第三話「第一印象」
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「……ん、……あー……」
達磨は、これまで味わったことのないほど上質なシートの感触で目を覚ました。
視界を揺らすのは、高級車の窓越しに流れる深夜のハイウェイの光。隣には、あの黒いコートを着た無機質なエージェントの男が座り、静かにタブレットを操作していた。
「……起きたか。予想より三〇秒早い。君の代謝効率は……」
「あー、ストップ。ストップだ。朝から数字とか効率とか、そういうのは勘弁してくれ。頭が痛くなる」
達磨はこめかみを指で押さえ、シートに深く沈み込んだ。
体中に、あの『加速』の後の気だるさが残っている。
「……いいだろう。単刀直入に言う。宇津志達磨、君は今この瞬間から、国立術式編纂専門学校の生徒として登録された。君の地元での生活、交友関係、学籍……それらはすべて、機構の手によって適切に処理されている」
「処理? ……陽太はどうしたんだよ。あいつ、大丈夫なんだろうな?」
「彼は自分の家で寝ている。昨夜のことは『二人で夜遊びをして、途中で寝落ちした』という記憶に書き換えておいた。君についても、親御さんには『全寮制の特待生としてスカウトされた』という完璧な偽造書類を送り済みだ」
達磨は窓の外をじっと見つめた。
あの松さんの三秒間のループ。陽太と踊った屋上。
すべてが、たった一晩で「なかったこと」にされ、塗り替えられていく。
「勝手に決めるなよな。俺は、ただダンスがしたかっただけで……」
「君が手に入れた力は、もはや遊びで済むものではない。君は世界の理を乱すバグを修正する、言わば『清掃員』になったんだ。……さあ、着いたぞ。ここが君の新しいステージだ」
車が止まった先には、巨大な要塞のような校門がそびえ立っていた。
夜明けの光に照らされたその学園は、あまりに無機質で、美しすぎた。
「……うわ。なんか、めちゃくちゃ頭良さそうな奴らが集まってそうな場所だな」
「その通りだ。ここは国内最高峰の理論家たちが集う場所。君のような『直感』だけで動くタイプは、ここでは異端だということを忘れないようにな」
達磨は大きなあくびを一つして、車を降りた。
鞄一つ持たず、ジャージ姿のまま。
「ま、いいさ。どこだろうが、やることは変わらねーしな」
校門をくぐった先。
そこには、自分をゴミを見るような目で見つめる、二人の「エリート」が待っていた。
巨大な校門をくぐり、威圧感のある校舎へと足を進める達磨。すると、入り口の階段に二人の先客がいた。一人は、仕立ての良い制服を完璧に着こなしたセンター分けの銀髪の少年。もう一人は、長い黒髪をなびかせ、氷のような冷徹な視線をこちらに向ける少女だ。
銀髪の少年――九条院が、達磨の汚れたジャージ姿を一瞥し、鼻で笑った。
「……なんだ、その品性の欠片もない格好は。編入生だと聞いたが、機構も随分と人手不足らしい。こんな野良犬を学園に入れるなど、伝統への冒涜だな」
達磨は歩みを止め、耳をほじりながら面倒くさそうに口を開いた。
「……誰だお前ら? 名前名乗ってから話しかけてくれない?」
「なに……?私は、九条院凱」
九条院が眉をひそめる。無視されたこと以上に、一般常識を説かれたことに驚いたようだ。達磨はさらに続ける。
「お前さ、新作ドラマのキャスティングに納得できないからって、運営じゃなくてキャスティングされた俳優に直接誹謗中傷するタイプだろ。文句言うなら俺を連れてきたアイツに言えよ」
達磨は親指で、後ろにいるエージェントの男を指差した。
「俺だって寝起きで連れてこられたんだ。文句があるならあっちの窓口(運営)に送れ。俺に当たんじゃねーよ」
「誹……っ、誹謗中傷だと!? 私は事実を述べているだけで……!」
顔を真っ赤にして絶句する九条院。その隣で、ずっと無言だった氷室が口を開く。
「……無意味な例え話。論理的ではないわ。宇津志達磨、あなたの存在そのものがこの学園の平均値を下げるノイズでしかない。非効率、かつ不快」
「うわ……。九条院がもう一人いた」
達磨は心底嫌そうな顔をして、氷室をジロジロと見た。
「お前も、その『私が正解、お前は間違い』みたいな圧力がさ。そっくりだよ。九条院とその……女版九条院。お前ら、親戚か何か?」
「九条院と、一緒にしないで(……女版?)私は氷室零」
氷室の周囲の温度が、スッと数度下がったような錯覚。だが、達磨はそんな「圧力」など気にする様子もなく、あくびをしながら階段を登り始める。
「あーあ、陽太と踊ってた方が百倍マシだったわ。……で、俺の席はどこ? 案内してくれよ、エリート様たち」
一歩も引かないどころか、失礼な本音をぶちまけて通り過ぎる達磨。
九条院と氷室の、彼に対する「最低の第一印象」が確定した瞬間だった。




