、っていうか俺は昼間から何やってんだよー」
と、夕日に向かって走り出すしかあるまい。
いやいや、私は何もこの一点だけで「バナナは危険である」と言い張るつもりはない。
次に、その色に注目してもらいたい。
黄色、いや、イェィローである。もう、なんかイェィローである。
「ただ黄色いだけじゃないか、お前もなんか全体的に黄色いくせに」
そう思った者は蒼井優と蒼井そら、を言い間違えるといい。オカンに「蒼井そら、って誰?」と聞かれて焦るがよいわ!
済まない、蒼井そらを想像して少し興奮してしまったよいだ。ちなみに蒼井そら、というのは有名なAV女優らしい、まあ、私はそういういかがわしいビデオは見ないので知らないが……。話を元に戻そう。
バナナの色は人を貶める可能性を秘めている。とある場面を想像してもらおう。
文芸部の先輩が貴方に指摘する。
「ここはさ、もうちょっと描写を濃くするべきだね、そうするともっと良くなると思うよ」
その手には黄色いバナナが握られている。
一体どこの誰がバナナを手にした男の言う事を聞くだろうか。そもそも黄色い物を手に持った男の発言に説得力など皆無だ。もちろん、プリンも駄目だ。レモンはザ・テレビジョンのおかげで何とか大丈夫だろう。ヒマワリ、となると、もうどうすれば良いか分からない。
そんな状況でも、貴方は、
「はあ、そうですね、確かにその方が良いですね」
と、「何でバナナ?」という疑問を胸に秘め、しぶしぶ指摘を聞くしかあるまい。
私の持論を証明するのには、この二点で十分だとは思うが、念のために三つ目のポイントについても説明しておこう。前の二つと比べてこの三つ目こそがバナナの危険性の、根源にあると言っても過言ではない。
バナナは卑猥である。
もう一度言おう。
バナナは卑猥である。
これに対する反論は断固として認めない。
しかし、これに関してはバナナ側に問題があるのではなく、バナナを見る側、つまり我々、人間に責任があるという事だけは知っておいてもらいたい。とすれば、一度バナナに対して謝っておくのが筋、というものだろう。バナさん、申し訳ない。
謝罪が済んだところで、とある場面を想像してもらいたい。
一般家庭の朝食風景。父はテーブルで新聞を読み、母は洗い物をしている。娘の姿は見えない。ドタドタ、と階段を降りてくる音が響き、娘がリビングに姿を現す。ずいぶんと急いでいる様子だ。そのまま学校へ出かけようとする娘に、母が声を掛ける。
「バナナだけでも食べて行きなさい」
はーい、と返事をし、娘はバナナをもぐもぐ。そんな光景を見て、母はにこにこ。
父は?
父は、そう、むらむらである。
「バナナの形ってなんかアレだな、ちょっとエロいようなって、いかん、いかん、私は朝から何を考えているのだ。しかもそれを食べる娘、というのも背徳感があってそそるような、って、いかん、いかん、また変な事を考えてしまった。いや、でも、やっぱりバナナって……」
などといった悶々とした気持ちを抑えて会社へ向かわなければならない。
これで、バナナは危険である、という事に納得してもらえただろう。
しかし、何も私がバナナを憎んでいる、という風に勘違いしてもらっては困る。それどころか、私はバナナを愛している。栄養はあるし、安いし。本当に、バナさん、ありがとうございます。
という事で、私は今日もバナナの危険性と、素晴らしさを伝える為に町を行くのだ。裸体に無数のバナナを張り付けて。
周りの視線が矢となり、私のバナナだらけの体に刺さる。その痛みがより一層私の気分を高揚させてくれる。中には携帯電話で誰かに、私の素晴らしい格好を伝えてくれている人までいる。
私は周囲をゆっくりと見渡しながらターゲットを探す。私とバナナの一体感に恐れを生したのか、近づいてくる人はいない。
ターゲットは発育の良い小学生から発育の良い中学生までだ。私はターゲットを見つけると、音もなく近づき、こう声を掛けた。
「バナナについて語らないかい? ハニー」
声を掛けられた少女、いや、女性は、
「えっ、何この人、気持ち悪いんですけど。バナナって、すごい気持ち悪いんですけど。もう、全体的に気持ち悪いんですけど」
と言いながら走り去ってしまった。
気持ち悪いのトリプルか、ふっ、それくらいでへこたれる私ではない。次のターゲットを探そうとした時、誰かに肩を叩かれた。
振り向くと、青い制服を着た青年が立っていた。
「すいません、不審者がいる、と通報を受けたもので、少し話を伺ってもよろしいでしょうか?」
ふん、失礼な奴だな、私のどこをどう見て不審者だというのだ。警察と私の相性は悪いらしい。最近、何度こういう事があったか。
「貴方はここで何をしていたのですか?」
気に入らないが、身の潔白を証明するためだ。
私は、自分が不審者ではないこと、ただバナナの危険性と素晴らしさを皆に伝えようとしただけだ、ということ、少女、いや、女性に声を掛けたのに深い理由はないこと、などを説明した。
私の思いが伝わったのだろう、警官はそうだったのか、という風に深い溜め息をついた。
分かってくれれば良いのだ。再び歩き出そうとした私の両腕に何かが掛けられる。嫌な予感がし、下を向くと、手錠が掛けられていた。
呆然としている私に警官が一言。
「全身にバナナを付けた奴の言う事なんか誰が聞くか」
確かに、その通りだ。こうして私は捕まった。
これで分かってもらえただろう。
バナナは危険である。
前回はちくわ、今回はバナナです。