第十六話「記述、定数、そして「変態」の集結」
阿久津の合図と共に、グラウンドの様相が一変した。
空中に浮かぶのは、複雑に組み合わさった幾何学的な立方体の群れ。それらは単なる壁ではなく、解除コードを入力しなければ通り抜けられない「論理の迷宮」だった。
「……宇津志、お前がさっき出したタイムは確かに異常だ。だが、この種目は『速さ』だけじゃ勝てねえ。……見ろ、これが本来の編術師の戦いだ」
阿久津が指差した先。スタートラインには、九条院や氷室とはまた異なる気配を纏った生徒たちが並んでいた。
「……ねえ、あれが噂の『Fランク』? 7秒台とか、どうせ計測機器のバグでしょ」
けらけらと笑いながら、手元の端末を素早く操作しているのは、ピンク色のメッシュを入れた小柄な少女、蛇穴ミチルだ。
「……そんなことより、私の『数』がこのコースを埋め尽くす方が、よっぽど確実な正解だと思わない?」
彼女が指をパチンと鳴らすと、スタートラインに全く同じ容姿のミチルが五人、十人と瞬時に増殖した。
蛇穴ミチル:術式『無限増殖(コピー&ペースト)』
記述系の中でも「反復」に特化した術式。彼女にとって障害物とは「解く」ものではなく、増殖させた自分を物量でぶつけて「強引に道を作る」ための素材に過ぎない。
「……フン。数で押すなど、品性がないな」
ミチルの横で、無数の小さな立方体をジャグリングのように弄んでいる長身の少年、十文字魁が冷たく言い放つ。
「……術式は、効率だ。最小限の衝撃で、最大限の解体を行う。……それが『論理』というものだ」
十文字魁:術式『論理爆弾』
定数系に近い性質を持つ。障害物の「構造の弱点」を瞬時に特定し、そこに特定の数式(爆弾)を定義・固定する。彼が触れたブロックは、一秒後には内側から論理崩壊を起こして爆散する。
「うわ、なんか増えたと思ったら、今度は爆弾魔かよ。この学校、マジでまともな奴いねーな」
達磨が呆れたように呟くと、九条院が誇らしげに胸を張った。
「当然だ。ここにいるのは皆、世界のバグを修正するための『専門家』たち。貴様のように、地面を殴って喜んでいる野蛮人とは出来が違うのだよ。……いいか、この障害物は一つ一つが高度な暗号だ。解かずに進もうとすれば、空間ごと排斥デリートされるぞ」
氷室もまた、冷たく付け加える。
「……宇津志。あなたの『変体系』が、いかにこの学園の秩序を乱す異端か。……この数多の『正解』の中で、身を持って知ることね」
スタートラインには、他にも無数の生徒たちが、独自の「記述系」「定数系」の術式を展開していた。
空中に浮かぶホログラム、舞い散るコードの断片、設置される論理の罠。
グラウンドは、もはや運動会ではなく、無数のプログラマーたちが互いのコードを書き換え合う「電脳戦場」と化していた。
「……へっ。難しく考えすぎなんだよ、みんな」
達磨はジャージの裾をまくり、自分を嘲笑うエリートたちの視線を跳ね返すように、不敵に笑った。
「パズルなら、ピースごと粉々にすりゃいいんだろ? 俺は俺のやり方で、その『正解』ってやつを上書きしてやるよ」
阿久津が拡声器を構える。
「……第二種目、立体障害物競走。……スタート!!」
一斉に放たれる、数多の術式。
記述系が描き出す「正攻法」と、変体系が叩き出す「不条理」が、今激突しようとしていた。




