第十三話「地面を「殴って」走る」
「……さて、最後だ。Fランク、宇津志達磨。位置につけ」
阿久津の声が響き、達磨は氷室が残した冷気が漂うスタートラインに立った。
しかし、彼は走る構えを取る代わりに、顎に手を当てて深刻な顔で考え込み始めた。
(……待てよ。落ち着け俺。まず復習だ)
達磨は脳内で自分の「仕様書」をめくる。
術式:『桜花連鎖乱舞』。
効果:3秒以内に「打撃」を繋ぐことで加速・強化される連鎖型。
リスク:終了後、3秒間の完全フリーズ。
(……「打撃」を繋げば加速する。……でも、殴る相手がいねえ!)
屋上で未定義者をボコボコにした時は、殴るたびに体が軽くなった。だが、今は目の前に敵はいない。あるのはただの直線コースだけだ。
(え、これ……。俺、ただジャージ着て100m走るだけの普通の人じゃね? 術式使えなくね?)
「おい、宇津志! 何を突っ立っている! 走れないなら早々に棄権しろ!」
九条院が痺れを切らして叫ぶ。
観客席からも、容赦ない嘲笑が浴びせられた。
「おいおい、Fランクはスタートの数式すら組めないのかよ」
「恥をかきたくないからフリーズしてんのか? 術式使う前にな!」
笑い声が広がる中、氷室だけが冷ややかに達磨の「混乱」を見抜いていた。
「……無知とは罪ね。対象を定義できなければ、術式は起動すらしない。あなたはただの『一般人』に戻ったのよ」
しかし。
四面楚歌の状況で、達磨の脳裏にある光景が浮かんだ。
それは、何度も何度も練習したダンスのステップ。床を蹴り、床を突き、床と反発することで空を舞う、あの感覚。
(……いや、待てよ。打撃ってのは、拳や足で対象に衝撃を与えることだよな?)
達磨は視線を落とし、自分の足元――氷室が凍らせた地面を見つめた。
(だったらよ。「地面を蹴る」のを「地面を殴る(打撃)」ってことに書き換えりゃ、それは連鎖チェインにカウントされるんじゃねーのか……?)
ダンスにおいて、床は敵じゃない。だが、最大の反発を生む「打撃対象」でもある。
達磨の口角が、不敵に吊り上がった。
「……あー、お待たせ。ちょっと設定の変更コンパイルに手間取っちゃってさ」
達磨はスタートラインで、これまでの二人とは全く違う、腰を深く落とした異様な構えを取った。
『――適合個体を検知。固有ID:UTSUMI_TATSUMA。プロトコル、再定義を開始します』
脳内に、あの無機質な声が響く。
「……設定変更だ。術式対象ターゲットを『正面の敵』から『足元の座標(地面)』に変更。打撃判定を『接地時の踏み込み衝撃』へ移行しろ!」
『了解。……論理を上書き。……術式:桜花連鎖乱舞、接続完了』
達磨の周囲に、バチバチとピンク色の電子桜が舞い上がる。
その異様なプレッシャーに、笑っていた生徒たちが一瞬で静まり返った。
「……阿久津先生! いつでもいいぜ。俺の『一曲目』、ぶちかましてやるわ!」
阿久津は、面白そうに目を細めて号砲の引き金を引いた。
ドンッ!!




