第九話「雷光の軌跡」
「位置について。用意……」
ドンッ!!
号砲と同時に、九条院の足元から爆発的な青白い火花が散った。
「――加速術式、第12節まで並列展開。大気抵抗を前方0.5メートルで強制排除。筋繊維の収縮速度を通常の400%までオーバークロック……!」
九条院の思考速度は、すでに常人の域を超えていた。
彼の視界には、ゴールまでの100メートルが単なる直線ではなく、数億の浮遊するコードの海に見えている。その一本一本を、彼は『雷霆編纂』によって瞬時に「加速の踏み台」へと書き換えていく。
「はっ……!!」
一歩目。地面を蹴る衝撃が、計算された雷の反発力によって二倍の推進力に変換される。
二歩目。すでに九条院の速度は時速100キロを超えた。
観客席の生徒たちは、電光掲示板に表示される彼の「編纂ログ」を見て息を呑む。
そこには、一秒間に数万行もの速度で更新される、淀みのない美しい数式が滝のように流れていた。
「……見たか。これが、積み上げた研鑽と論理の力だ!」
九条院は、ゴールまでの一歩一歩を寸分狂わぬ「最適解」で刻んでいく。
空気の壁を切り裂き、雷鳴のような音を残して、彼は瞬きする間にゴールラインを駆け抜けた。
『計測終了:ランクA、九条院 凱。記録――8秒21』
表示された数字に、会場が震えるようなどよめきに包まれた。
100メートル8秒台。それは、肉体の限界を術式という「理論」で完全に凌駕した、編術師としての理想的な記録だった。
九条院は、乱れた銀髪を優雅にかき上げ、ゆっくりと達磨の方を振り返った。
汗一つかいていないその顔には、圧倒的な勝者の余裕が張り付いている。
「……宇津志、見ていたか? これが『世界と対話する』ということだ。計算を放棄し、力任せに殴るだけの貴様には、一生かかっても到達できない高みだよ」
九条院の背後で、阿久津が手元の端末を眺めながら、不敵に鼻を鳴らした。
「……8秒21。相変わらず教科書通りの、クソ真面目な走りだな。九条院」
「光栄です、阿久津先生。正解とは常に真面目なものですよ」
自信満々に胸を張る九条院。
その視線の先で、次の走者である氷室が、静かにスタートラインへと歩みを進めた。




