介護を全部俺に押し付けて『遺産は本家の俺がもらう』と抜かした強欲親戚一同 ~死んだ爺さんの遺言書と、寝室に隠した見守りカメラの存在を教えた時の、あいつらの顔が忘れられない~
父が亡くなったその日の通夜の晩。
線香の煙が立ち込める実家の居間で、俺、佐藤和也を囲んだ親戚たちは、悲しみにくれるどころか、ぎらついた欲望を隠そうともしていなかった。
「和也、お前も大変だったろうけどさ。この家と土地、お前が一人で継ぐなんて言わないよな?」
口火を切ったのは、父の兄である伯父の修造だ。父が末期癌で闘病していたこの二年間、一度も見舞いに来ず、俺が助けを求めても「お前が全部やればいい」と切り捨ててきた男だ。
「修造伯父さん、どういう意味ですか。ここは父の家で、俺が一人っ子なんだから、俺が相続するのが当然でしょう」
俺が静かに返すと、修造の妻、叔母の恵子が下品な笑い声を上げた。
「あら、和也さん。あなた知らないの? この土地、名義はまだ『亡くなったお祖父様』のままなのよ。お義父さんが面倒くさがって、名義変更の手続きをずっと放置してたの」
心臓がドクリと跳ねた。
恵子の言葉は事実だった。祖父が亡くなった後、父はその手続きを後回しにしていたのだ。
「土地の名義が死んだ爺さんのままってことはな、この土地は『親族全員の共有物』なんだよ。俺にも、昌代にも権利がある。法律上、俺たちの判子がない限り、お前はこの家を売ることも、自分の名義に変えることもできねえんだわ」
修造が勝ち誇ったように言った。
これが、彼らが強気な理由だった。
本来、親の代で終わるはずの相続が、名義変更を怠ったせいで、伯父や叔母といった「外野」にまで権利が拡散してしまっていたのだ。いわゆる『数次相続』の泥沼。彼らは俺に印鑑証明を出す見返りに、預金の大半を寄こせと要求してきた。
「お前は独身なんだから、こんな広い家はいらないだろ? ここを売って、俺たちで分ける。お前には引っ越し代くらいは持たせてやるから、さっさと判子を押せ。本家の俺がまとめてやるから感謝しろよ」
俺は、膝の上で握りしめた拳の震えを隠した。
彼らは父の闘病中、一度も手を貸さなかった。それどころか、「治療費に金を使うな、俺たちの取り分が減る」とまで言い放った連中だ。
俺は、そのすべてをこの二年間、黙って耐えてきた。……今日、この瞬間のために。
*
一週間後。
四十九日も待たず、親戚一同が再び実家に集まった。
彼らはすでに、この家をいくらで売り、誰がいくら受け取るかの「勝手な配分表」まで作成して持参していた。
「いいか、和也。俺が四割、昌代が三割。お前には『苦労代』として三百万だ。これが本家の裁定だ。文句は言わせんぞ」
修造が、さも寛大な裁定を下したかのような顔で書類を突きつけてくる。
俺は、その書類を一瞥もせず、三人の男を居間に招き入れた。
「……何だ、そいつらは。和也、客を呼ぶなんて聞いてないぞ」
修造が怪訝そうな顔をする中、先頭に立つ男が銀縁の眼鏡を押し上げ、名刺を差し出した。
「お待たせいたしました。佐藤和也様より、相続に関する一切の権限を委任されております、弁護士の田中と申します」
親戚たちの顔から、一瞬で余裕が消えた。
「弁護士……? 和也、お前、親戚同士の話し合いに他人を入れるのか!」
「話し合い? 伯父さんたちがやっているのは、ただの恐喝でしょう。……先生、始めてください」
田中弁護士は、鞄から一通の重厚な封筒を取り出した。
「皆様。本件の土地が亡き祖父・佐藤大吉様の名義であることは確認済みです。ですが、故人・英雄様(和也の父)は、生前に極めて有効な手を打たれていました」
弁護士が取り出したのは、公証役場で作られた『公正証書遺言』、そしてもう一枚、見慣れない書類だった。
「まず、こちら。英雄様の全財産は和也様が相続する旨の遺言書です。そしてもう一枚が重要です。……亡き祖父・大吉様が、亡くなる直前に作成されていた『秘密証書遺言』です」
修造の顔が青ざめた。
「爺さんが遺言……? そんなの聞いたことないぞ!」
「ええ。大吉様は、修造様がご自身の事業の借金を肩代わりさせたこと、昌代様が勝手に貯金を引き出していたことを深く嘆いておられました。そのため、この実家の土地に関しては、『息子・英雄に単独で相続させる。他の子らには一切の権利を与えない』と、厳格に指定されていたのです」
田中弁護士の声が、静まり返った居間に響く。
「名義変更はされていませんでしたが、この遺言書がある以上、和也様は『父・英雄様が単独で相続していた権利』をそのまま引き継ぐことになります。皆様の協力……つまり判子などは、一ミリも必要ありません。裁判所の手続きだけで、和也様への名義変更は完了します」
修造がテーブルを叩いて立ち上がった。
「嘘だ! そんなの認めんぞ! 俺たちはこの二年間、介護こそしなかったが、本家として……」
「介護についても、お話ししましょうか」
俺が口を開くと、田中弁護士がタブレットを再生した。
画面には、リビングの片隅に設置された見守りカメラの映像が映し出された。
『おい和也、親父はまだ生きてるのか? 延命治療なんて金がかかるだけだ。早く死なせて、この家を売った方がみんなのためなんだよ』
修造の声が、鮮明に再生される。恵子が「そうよ、葬儀代も勿体ないから直葬でいいわよね」と笑う姿も映っている。
「和也様は、二年にわたる介護の詳細な日誌、領収書、そしてこうした映像データをすべて保存されています。もし皆様が『遺留分(最低限の取り分)』を主張されるのであれば、我々は『寄与分(介護の貢献度)』の主張に加え、皆様が故人存命中に勝手に口座から引き出した合計五百万円の返還請求、および虐待に準ずる暴言への慰謝料請求を、裁判所へ申し立てます」
田中弁護士が淡々と告げる。
「不当利得の返還と慰謝料、それに裁判費用を合わせれば、皆様が手にできるはずの微々たる遺留分など、瞬時に吹き飛ぶでしょうね。……それどころか、皆様には『多額の支払い義務』が生じますが、よろしいですか?」
恵子が、昌代が、そして修造が、膝から崩れ落ちた。
彼らは自分たちの「権利」が、実は父と俺が静かに準備していた「証拠の山」によって、すでに跡形もなく粉砕されていたことにようやく気づいたのだ。
「和也……頼むよ、俺たちだって借金があるんだ。少しでいい、端数でいいから分けてくれれば……」
修造が、泥に這いつくばるような醜い姿で手を合わせてきた。
俺は、彼らの目を真っ直ぐに見据えた。
父が深夜、痛みで俺の手を握りながら、「修造たちは、俺の死を待っているんだろうな」と悲しそうに笑った、あの夜の光景を思い出しながら。
「伯父さん。父さんは死ぬ間際まで、あなたたちのことを待っていましたよ。でも、あなたは来なかった。……忙しいので、今日中にこの家から出て行ってください。鍵はすべて変えます。葬式が終わった後で、父さんの仏壇を拝む資格も、あなたたちにはありません」
親戚たちは、這うようにして実家を去っていった。
その背中に、近所の住人たちの冷ややかな視線が刺さる。地方の狭いコミュニティだ。彼らが何をしていたかは、すでに広まっている。
*
それから三ヶ月。
修造の家は、俺が弁護士を通じて請求した不当利得の返還と、自身の借金のダブルパンチで競売にかけられた。恵子は親族中に恥を晒し、今ではスーパーの裏方で、かつての自分が見下していたような労働に明け暮れているという。
昌代の家も、夫婦間で責任の擦り付け合いになり、泥沼の離婚裁判に発展しているそうだ。奪おうとした金が消えた瞬間、彼らの絆などという脆いものは、霧散してしまった。
俺は、父と二人で守り抜いたこの家を売却した。
手元に残ったのは、十分すぎるほどの資金と、何にも縛られない自由な時間だ。
父の遺影を鞄に入れ、俺は新しい街へと向かう特急列車に乗った。
窓の外に流れる景色を見ながら、俺は静かに目を閉じる。
父さん。俺、ちゃんとやったよ。
これからは、自分のために、自分の人生を歩いていくよ。
胸の中にあるのは、冷たい復讐の余韻ではなく、ようやく辿り着いた、穏やかな安らぎだった。
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