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編術師  作者: Akita
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第四話「達磨の哲学」


エージェントに案内され、たどり着いたのは巨大な円形シアターのような教室だった。

中央のホログラム投影機には、複雑怪奇な数式と魔法陣が組み合わさったような「術式コード」が浮かび、生徒たちが専用の端末でそれを猛スピードで解析コンパイルしている。


「おい、ちょっと待て」

達磨は入り口で足を止め、中の様子をじっと見てからエージェントを振り返った。


「これ……数学だよな? 俺、前の学校で数学は万年赤点だったんだよ。もしこれがテストだとしたら、俺にとってはもう『運ゲー』だぞ。マークシートならまだしも、記述式だったら詰みだ」


「……これは数学ではない。世界の理を編み直すための術式計算だ。運などという不確定要素が入り込む余地はない」

エージェントが冷たく突き放すが、達磨は納得がいかない様子で頭を掻く。


「いやいや、俺からすりゃ同じだって。この『xがどうした』とか『係数がこうした』とかさ……。こんなもん見てる間に、俺なら三曲は踊りきれるね。なあ、九条院」

いつの間にか後ろに立っていた九条院が、侮蔑の眼差しを向ける。


「運ゲー、だと? 貴様、我が九条院家が代々積み上げてきた至高の論理を、あみだくじと同列に扱うつもりか。これだから野良犬は……」


「九条院の言う通りよ」

氷室もまた、冷徹に付け加える。

「術式は精密な構築の積み重ね。計算できない者に、この世界のバグを直す資格はない。……あなたは、答えに辿り着く前に自滅するでしょうね」


「へー。……じゃあ、その自滅する前に、俺なりの『答え』ってやつを見せてやるよ」


達磨はジャージの袖をまくり、ホログラムが輝く演習場へと、ふらりと歩み出た。


周囲のエリートたちが「なんだあの格好は」「素人か?」とざわつく中、達磨は脳内の「無機質な声」を聞いていた。


『——演習モード:起動。目標コードの最適化を開始してください』

「最適化だか何だか知らねーけどよ……」

達磨は端末に触れる代わりに、軽くステップを踏み始めた。

彼にとって、流れるコードの羅列は、複雑な数式ではなく「テンポの悪い音楽」にしか見えていなかった。


「お前ら、難しく考えすぎなんだよ。結局、最後に帳尻が合ってりゃ、それが正解なんだろ?」

その言葉を吐き捨てた瞬間、達磨の足元からピンク色の桜が静かに舞い上がった。


教室中央のホログラムに、今回の演習課題が表示された。


【課題:多重干渉グリッチの消去デバッグ

複雑に絡み合ったノイズの塊。それを解体するには、通常、以下の手順が必要とされる。

課題の端に肉感でギリギリ視認できるほどの文字が記載されていた。

事象汚染グリッチ: 日常の風景がループしたり歪んだりする、世界のバグ現象。

「今さら説明遅くないか?ん?」


(宇津志には説明しても集中力と記憶力が皆無であることから無駄だと判断し今のタイミングになった。宇津志が悪い。)


「(俺は金魚かよ。ヤバ!もう始まってるって……みんな解いてるって。)」


因数分解: ノイズの周期性を割り出し、構造を特定する。

最適化: 複数の数式を組み合わせ、干渉を相殺する「逆位相のコード」を構築する。

実行: 0.01秒の狂いもなく術式を流し込む。


九条院や氷室は、手元の端末で何百行ものコードを書き換えていく。それはまさに、巨大なパズルを精密に組み上げるような、気の遠くなる作業だった。


「ふむ、このノイズの周期は素数か。……ならば、この雷霆定数を用いれば三〇秒で解体できる」

九条院の端末には、教科書通りの「美しい数式」が並ぶ。

だが、達磨は端末すら握っていない。

彼はホログラムのノイズが刻む「不規則な点滅」を、じっと見つめていた。


「……あー、なるほど。これ、サビの前でリズムが走ってんだな。だったら……」

達磨が導き出した「計算」は、九条院たちのものとは根本的に異なっていた。


【達磨の脳内計算】

状況: ノイズが「ドッドッ・カッ」という不規則な三拍子を刻んでいる。

解決策: その隙間に「ズドン!」と一発デカい音(衝撃)を叩き込めば、リズムは強制的にリセットされるはず。

数式(?): 「(気合 × 踏み込み)+ 勢い = 勝ち」


達磨はふらりと、ノイズの塊に向かって歩き出した。

「おい、宇津志! 端末を使わずに何を……」


エージェントの制止を無視し、達磨は床を強く蹴った。

『術式:桜花連鎖乱舞チェイン・ブロッサム――接続』

『ターゲットの乱数周期を解析……不可。演算をスキップしますか?』


脳内の無機質な問いに、達磨は心の中で即答した。

(「スキップ」だ。答えだけ出りゃいいんだろ!)

『了解。――論理を破棄。物理圧力による強制コンパイルを開始します』


達磨の体が、一瞬で「一速プルミエ」の加速に入った。

ピンク色の桜が舞う中、彼はノイズの塊の「最も揺れが大きい部分」に向けて、一切の予備動作なしに拳を叩き込んだ。


ドォォォォォォン!!


「なっ……!?」

九条院が目を見開く。

達磨は緻密な計算でノイズを「解体」したのではない。

ノイズが次の波形を作る三秒の隙間に、強引に自分の術式を「割り込ませ(上書き)」、力技でバグを消滅させたのだ。


ホログラムに、巨大な【COMPLETE(正解)】の文字が躍る。

「……終わったぞ。案外、チョロいな」

達磨は肩を回しながら、呆然とする教室を見回した。


九条院の端末には、まだ書きかけの「美しい途中式」が残っている。氷室の周囲には、展開しきれなかった精密な魔法陣が虚しく浮かんでいた。

「……バカな。あんなデタラメな……! 演算のプロセスが完全に欠落しているぞ! なぜ、あんなめちゃくちゃな式で正常にデバッグが完了するんだ!?」


九条院が叫ぶ。氷室もまた、震える手で達磨が残した「演算ログ」を確認し、絶句した。

「……ログに残っているのは……『全力で殴る』という命令コードが一行だけ。……信じられない。術式計算は、世界と対話するための『対話式』のはずよ。それを、単音シングルタスクで黙らせるなんて……」


「だから言っただろ?」

達磨はジャージのポケットに手を突っ込み、不敵に笑った。

「数学だとしたら運ゲーだけどよ……これは『ケンカ』だ。最後に立ってた方が『正解』。……だろ?」(?)


理論を、伝統を、そして「美しさ」を尊ぶエリートたちのプライドが、たった一つの、泥臭いステップによって粉々に打ち砕かれた瞬間だった。

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